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第14話:秘密厳守の決意と、光の騎士の誤解

辺境の夜明け前。ヴァルター王子は、セシリア(誠)の華やかな金髪を掴み、魔力の鎖でその両手首を拘束し、もう一方の手でセシリアの胸元を力任せに掴んでいた。セシリアは、肉体的・精神的な屈辱に耐えながら、冷徹な理性を保っていた。


(ぞっとする。この男の支配欲は、この「セシリア・アストリア」の美貌と女性の肉体に集中している。この魂が男であることを、誰にも悟られてはならない。この嫌悪感は、あくまで「傲慢な公爵令嬢としての高潔なプライド」によるものだと、演じきらねば……!)


ヴァルターの醜い支配欲が、セシリアの女性の肉体を通して、前世の男の魂に、激しい嫌悪と深い自己嫌悪を突きつけていた。セシリアは、TS転生者であるという最大の秘密を守るため、この生理的な拒絶反応を、女性の尊厳を守るための激しい抵抗として昇華させることに、意識の全てを集中させた。


その瞬間、ディラン王子の激しい怒りに満ちた声が、辺境の谷を切り裂いた。


「ヴァルター・アインス殿下!その女から、手を離せ!」


ディラン王子の全身から、清浄で強大な【光の魔力】の波動が、ヴァルターに向けて解き放たれ、魔力的な束縛を一時的に緩ませた。ディランは、セシリアが肉体的屈辱に晒されていることを見て、激しい義憤に駆られていた。


セシリアは、ディラン王子の介入による魔力の衝突で、ヴァルターの鎖が一瞬緩んだ隙を、【状況把握の極】の力で正確に捉えた。


彼女は、ヴァルターが胸元を掴んでいた手が緩んだ瞬間を逃さず、彼の指先から肌に残った支配魔力の痕跡へと、【影の聖痕】を集中させた。


「【隠密の聖痕】――魔力吸収エナジー・ドレイン、そして波動反転ウェーブ・リバース


セシリアは、肉体に残されたヴァルターの支配魔力を、全て一気に、強制的に吸い上げ、それを「純粋な嫌悪」の波動へと反転させた。ただし、この嫌悪の波動は、「自らの肉体を卑劣な支配欲に穢されたことへの、貴族としての極度の嫌悪」という、女性的なプライドの高さに起因するものとして、巧妙に偽装されていた。


この反転させた「嫌悪の魔力」は、セシリアの体から、ヴァルターの顔面へと叩きつけられた。


「グアッ!……この、高慢な女め!」


ヴァルター王子は、肉体的な衝撃ではなく、魂を揺さぶるような激しい不快感と、自身への絶対的な拒絶に襲われ、思わずセシリアから両手を離し、後ずさった。彼の支配欲は、「高潔すぎる女性」という逆ベクトルで打ち消されたのだ。


セシリアは、解放された身体で、ヴァルターから大きく距離を取った。彼女は、ローブの胸元を強く握りしめ、高潔な女性の尊厳が穢されたことへの怒りを瞳に宿らせた。


(この屈辱的な嫌悪感は、「公爵令嬢セシリアの傲慢な矜持」で覆い隠す!)


「貴方様のような卑俗な支配者に、わたくしの知識と美貌は、過ぎた獲物でしたわね、ヴァルター殿下。貴方様の薄汚れた支配欲に触れられるなど、吐き気がするわ。光の騎士の登場で、わたくしの退屈な遊びも、終わりにさせていただきますわ!」


セシリアは、「ヴァルターの支配欲を嫌悪し、ディランの登場を都合良く利用する傲慢な女」という役を演じきり、ディラン王子がヴァルターと対峙している一瞬の隙を、迷わず逃走のために利用した。


「逃がすか!あの女は、私の所有物だ!ディラン、貴様が私の獲物を奪うというのなら、容赦はしない!」


ヴァルター王子は、セシリアの傲慢な逃走に激昂し、支配の魔力をディラン王子に向けて集中させた。二人の王子による壮絶な魔力戦が勃発した。


ディラン王子は、ヴァルターの攻撃に対応しながらも、セシリアが逃走した方向を、ライオネル騎士団長に目配せで伝えた。


「ライオネル!あの女を追え!彼女は高潔な女性の尊厳を守るために、ヴァルターの卑劣な支配から逃れた!彼女の真意を探るのだ!」


ディラン王子のセシリアへの認識は、「卑劣な悪役令嬢」から、「隣国の王子に利用されそうになり、自らの高潔な誇りのために逃走を図った、真意不明の女性」へと、完全に変化していた。彼は、セシリアが肉体的な接触を極端に嫌悪し、ヴァルターの卑俗さを蔑んだ姿を見て、「傲慢な彼女の、譲れない高潔な一線」を目の当たりにしたと感じていた。


ライオネルは、セシリアの真の秘密を知らないが、ディラン王子のセシリアへの異常な執着と義憤を理解し、セシリアの安全を確保するために追跡を開始した。


セシリアは、【隠密の聖痕】を駆使し、山脈を駆け下りた。


(ディラン王子の誤解は、最高の隠蔽になる。彼に、俺を「高潔な誇りを持つ傲慢な女性」だと誤解させ続ければ、TS転生という真の秘密が露見することはない。俺の屈辱は、「女性の尊厳」という建前に昇華された……!)


彼女は、屈辱的な接触の跡を、冷たいローブで覆い隠しながら、孤独な献身を続けた。彼女の逃走は、自らの肉体的な尊厳を守りながら、魂の秘密を徹底的に隠蔽するための、決死の演技だった。


ディラン王子は、ヴァルター王子との魔力戦を優位に進め、ヴァルターとその残党を撤退させた。彼は、ヴァルターの追跡を警戒し、周囲の魔力の残滓を徹底的に調査した。


辺境の谷間に、静寂が戻る。ディラン王子は、セシリアが触れられたであろう岩の表面を見つめた。彼の心は、セシリアへの罪悪感と、彼女の美貌への強い惹かれで複雑に揺れていた。


(あの女の冷徹さは、卑劣な支配欲から、自らの誇りを守るためだったのか?私は、彼女を私欲に塗れた悪役だと断罪したが、彼女は隣国の陰謀に立ち向かっていた……。そして、あの屈辱的な接触に対する激しい拒絶……彼女は、私が知る公爵令嬢とは、何かが決定的に違う)


ディラン王子は、セシリアの真の目的、そして彼女が抱える秘密を解き明かすことを誓った。彼は、セシリアの金髪の一房を拾い上げ、その冷たい光沢を指先で感じた。


(あの女の美貌は、人を惹きつける。だが、その美貌が、彼女の冷徹な誇りを、そして彼女の真の目的を隠す**「檻」となっているのだ。私は、あの女を断罪したが、今、彼女の孤独な戦いと高潔な抵抗**を前に、強く惹かれている……。これは、償いなのか、それとも……)


ディラン王子は、セシリアの秘密が、王国の根幹に関わるものであることを予感し、セシリアの行方を追うことを決意した。彼は、直ちに王都へ戻り、セシリアの「不在」を隠蔽し、自らの追跡を正当化するための偽りの報告を作成する必要があった。王国の未来とセシリアの秘密、そして自身の心の間で揺れる、ディラン王子の新たな、孤独な探求が始まったのだ。


その頃、王都の大神殿では、聖女イリスが、大神殿の禁書の記述と、セシリアが追放前に残した言葉を照合し、セシリアの真の目的について、深く思いを巡らせていた。


禁書には、「影の聖人」の伝説に関する記述があり、その聖人は、「光を補完するため、あえて影に落ち、王国の汚泥を一身に引き受ける者」とされていた。


イリスは、セシリアが悪役として振る舞い、全てを一人で背負ったことに、この「影の聖人」の孤独な献身の姿を重ねた。


「セシリア様は、私を助けるために、自ら悪役となり、孤独な戦いを強いられていた……?その冷たい美貌と傲慢な言動は、全て演技だった……!」


イリスは、セシリアの孤独な献身を理解し、ディラン王子に真実を伝えるため、辺境への旅を決意した。彼女の光の魔力は、セシリアの影の魔力を、救済という形で照らし始めている。イリスは、ライオネルが辺境へ向かったという情報を掴み、彼の追跡ルートを辿ることを決めた。彼女の合流は、セシリアの「影の聖人」としての役割を、新たな局面へと導くことになるだろう。

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