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第12話:支配欲の深淵と、追跡者の既視感

セシリア(誠)は、ヴァルター王子の魔術師団の監視下で、術式への「偽の安定化策」、すなわち「破壊の仕掛け」を組み込む作業を進めていた。彼女は、華やかな金髪と威圧的な美貌を晒しながら、傲慢な態度で、まるで自分の作業を誰にも邪魔させないかのように振る舞った。


(ヴァルターの支配欲は、俺の美貌と知識に集中している。この男は、俺が何をしようとしているかを技術的に探るよりも、俺という人間をどう手に入れるか、という個人的な欲望に囚われている)


セシリアは、術式の最も強固な部分を、【隠密の聖痕】の力で微細に、そして巧妙に改変していった。この改変は、魔力的な安定性を一時的に高めるように見せかけながら、特定の条件(セシリアの魔力による遠隔操作)で全体を崩壊させるための隠しコマンドを埋め込む作業だった。


ヴァルター王子は、セシリアの作業を、傍で熱心に、そして執拗な視線で監視していた。


「貴様の手際、見事だ。まるで、この術式が貴様の『玩具』であるかのようだな。しかし、貴様は私のものだ。貴様の才能も、その美貌も、このヴァルターの支配下でこそ、完全な輝きを放つ」


ヴァルターは、セシリアの金色の髪の房に、再び触れようとする。その指先が近づいた瞬間、セシリアの前世の魂が、本能的な嫌悪感を放った。


(触れるな!)


セシリアは、ヴァルターが触れる直前に、意図的に、作業中の魔術陣から微弱な魔力のスパークを発生させた。


「無粋ですわね、王子殿下。わたくしの集中を乱さないでいただきたい。この繊細な作業中に、貴方様の汚れた指先が触れれば、術式全体が崩壊する危険性がある。わたくしの知識の対価を、無に帰したいとでも?」


セシリアは、「傲慢な公爵令嬢」としての美貌と威圧感を、ヴァルターの支配欲に対抗する「盾」として最大限に利用した。彼女は、己の身体と作業を「貴重すぎて触れると壊れる美術品」のように扱うことで、ヴァルターの性的な接触を回避した。


ヴァルターは、スパークの危険性を感じ、苛立たしげに手を引っ込めたが、その瞳はさらに欲望に燃えていた。


「ふふ……本当に難儀な女だ。その冷たい傲慢さが、私をさらに熱くさせる。良いだろう。貴様の知識が、私の計画を成功に導けば、貴様が求める全ての対価と、私からの寵愛を与えてやろう」


セシリアは、冷笑を浮かべ、ヴァルターの「寵愛」という言葉を、「無価値な戯言」として無視し、術式の調整を続けた。彼女は、ヴァルターの支配欲を術式への集中に向けさせることに成功したのだ。


一方、「セシリアの脱獄」と「辺境の異常」という二つの疑惑に駆られたディラン王子は、ライオネル騎士団長と共に、辺境の山脈へと極秘裏に追跡を開始していた。


ディラン王子は、【光の魔力】を集中させ、セシリアの監獄の部屋に残されていた微細な魔力の乱れを、手がかりとして辿っていた。


「ライオネル。この魔力の乱れは、公爵令嬢セシリアの魔力パターンに極めて近い。だが、その波動の質は、まるで研磨されていない粗い石のようだ。まるで、わざと洗練を消したかのような……」


ライオネルは、セシリアの「影の聖人」としての秘密を知っているため、心の中で冷や汗をかいていた。


「殿下……彼女は、追放によって魔力が乱れたのかもしれません。無理な追跡は……」


「否。この魔力の流れは、辺境の山脈の奥へと、明確な目的を持って向かっている。彼女は、復讐のためか、何か別の目的のために、逃走したのだ」


追跡を続けること丸一日。ディラン王子は、国境近くの深い谷間で、流浪の魔術師のものと思しき、焚き火の痕跡と、岩に刻まれた魔術陣の失敗作を発見した。


そして、その焚き火の近くの岩陰に、一つの小さな異物が落ちているのを見つけた。それは、金色の髪の毛だった。


ディラン王子は、それを拾い上げた。その髪は、太陽のように輝き、王都で最も華やかだと謳われた、セシリア・アストリアの金髪と、完全に同じ色と光沢を持っていた。


「……!これは……セシリアの、髪……!」


ディラン王子は、驚愕に目を見開いた。粗末な魔術師のキャンプの痕跡と、公爵令嬢の華やかな金髪。この極端な矛盾が、彼の思考を完全に混乱させた。


「ライオネル。これは一体どういうことだ?セシリアが、このような辺境の地に、一人で……?彼女は、傲慢で冷酷な公爵令嬢だ。このような貧相な場所で、自ら魔術の実験など……」


ディラン王子の中で、セシリア=悪役という虚像が、「華やかで傲慢な美貌を持つ、謎の流浪の魔術師」という、新たな、より不可解な虚像に上書きされ始めた。


さらに追跡を続けたディラン王子は、夜が明け始めた頃、谷間の奥で、ヴァルター王子の魔術師団のキャンプを発見した。


王子は、騎士と共に隠密行動を取る中、遠くから、魔術陣の近くで作業を行う一人の女性魔術師の姿を目撃した。


その女性は、灰色の粗末なローブを纏っていた。しかし、そのローブから覗く横顔と、フードから零れる光り輝く金髪は、辺境の地ではありえないほどの威圧的な美貌を放っていた。


「……あの女……」


ディラン王子は、思わず息を呑んだ。彼女の美貌は、傲慢さと冷徹な知性を滲ませており、王子が知る公爵令嬢セシリア・アストリアの顔と、瓜二つだった。


しかし、彼女の振る舞いは、ディラン王子が知る『復讐に囚われた悪役令嬢』とはかけ離れていた。彼女は、異国の王子と、技術的な言葉を交わし、魔術師として、対等以上に渡り合っているように見えた。


(あの美貌は、セシリアだ。間違いなく。しかし、なぜ、彼女は隣国の王子と、この辺境の地で……?そして、彼女の態度には、私への憎悪は微塵もない。まるで、全てを計算し、利用しているかのような……)


ディラン王子は、セシリアの美貌と傲慢さが、敵の陣営で、極めて危険な「囮」として機能していることを、直感的に理解し始めた。彼は、セシリアの真の目的、そして隣国の陰謀に巻き込まれている可能性に、深い焦燥感を覚えた。


セシリアは、術式改変を終え、ヴァルター王子から新たな情報を引き出すことに成功した。彼女は、美貌という檻の中で、屈辱を乗り越え、着実に使命を果たしていた。


(これで、術式の破壊準備は整った。次は、ディラン王子の魔力の波動を完全に消去し、『悪役令嬢は逃走した』という認識を王都に植え付けなければ)


セシリアは、ディラン王子が自分を追跡しているとは知らず、王子の目を欺くための次の手を打ち始めた。


一方、ディラン王子は、目の前の流浪の魔術師セシリアと、監獄の虚構、そして自身の誤解という、三重の事実に打ちのめされていた。


「ライオネル。彼女は、悪役の役を演じていたのか?それとも、別の目的を持って、この男に接近しているのか?……我々は、彼女に手を出してはならない。このまま、彼女が何をしようとしているのか、静かに監視するのだ」


ディラン王子は、セシリアの美貌と能力に、畏敬の念すら抱き始めていた。彼の「償い」の心は、「真実の解明」という新たな使命へと変わっていった。

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