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第11話:聖女を狙う邪悪な計画と、王子の不快な執着

セシリア(誠)は、流浪の魔術師としてヴァルター王子の魔術師団に潜入してから、三日が経過した。彼女は、華やかな金髪と威圧的な美貌を晒し、傲慢な口調と高度な知識を武器に、ヴァルター王子の支配欲と好奇心を巧みに刺激しながら、情報収集を続けていた。


(この男の思考は単純だ。美しさと才能を支配することにしか興味がない。公爵令嬢としての振る舞いを維持していることが、逆に「利用価値の高い異物」として認識されている)


セシリアは、ヴァルター王子に「術式の安定化」を名目として、偽の情報と一時的な応急処置を提供し続けた。その見返りに、彼女は術式の設計図と、魔術師団内部の通信記録の閲覧権限を得ていた。


深夜、セシリアは自身のテントの中で、【隠密の聖痕】を使い、入手した術式の設計図を、詳細に解析した。


(この術式の目的は、単なる「魔物の増殖」ではない。術式の最終段階には、「大規模な魔力の濁流を発生させ、特定の光の魔力を拡散・消耗させる」ための、逆位相の波動制御が組み込まれている……!)


セシリアの心臓が、冷たい戦慄に打たれた。特定の光の魔力とは、すなわち聖女イリスの魔力のことだ。


「……やはり、真の標的は、聖女イリス嬢だ。彼女の『光の魔力』が完全に覚醒する前に、その魔力源そのものを、辺境の地の魔物の濁流で打ち消すつもりか。卑劣極まりない……!」


ゲーム本編には存在しなかった、王国の根幹を揺るがす、極めて邪悪な計画が、セシリアの目の前で解明された。このまま計画が進行すれば、イリスは魔力を失い、王国の防衛ラインは崩壊する。


(俺の「悪役の役割」は、「聖女の光」を、「影の聖人」として、陰から守り抜くこと。そのためにも、この術式を完全に破壊しなければ)


セシリアの孤独な使命は、王国の救済という、さらに重大で、個人的な犠牲を伴う段階へと進んだ。


翌日、セシリアはヴァルター王子に、術式の「安定化のための追加提案」を行った。実際には、術式を外部から容易に破壊できるようにするための仕掛けを組み込む提案だった。


ヴァルター王子は、セシリアの提案に、傲慢な喜びの笑みを浮かべた。


「ふふ……貴様の知識は、やはり一級品だ。辺境で腐らせておくには惜しい。貴様のような美しい才能は、私の支配下でこそ輝く」


ヴァルター王子は、セシリアの美貌に対する露骨な執着を隠そうとしなかった。彼は、セシリアを「才能ある魔術師」として扱いつつも、「美しい女性の所有物」として見ているのだ。


セシリアは、心の中で前世の「佐藤誠」としての嫌悪感が込み上げるのを感じたが、情報を得るために、公爵令嬢の冷徹な仮面を維持した。


「わたくしへの評価は、結構ですわ。わたくしの関心は、術式の完全な情報と、金銭だけですので。無駄話は、時間の浪費ですわ、王子殿下」


セシリアが、傲慢に、しかし冷徹にヴァルターの言葉を切り捨てた、その瞬間。


ヴァルター王子は、突如としてセシリアの右手に手を伸ばし、その手の甲を、熱い指先で撫でた。


「冷たい手だ。貴様の心と同じようにな。だが、その冷たさの中に、どれほどの情熱が隠されているのか、私は知りたい。貴様のような女は、力を込めて、深く愛されることで、より美しくなる」


ヴァルター王子の指先が、セシリアの女性の身体の肌に触れる。


セシリア(誠)の全身に、雷が走るような、強烈な嫌悪感と自己否定感が走った。それは、「男性の魂」が、「女性の肉体」を通して、「異性の支配欲」に触れられたことによる、最も根源的なTS転生者としての拒否反応だった。


(この体は、俺の魂の「道具」だ!貴様のような傲慢な男に、所有物のように触れられる資格はない...!)


セシリアは、衝動的な怒りでヴァルターの手を振り払いたいと思った。しかし、彼の瞳の奥に、情報への鍵があることを知っていた。


セシリアは、聖痕の力を、心の動揺を抑え込むためだけに使い、冷徹な傲慢さを声に込めた。


「無用の接触は、ご遠慮いただきたい。わたくしの美貌は、貴方様の支配のために存在するわけではない。貴方様がわたくしの知識を望むのであれば、プロフェッショナルな距離を保ち、対価を支払うべきですわ」


セシリアは、屈辱を乗り越え、ヴァルターの支配欲を「知識」という対価へと誘導し直した。ヴァルター王子は、セシリアの冷たさと傲慢さに、さらに征服欲を刺激され、不快ながらも手を引いた。


「ふふ……手厳しいな。良いだろう。貴様の冷たい心も、いずれ私が溶かしてやる」


セシリアは、この屈辱的な接触を情報という対価に変えたことに、冷徹な満足感を覚えた。彼の孤独な戦いは、肉体的な尊厳をも犠牲にする、究極の献身を伴っていた。


一方、王都を離れたディラン王子は、辺境の監獄へと密かに戻っていた。セシリアに償いを拒絶された絶望を抱えながらも、彼はセシリアの最後の言葉に引っかかっていた。


(「復讐のために、ここにいる」。彼女のあの言葉には、何か別の意図が隠されていたのではないか?ただの悪役の強がりではなかったような……)


ディラン王子は、監獄の責任者にセシリアの部屋を極秘裏に確認させた。


「セシリアの部屋は、一週間、誰も入っていません。食事は、扉の小窓から毎日差し入れています」


騎士の報告を受け、王子はセシリアの鉄格子の部屋へと向かった。


(セシリア。貴様は本当に、ここで、復讐の炎に焼かれているのか……?)


王子が部屋の内部を覗き込んだ瞬間、彼の【光の魔力】が、微細な魔力の異常を察知した。


(……これは、何かの「偽装」だ。部屋の隅に、極めて微弱だが、不自然な「魔力の停滞」がある。これは、結界や偽装の術式が、「何らかの目的で、繰り返し使用された」後の痕跡……!)


ディラン王子は、驚愕した。部屋は一見、乱れもない静かな監獄の一室だが、セシリアの寝台の周囲と、炉の近くに、微細な魔力の「乱れ」が残っていた。


彼は、監獄の責任者を呼びつけた。


「この部屋から、セシリアが短時間でも外に出た可能性はないのか?……いや、尋ねる。この数日、セシリアが何らかの理由で、この部屋を『離れた』痕跡はないか?」


責任者は首を横に振った。


「ありえません、殿下。監視は完璧です。扉の鍵は全て揃っております」


しかし、王子は確信した。


(セシリアは、この監獄に幽閉されている「悪役令嬢」の役割を演じながら、秘密裏に、部屋を抜け出している。あの女は、何らかの目的を持って、辺境の地で動いている……)


ディラン王子の中で、セシリア・アストリアの「悪役」という虚像が、音を立てて崩壊し始めた。彼の心に生まれたのは、「憎悪」ではなく、「裏切り」と「困惑」、そして「彼女の真の目的を知りたい」という探求心だった。


セシリアは、ヴァルター王子から得た情報により、魔術師団の真の計画、すなわち聖女イリスの力を無力化するという、最悪のシナリオを突き止めた。


彼女は、ヴァルターの支配欲を利用して、術式破壊の仕掛けを組み込む作業を開始した。そのために、彼女は美貌と傲慢さという「道具」を使い続けなければならない。


(聖女イリス嬢。貴女を助けることが、俺の「影の聖人」としての最後の使命だ。俺は、貴女の光を、この美貌という名の檻と、屈辱的な接触を乗り越えて、影から守り抜く)


セシリアは、ヴァルター王子から受けた不快な接触を、「目的達成のための対価」として割り切った。彼の孤独な戦いは、王国の命運と自身の肉体的・精神的な尊厳を天秤にかけた、究極の献身へと向かっていた。


一方、ディラン王子は、監獄の壁に隠された「魔力の乱れ」の痕跡を見つめていた。


「ライオネル。セシリアは、私たちが思うような『罰せられるべき悪』ではないのかもしれない。彼女は、何かを隠している。私は、王国の名誉と私の過ちのためにも、彼女の真の目的を突き止める必要がある。直ちに、辺境の調査を開始する。極秘裏に」


ディラン王子は、セシリアが「流浪の魔術師」として活動しているとは知る由もなく、彼女の脱獄の痕跡を追って、辺境の地へと足を踏み入れた。

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