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第10話:影の魔術師、傲慢と美貌を晒して辺境に立つ

ディラン王子の秘密視察を、完璧な「悪役令嬢」の復讐劇で撃退した翌夜。辺境の監獄の奥深く、セシリア(誠)は、炉の火の揺らめきの中で、自身の運命的な矛盾と向き合っていた。


(王子は、俺が救いようのない悪だと確信した。これで、王都の干渉は排除できた。ここからは、「流浪の魔術師」としての孤独な戦いだ)


セシリアは、自ら製作した魔力鍵で、部屋の扉を静かに開錠した。騎士たちの巡回ルートは、既に彼女の【状況把握の極】によって完全に把握されている。彼女の脱出は、空気の移動と同じくらい静かで、痕跡を残さなかった。


監獄の裏手の城壁を乗り越える際、セシリアは、自身の美貌と傲慢さを隠さないという、最も危険な潜入方法を改めて自らに課した。


彼女が纏っているのは、粗末な服から作り替えた濃い灰色のフード付きローブだ。だが、その下に隠しきれない華やかな金髪と、威圧的な美貌は、辺境の闇の中でも異質な輝きを放っている。


セシリアは、自身の魔力の波動を、【隠密の聖痕】の力で徹底的に偽装した。


「【隠密の聖痕】――身分の偽装ステータス・イミテーション。王国の洗練された魔力から、放浪者の知識欲に満ちた、粗削りな魔力へと」


彼女の魔力の波動は、もはや公爵令嬢セシリア・アストリアのものではない。それは、辺境をさまよい、自力で高度な知識を習得した、異質で危険な魔術師のそれだ。


セシリアは、自分の華やかな外見と粗末な服装、そして矛盾した魔力の波動という三つの異物を組み合わせることで、敵の警戒心を「身元不明の強敵」から「利用すべき才能」へと意図的に逸らすことを狙った。


(傲慢な男は、美貌と才能を支配したいという欲求に抗えない。俺のこの美しさを、敵の支配欲を刺激する「餌」として利用する。屈辱だが、使命のためだ)


セシリアは、冷たい夜風を全身に浴びながら、国境の山脈へと歩を進めた。広域探査で察知した異常な魔力波動の発生源である、国境の山脈の深い谷間へと到達した。


谷間には、焚き火の煙と、複数の異国の魔術師が活動する痕跡があった。彼らが周囲の岩壁に刻み込んでいるのは、魔物の成長と増殖を促し、それを王国側へ誘導することを目的とした、複雑かつ大規模な魔術陣だ。ゲームの知識を遥かに超えた、緻密で悪意に満ちた術式だった。


セシリアは、「流浪の魔術師」としての設定を守るため、あえて敵のキャンプからわずかに離れた、視界に入る場所に、簡素なキャンプを設営した。彼女の灰色のローブは、周囲の岩と木々の影に紛れ、その華やかな金髪だけが、わずかに月明かりを反射していた。


彼女は、【隠密の聖痕】を発動させ、周囲の敵の魔術師たちの会話を傍受した。


「……ヴァルター王子は、我々の術式が『遅すぎる』ことに苛立っている。王国の聖女の力が完全に覚醒する前に、この魔物の群れを王都近くまで押し込む必要がある」


(やはり、聖女イリスの力が、この術式の最終的な標的か。魔物の増殖は、イリス嬢の「光の魔力」を分散・消耗させ、最終的に打ち消すための手段……!)


セシリアは、自身の「悪役の役割」が、「聖女を守る」という、最も皮肉な形で繋がっていることを改めて認識した。


翌朝、セシリアは、公爵令嬢としての威圧的な美貌をそのままに、流浪の魔術師の振る舞いで、ヴァルター王子のキャンプへと近づいた。


キャンプの中心には、豪華な異国の衣装を纏った、隣国『エルダリア王国』の第二王子、ヴァルターが立っていた。彼は、術式の進捗の遅さに苛立ち、部下の魔術師たちを叱責していた。


セシリアの異様な存在感に気づいたヴァルター王子は、その華やかな美貌と粗末な服装の矛盾に、強い好奇心を覚えた。


「なんだ、貴様は。辺境の魔術師か?その服装で、その顔立ち……まるで、泥濘に落ちた王冠だな。こんなところに、貴様のような女がいるとは」


ヴァルター王子は、セシリアを「貧しい身分に不釣り合いな美しさを持つ、支配すべき獲物」として、上から目線で品定めした。


セシリアは、このヴァルターの傲慢な支配欲こそ、自身の最大の武器だと知っていた。彼女は、公爵令嬢時代と変わらない、冷徹で高圧的な口調で、核心を突く指摘を行った。


「(高圧的な口調で)貴方がたの術式は、愚者の遊びに等しい。貴方たちが設置した制御盤は、魔力の過剰な増幅により、あと四十八時間で臨界点に達するわ。その時、魔物の群れは制御不能となり、最初に餌食になるのは、貴方がた自身でしょう」


セシリアの言葉は、ヴァルター王子の魔術師としてのプライドと、支配欲、そして計画の失敗への恐れを同時に刺激した。彼は、術式の不安定さに気づいていたが、それを無視して強行していたのだ。


「な、なんだと?貴様、何を根拠にそのような大言を吐く!我が国の天才魔術師が……!」


セシリアは、さらに冷酷な笑みを浮かべ、公爵令嬢の傲慢さを混ぜて挑発した。


「天才?ふふ。その『天才』は、術式に組み込まれた、光の魔力による対抗策を完全に無視しているわ。貴方がたの計画は致命的な欠陥を抱えている。この程度の術式すら扱えないとは、エルダリア王国の魔術師も凡庸になったものですわね」


ヴァルター王子は、セシリアの美貌、傲慢な口調、そして正確すぎる指摘の異様な組み合わせに、完全に興味を奪われた。彼は、セシリアを「支配すべき、極めて価値の高い才能」と見なした。


「貴様……一体何者だ?その知識、並ではない。良いだろう。貴様の言う『致命的な欠陥』とやらを、この場で証明してみせろ。もし証明できれば、貴様を、我がエルダリア王国の宮廷魔術師として迎え入れてやる。その美貌と才能、私の支配下に置かれる栄誉を与えよう」


セシリアは、心の中で冷徹に計算した。


(支配欲。この男が最も欲している感情だ。この美貌は、その支配欲を刺激するための完璧な道具として機能している)


彼は、冷徹な表情の中に、計算し尽くされた傲慢さを浮かべた。


「ふふ。宮廷魔術師?結構ですわ。わたくしの目的は、貴方がたの知識と、それに値する金だけ。わたくしに、貴方がたの全ての計画の情報を開示していただきたい。支配される趣味はありませんのよ。わたくしは、対価と知識を愛する主義ですので」


セシリアは、傲慢な公爵令嬢の口調をそのままに、流浪の魔術師の知識欲を演じきった。


ヴァルター王子は、その高慢な態度に、さらに支配欲を掻き立てられた。


「良いだろう。その提案に乗ってやる。貴様の知識が本物であれば、望む情報を与えてやろう。だが、貴様が我々を裏切れば、貴様の美しい顔を二度と見られないようにしてやるぞ」


「ご忠告どうも。わたくしの知識は、裏切りよりも、金と情報を愛する主義ですので」


セシリアは、冷徹に言い放ち、ヴァルター王子と危険な取引を成立させた。彼は、美貌と傲慢さという最大の弱点を晒したまま、敵の陣営へと深く潜入するという、新たな孤独な戦いを開始した。


セシリアは、ヴァルター王子の魔術師団の一員として、仮の住居を与えられた。それは、ヴァルターの監視下に置かれることを意味していた。


夜、セシリアは、自身に課した厳しいルールを再確認した。


「公爵令嬢セシリア・アストリア」の振る舞いを、意図的に、しかし計算して利用する。(傲慢さを維持し、親密さを拒否する)


【隠密の聖痕】の力は、情報収集と、魔力の波動の偽装にのみ使用する。


ヴァルター王子には、必ず「偽の安定化策」を提示し、計画の進行を遅らせる。


彼は、粗末な寝床に横たわった。


(俺の美貌は、敵の支配欲を刺激し、警戒心を逸らす最高の道具として機能した。これは、佐藤誠として、セシリア・アストリアとして、最も屈辱的なことだが、国を救うという使命のため、この屈辱をも受け入れなければならない)


セシリアは、再び【隠密の聖痕】を発動させ、監獄の様子を探った。辺境の騎士たちは、彼女が部屋から一歩も出ていないと認識している。「永久追放された悪役令嬢」の役柄は、完璧に保たれていた。


セシリアは、孤独な潜入者として、美貌という檻の中で、王国を救うための、最も危険な情報戦を開始した。

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