9話「エラー」
俺の間の前で、怪異と人間が抱き合っている。
怪異は基本意思の疎通が取れないもの、一部の例外を除いて相容れないものなのだと認識していたが…
元々夫婦だったという事もあってかこの二人は和解できているように見える。
母親の方を救いきれなかったのはとても心残りだが…こちらには来ようと思えばいつでも来れるんだ、
出来る限りの最善を尽くせたんじゃないか…?
「俺もダメはダメなりに…反面教師にはなれたかもしれない
いや!今からでも遅くない!皆でまた家族の事について話し合おう!」
ニコさんの父親がそう言って母親の背中をぽんぽんと叩く。
ニコさんは笑顔でその様子を見つめていた。
俺達がほっとしていると、
突如何もなかった場所にエレベーターが現れ扉が開く。
「先生!…あれ?」
「今ってどういう時間…?」
中から出て来たあかねとパイセンが状況を把握しきれずに俺たちの方を見る。
「あー…感動的な再会を果たしたとこ?」
俺が苦笑いしながら答えると、二人は顔を見合わせて首を傾げた。
「気づいたんだ、今回の事でさあ…
お前たちの為なら 俺はどんな怖い物にも立ち向かえるって
臆病な俺がだぞ?なあ、さくら」
ニコさんの母親の背中をさすりながら父親は続ける。
どうしたもんか、一旦帰りましょうって声もかけづらい状況だな…
「よくわかりませんがひとまず皆さん乗ってください!」
俺の代わりにあかねがそう言って俺を伸ばした時、
バキ、と何かがへし折れるような音がして俺たちの時間は止まる。
嫌な予感がして振り返ると、ニコさんの母親が父親の体を圧迫して潰していた。
「あ…さ…くら…」
「お父さん!いやあああああ!」
ニコさんの声に我に返り、俺はすぐにロードを試みる。
「お父さん!いやあああああ!」
「お父さん!いやあああああ!」
「お父さん!いやあああああ!」
…しかし、何度戻ろうとしてもセーブ地点に戻れない。
くり返し響くニコさんの悲鳴に頭を抱えながら俺はひどく混乱した。
どうしてロードが使えない…何でだよ!ヒロ…!
ニコさんは半狂乱になりながら父親の元に駆け寄る。
「放して!放して化け物!本当はお母さんじゃないんでしょ!
本当のおかあさんも…お父さんも返してよお!」
ニコさんは変わり果てた母親にそう吐き捨て、母親たちはその様子を茫然と眺めていた。
「確かに嫌いだったよ2人のこと!でも死んでほしい訳じゃないじゃん!
家族だもん!私だって完璧な子供じゃなかったよ
お母さんとお父さんに内緒でMEtube始めたり…!今度はちゃんとする!
やりなおせそうなの!やっと…!」
ニコの母親が、父親から手を放し、
父親はニコさんの方に向き直る
「覚えてるか…?さくら…
昔お寺に『子…供ができますように』って…お参りした時の事
あの…時はな…本当に…世界で一番幸せな子が生まれますようにって
一生懸命…お祈りしたんだ…お前が…旅行で行きたかったのも…ごほっ」
「お父さん!」
「ああ…さくら…ニ…コ…ル…ごめんなあ
こんなに…可愛く生まれてくれたのに」
息が薄れていく父親を見ながら、ニコさんは「いや…」と呟きながら涙を流している。
「はっぴー…ばぁーすでぃ…とぅーゆー…」
「ハッピーバースデートゥーユ―」
ハッピーバースデーディア ニコル
ハッピーバースデートゥーユー
おもむろに、父親が歌いだすと、母親たちも歌いだし全員が合唱する。
母親は彼の手首から脈が消えた事を確認すると、何処かへ彼の体を運んで行ってしまう。
残った1人の母親が
「誕生日おめでとう、ニコルちゃん」
と言うと、突如強い光を伴って体がネクタイピンに変化した。
「あ…はは…これ…
昔ママと一緒に…お父さんのプレゼントにって選んだ奴…
もう…失くしたとか言うから…悲しかったんだよ、私
ちゃんと…あったんだね…」
俺も、しずく先輩も、あかねも…かける言葉もないまま
ニコさんの後姿を見ているしかなかった
彼女が今どんな気持ちで、どんな顔で立ち尽くしているのか
俺には想像もつかない。
「ごめんね、お父さん…お母さん」
彼女は下を向いて、静かにそう呟いた。
突如、激しい頭痛が俺を襲う…
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「なあ、この動画のヒデのギャグめちゃくちゃ面白かったよな!」
「…ありがと…コメントではそこ寒いって言われてるけど」
「は?コメントなんてどうでもいいだろ
俺はここがこの動画で一番面白かったの!」
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「っ…!」
あかねの時と同じだ…ヒロとの記憶…?
どうしてこんな事…今思い出して…!
瞬間、俺の体は床に吸い込まれたかのように倒れてしまう。
「先生!?」
あかねの声を聴きながら、俺の意識は遠くなっていった―