4話「ヒロ」
「聖者の交信」を見たその日の朝、俺は再びあのタワーマンションに足を向ける。
「じゃ、何かあったら即連絡くださいね」
あかねが不機嫌そうに言う。
今回は家で待機して欲しいと頼んだせいだろうが、
やはりもうあかねのあんな姿は見たくない。
「行ってくる」
俺はそう言ってボイスチャンネルを切るとカメラの電源を入れた。
もうヘマはしない、絶対にヒロに会って、生きて帰る…!
俺はずっと疑問に思っていたことがあった
「何故俺はヒロが消えても引退せずやってきたのか」
それはマネージャーあかねの存在と、ヒロへの敬意が大きかったからだと思う。
…それだけ、ヒロは俺にとって大切な親友だったはずだ。
俺はもう一度彼に会って…話がしたい!
オープニングを撮ってエレベーターに乗り、手順通りボタンを押す。
その手は微かに恐怖で震えていた。
4階、2階、6階、2階、10階
10階に着いたら5階へ
5階に着いたら 女性が乗ってくる
「あの、すみません、乗ります…」
乗ってきた…!あかねじゃ…ない!
俺は彼女に話しかけず無言のまま、1階を押す。
ゴウン、と音を立てながら加工するはずのエレベーターが上昇している。
成功…したのか!?
10階に着くと夢で見た通り、不気味なほど赤い夕焼け空が目に映った。
女性は俺を不思議そうに見ると傘をさし、階段で下に降りていく。
ヒロ…!
俺も彼女に続いて下を目指す。
いるはずなんだ
いるはずなんだ、少なくともこの世界には!
「おーい、君
そんなに走ったらあぶないよー?」
俺は心配そうに走り寄って来る「おじさん」を無視して全速力で走った。
前はこの公園にいた筈…!
「聞いてる?そんなに走ったら、危ないよ?」
「!!」
後ろから声をかけてくるおじさんに肩を掴まれる。
何で…追いかけて来たのか!?
「君、どこから来たの?
なんかすごく…『オモテ』の人って感じだからさ」
「…!」
「助けてあげようか?おじさん、君を『オモテ』に帰してあげるよ
だからお話し聞かせてくれなぁーい?」
無視、無視、無視、無視…!
俺は目をぎゅっと瞑りながら下を向く。
しかし彼はねっとりとした眼差しで俺を見たまま離れようとしない。
「おじさん、やめなよ」
「!」
おじさんに話しかけられて顔を青くしていると、後ろから聞きなじみのある声が聞こえた。
「そいつ、困ってる
多分言葉が話せないんです」
おじさんとの間に割って入って来た少年は間違いなくヒロだった。
ヒロ!?
おい!なんでその「おじさん」に話掛けちゃうんだよ!
お前、殺されるぞ…!
俺はヒロに目で訴えるが、ヒロはあくまでも落ち着いた様子で微笑んでいる。
「ヒロ君…何だ君 散歩に出てたの?」
「まあ、はい」
「…!」
何か言おうとしたのを察したのか、ヒロは俺の口を塞ぎ、
笑顔で「おじさん」に
「この子、多分僕と似たような感じで
人間の姿のまんま怪異になったんだと思うんです
だからもう纏わりつくのはやめて下さい
僕に免じて…」
そう言った。
「わかったよお、君がそこまで言うなら」
寂しそうにその場を後にするおじさん。
ヒロとおじさん会話内容から何となく感じ取った疑問が、
オブラートに包まれずに勝手に口から出た。
「ヒロ…お前…さ
『怪異』…なの?」
「…そうだよ」
俺には彼との記憶がない。なのに何故かその言葉を聞いた時
胸にずしりと来る何か絶望感の様なものが襲った。
きっと…記憶はなくともどこかで
また会って話をして、楽しく動画を撮れると思っていたのかもしれない。
「怪異になったらもう元の世界には戻れない」
セントボーイズの言葉がフラッシュバックして思わず耳を塞ぐ
「…ごめん」
「ん?」
「ごめん!ごめん、ごめん…!俺!実はお前の事覚えてないんだ!
お前の事を思い出したくて!それを楽しみに今日まで頑張ってきた…
なのに…こんなことになってるなんて
もしかして夢で見た口論のせいで…ヒロは」
「…そうか、記憶が…なら安心しろ!
あの程度の喧嘩、今までも沢山やってきてるからさ
帰ってこれなかったのは運が悪かっただけだって
あ!それカメラか?ちょっと貸して」
ヒロはそう言って俺からカメラを奪うと
「皆ー!元気か?ヒロだよ
こいつ、俺に会ったらしょぼくれちゃってさあ
ほら、視聴者に見せるもんなんだからそんな顔でいるなって
俺は今ちょっと遠いところにいるけど…元気だから心配すんなよ」
そう言ってヒロは手を振ると、俺にカメラを渡す
「どこにいたって、記憶がなくたって、人間じゃなくたって
俺たちは親友だし、お前は何も悪くない!
だからもう自分を責めんな」
俺はどこか安心した。
初めてちゃんと話した彼は俺の想像していた通りのいい奴で、
こうやって記憶を失う前からきっと俺を助けてくれていたんだろうと思えるような、そんな人間だったからだ。
…ここまで…頑張ってきてよかった。
「なあ、ヒデ…せっかく会えたんだし頼みがあるんだけどいいかな?」
俺が涙を堪えていると、ヒロが真剣な面持ちで俺に言う。
「何?」
「このウラセカイに…最近よく人間が迷い込んでくるんだ」
「…そういえばセントボーイズも言ってたな、そんな事」
「お、見たんだ前回の放送。
なら話は早い、俺の予想なんだけどさ
彼らは『迷い込んでる』んじゃなくて『連れてこられた』んじゃないかな」
「は!?だ、だれかがこの異世界に人を引っ張ってきてるって事か…?」
「ああ、実は俺…『異世界エレベーター』を試してないんだ」
「じゃあどうやってここに?」
「…わからない」
「わ、わからないって…!」
「道を歩いていたら突然襲われて…気づいたらこうなってた
…つまり、だ 俺も迷い込んできたわけじゃなくて
連れてこられた人間なんだよ
誰かが 何らかの意図で…人間をこっちに連れてきては怪異化させてる
俺はそれをやめさせたい」
「犯人探しに協力しろって言いたいのか?」
「察しがいいね、そういう事
大丈夫、ヒデ達に危険は訪れない
…いや、正確に言うなら訪れても大丈夫なようにするよ」
「な、何その不吉な言い回し」
「俺の能力は『セーブとロード』なんだ
ゲーム好きだよね?感覚解ると思うんだけど
セーブしたタイミングにいつでも戻ってこれるから
仲間が死んでも自分が死んでも安心安全!な?」
「な?って…お前そんな強い能力持ってんの!?」
確かに彼の能力がそれなら初めに見た夢にも合点がいく。
きっとヒロは最後に能力で「ロード」を使い時を巻き戻したんだ!
「ああ、運が良かったよ
そういうわけだから、安全も保障する
お前、俺に負い目があるんだろ?ここらで協力して
そういうのチャラにしようぜ」
「それはいい案かもしれないけど…」
「それに俺との記憶全部戻ってないんだろ?
この世界の怪異ってな、変なのいっぱいいるんだ
記憶を取り戻してくれる怪異もいるかもしれない」
「本当か!?」
「あ、いや…断言はできないけどな!どう?」
「…やるよ。記憶を取り戻したいのもあるけど…
お前の親友として、そうすべきだと思うから!
「決まったな!じゃあ手を出してくれ」
「…?はい」
彼が俺の額に指をかざすと、ピカッと強い光が俺を覆う。
同時に、俺はひどい頭痛に見舞われた。
『ヒロ…ごめんな
俺はもうお前とは一緒にいれない』
俺が放ったであろう言葉が頭の中に響く。
何で…何で今そんなセリフが聞こえてくるんだ?
頭痛から解放され顔を上げると、ヒロは姿を消しており
俺はこの不気味な世界に一人取り残されてしまった。
「ここからどうやって帰ればいいんだ?」
「ねえ」
「!」
「君、やっぱり普通の人間だよね」
俺が途方に暮れていると、先程エレベーターで見かけた女性が俺に話しかけて来た。
やけにきれいな人だけど…話せるってことは
『怪異』じゃないのか…?
「私今…用事が終わったところなんだ
帰るんなら一緒にどう?」
「…あ…
…ありがとう…?」
彼女は俺に傘をさし出した。
そして相合傘で3歩ほど歩くと、周りの景色が元の世界に変わる
「じゃあね」
彼女はそう言って何処かへ去っていった。
「な…何だったんだ…?」
あっけに取られていると俺の携帯が鳴る。
あかねからの着信だった。
「先生!」
電話に出ると、携帯から物凄い爆音が響く。
「あ、あかね!」
「返信無いから心配したんですよ!大丈夫でしたか?」
「あー…後で話すよ」
異世界に人を連れ込む謎の存在…
そして怪異の事
全てが解らないことだらけだけど
このフィクションのような一連の出来事を思い出し身震いする。
それは恐怖もあり、武者震いでもあり
ヒロとまた何かできる、という高揚感から来るものでもあった。
キー――――と、突然の耳鳴りが俺を襲う。
なん…だ?
頭が…
ーーーーー
「なあ!この動画のここ!このテロップ入れるのどう?」
「いいなそれ!じゃあここにこの加工入れて…」
「おい!俺の顔化け物になってんじゃん!ヒロもこうしてやる!」
「原型ないじゃん!バカかよ!」
…ただ、動画を作るのが楽しかった。
本来なら3日で飽きていたであろう動画編集がこんなに続いてるのはきっとヒロと動画を作っているからだ。
ずっとこんな時が続いたらいいな…
ーーー
...忘れてた…記憶…?
何で急に思い出したんだろう…?
原因は解らないが、恐らく異世界に行ったことが関係しているんだろう。
ならなおさら行かない理由が無くなったな。
ーーーーーーーーーーー
「ヒロさんとの動画鬼バズってますね」
あれから数日後、あかねがテスコ越しに言う。
俺もその再生数に貢献しているが、それにしてもやはりヒロの人気は根強い事を実感する。
怪異だってかまわない、また親友と一緒に動画を撮るために…
絶対に犯人を見つけてみせる...!
俺はそう心に誓った。