赤い花束を
赤い花束を贈ろう
君からの贈り物に感謝をして
君に出会って私の世界は色付いた
赤い花束を
赤い花束を贈ろう
君からの贈り物に感謝をして
君に出会って私の世界は色付いた
「ねぇ、そんなところに突っ立って何をしているの?」
声をかけてきた彼女に最初は嫌気がさしていた。
どうして話しかけてくるのか、自分には理解ができなかったからだ。
自分のことを気にかけてくれる人なんていない。
そんな事を思いながら過ごし続けていた。
俺は振り向き少し目を合わせた後、彼女を観察して「ちっ」と聞こえるように舌打ちをしてやった。
ここまでされたら嫌がると思ったが、彼女は恐れもせず。
「あなたそんなんだから嫌われるのよ。」
知ったこっちゃ無い。
どうしてお前なんかに…と思ったが口には出さず胸にグッと押さえ込んだ。
何を言っても結局誰も俺の話なんか聞いちゃいない。
ずっと無言なのが気に食わなかったのかカツカツと靴の音を立ててこちらに向かってきた。
「無視するってどうなの?失礼じゃない?」
そんなこと言うなんて…
きっと俺の顔はポカンと口を開いた状態だろう。
「ちょっと聞いてるの?」
その時、俺は初めて彼女の顔をしっかりと見た気がした。
彼女の潤んだ瞳に俺は吸い込まれてしまった。
あの時から彼女の虜だ。
「この花束をください。」
「かしこまりました。」
彼女には赤色が似合う。
それを言った時の彼女の笑顔が忘れられない。
「あなたは、青色が似合いそうね。」なんてとても嬉しい事を言ってくれた。
そこからは青色のものばかりを身に付けている。
自分はこんなにも分かり易い人間だったのかと思うほどに。
この町で3番目に大きい病院に向かう為、車を走らせた。
彼女と同じ大学に行きたくて沢山勉強をしてギリギリで大学に受かった。
それを報告すると、まるで自分のことかのように喜んでくれた。
この時に誓ったのだ。
彼女の事は今まで以上に大切にすると。
それから必死に車の免許を取った。
彼女にカッコつけたところを見せたくて。
「えっ!免許持ってたの?」
そう言った彼女のびっくりした顔が今でも思い出すと笑える。
病院内はツンっと消毒の匂いがする。
赤い花束を持って彼女に近寄る。
幸いにも今日は顔を合わせて話ができるようだ。
「麗奈大丈夫?」
「あぁ、来てくれたのね。」
少し痩せ細った体にあまり活気がない笑顔で出迎えてくれた。
「守れなくてごめん。」
自分の無力さに嫌気をさす。
「貴方のせいじゃないわ。それにすぐ治るわ。」
彼女のその言葉を聞いて少し鼻がツンとする。
大学を卒業してから3年。
同棲を始めて5年と3ヶ月。
結婚をして2ヶ月。
その時に起こった事だ。
新婚だからと現を抜かしていた事を後悔することになる。
麗奈は信号無視をしてきたトラックに撥ねられて全治2ヶ月の怪我を負った。
私がもっと周りを見ていれば。
しっかり彼女と手を繋いで歩いていればと何度も自分を責めた。
病院からの電話が入った。
麗奈は後数週間したら退院と。
この頃は仕事が忙しくて病院に行けていなかった。
それを聞いて私は安堵した。
麗奈が帰ってくる。
何故かは分からない涙が溢れてくる。
その日は1人で子供のように泣きじゃくってしまった。
麗奈が帰ってくる日になり病院へ車を走らせた。
「麗奈、麗奈!」
「だ、だいじょ、うぶよ。」
「ごめん、守れなくて。」
トラックに撥ねられた彼女を見て、私は手を繋ぐことしか出来なかった。
「な、かないで。」
「愛している。」
「いなくならな、いから。」
そう言った彼女だったが。
私は彼女が消えてしまうんじゃないかと不安になっていた。
病院につき手術が終わり。
「雨宮麗奈」《あまみやれな》
と書かれた病室に入った。
「れ、麗奈。」
「貴方、大丈夫だったでしょ?」
「そうだけど。」
そうじゃない。
声に出せないものが喉につっかえる。
「もう、明るい顔を見せて頂戴。」
「あぁ、あぁ、そうだよな。」
彼女が隣にいない時の運転はあの日のことを思い出してしまう。
もっと自分ができたことがあったのではないか。
そう悔やんでも仕方がない。
病院につき私は足早に彼女に会いに行った。
「麗奈。」
私は麗奈に抱きついた。
「もう、貴方ったら。」
愛しそうな声で返事をしてくれる。
その言葉、その声だけで幸せだ。
「早く帰りましょう?」
「あぁ。」
やっと、彼女が帰ってくると喜びに溢れていた。
彼女と一緒に車に乗り、家に帰る為に車を走らせた。
「ここで下ろして」
彼女の声が車内に響く。
いきなり意味が分からない事を言い出した。
「お、俺、何かした?」
「違うわ。」
「…じゃあど、どうして。」
「ふふっ、貴方の慌てよう久しぶりね。」
そう言って笑う君は凄く楽しそうにしている。
君と話せる時が私も楽しい。
彼女との平穏な日々が帰って来たのだと実感する。
「貴方が自分の事『俺』と言うのは高校時代までだったかしら。」
「一人称俺なのね。」
「何だよいきなり。」
彼女は俺が喋っている話題を途中で遮る。
「てっきり、僕とかだと思っていたから。」
俺のどこを見たらそう思うのか。
俺が「僕」なんて言っていたら君が悪い奴にしかならない。
とても彼女の言っていることは理解し難い。
「俺が僕なんて言い出したら変だろう?」
「あら、そんな事ないわ。」
「そう。」
彼女は何が言いたかったのか分からない。
そこから少しづつ、一人称を僕や私にした。
彼女が喜んでくれると思ったから。
「貴方の『俺』好きだったのよ?」
は?
そんな事知っていたら…
彼女が『似合ってる』『好き』と言った事を思い出しながら口説いていたのに。
だが、今になって気付いた。
きっと彼女は俺がどんなに口調を変えたりしても好きと言ってくれるだろう。
あの時の俺にはそんな事を気にしていられる程余裕はなかった。
『俺も麗奈のそういうところ好きだよ。』
こんな言葉がふと頭によぎった。
彼女に言ったらどんな顔をしてくれるだろう。
照れるのかはたまた、驚くのか。
そんな事を考えていたら…
バタンっと音と共に現実に引き戻された。
助手席を見るともう彼女は車から降りていた。
俺も急いで彼女の後を追った。
彼女が向かっているのはよく2人で寄っていた花屋さんだ。
俺も用事があるのだが、彼女もあるようだ。
「いらっしゃいませ…あら、夫婦揃って来てくださったのね。」
彼女は「えっ」と驚いた顔をしてこちらを見た。
「もう、ついてきたの?」
「俺も用事があったんだよ。」
「そう。」
彼女はそう言って顔を俺から逸らした。
よく見ると耳が赤い。
「ねぇ、ねぇ2人共お花を買いに来たの?」
「私はそうね。」
彼女はチラッとこちらを見て、貴方はどうなの?と言いたげな顔をする。
「俺もそうだよ。」
「ふ〜ん、ケンカしてるの?」
この子はこの花屋さんの息子さん。
とても優しくよく話しかけてくれる子だ。
麗奈にとても懐いてくれている。
それはもう俺が嫉妬をするほどに。
あの発言には色々と驚かされたな。
「僕麗奈ちゃんと結婚する!」
け、結婚!?
彼女を取られては困る。
私は必死でアプローチをして付き合ってもらったのに。
「あら、そんな事言ってくれるの?嬉しいわ。」
彼女も満更でもなさそうだ。
「じゃぁ、結婚してくれる?」
「でも、私待ってる人がいるの。」
待っている人…
「早くプロポーズしてくれないかしら。」
そう言って、私の方をチラッと見た。
え、え!
まさか、そんなわけない。
彼女は私の事を好きだと思っていないと思っていたから。
私が押しに押しまくったため同情で付き合ってくれてると思っていた。
あの頃の自分は全く自信がなく。
彼女は俺の事を愛してくれていたのに、その愛情を受け止めていなかった。
彼女が愛してくれた分、俺も彼女を幸せにして愛さなくては。
俺は麗奈に「君が好きなんだ、結婚して欲しい」と言った。
緊張をしていて声は震えていたし、しっかり考えてきたプロポーズの言葉は何一つ言えなかった。
それでも彼女は涙を流しながらも「いいよ」と言ってくれた。
俺が告白できたのも幼い花屋の王子がいたからだ。
それに関してはとても感謝をしている。
だが、俺と結婚したと知りながらも「結婚、結婚!」と言っているのはお気に召さない。
「私はいつものお花が欲しいわ。」
昔のことを思い出して浸ってしまっていた。
いつも?
いつもの花とはなんだ?
彼女がここでお花を買っていたとは…
俺もまだまだ彼女について知らないことが多いな。
そう改めて実感した。
「貴方は何を買いに来たの?」
そう言って振り返る彼女の腕の中には青い花束が…
「麗奈と一緒だよ。」
すると彼女は少し照れくさそうにして店を後にした。
車に向かったのだろう。
「俺も、この花束をください。」
「かしこまりました。」
俺も急いで車に向かった。
彼女に追いつくために。
いつも彼女には追いつけない。
それでも歩みを合わせて一緒にいてくれる。
そんな彼女が大好きだ。
車に乗り家に向かう。
その間沈黙が続く。
家に着くや否や、彼女は俺にこう放った。
「私が先に入るから、入って来ちゃダメよ。」
何を企んでいるんだ。
でも、こういう日が送れるのも麗奈が帰って来たから…
そう思うとなんでもいい気がしてきた。
「入って来て!!」
その声と共にドアを開ける。
そこには青い花束を持った麗奈がいた。
「心配させてばかりでごめんね、私のこと待っててくれてありがとう。」
そう言われて。
もちろんと言葉を返したいのに、涙腺が緩くなっていたんだろう。
悲しいわけではないがなんとも言えない感情と共に声を出しながら泣いてしまった。
「もう、貴方ったら。」
愛しそうな声をして俺に抱きついてくれた。
あの事故で彼女を、麗奈を失わずに良かったと本当に思う。
「あっ、俺からも。」
そう言って麗奈に赤い花束を渡した。
彼女は目に涙を宿して嬉しそうに「考えることは一緒ね。」と言った。
彼女に会えて良かった。
人生散々だったが、彼女に会えて変わった。
俺の唯一の救いは彼女と出会えた事だろう。
奇跡と言ってもいいほどだ。
彼女から貰った青い花束を
彼女に捧げる赤い花束と一緒に
彼女から貰った青い花束を
彼女に捧げる赤い花束と一緒に