『まずはお友達からはじめましょう』って言われたけれど男女の友達の距離感が分からない!
「まずはお友達からはじめましょう」
頬を染めながら申し訳なさそうに僕に告げるのは高校の同級生、綿鍋 莉子さんだ。眼鏡をかけていてあまり目立たない大人しいタイプだけれど、僕目線ではとても可愛らしくて魅力的な女性だ。
綿鍋さんとは同じクラスになったことは無いけれど趣味で参加しているボランティア活動で出会って、そこでは同世代が僕達だけというのもあり自然と仲良くなった。そして徐々にお互いを異性として意識するようになり、とあるボランティア活動の日についに付き合おうかという話の流れになった。その時に綿鍋さんが僕に告げたのが先ほどの台詞だ。
「あ、でも勘違いしないで。学田くんのことは……その……多分……好き……だと思うから」
「うん、ありがとう」
いくら恋愛経験の無い僕だって、お互いを意識し始めて以降ボランティアの作業中に指が触れただけで真っ赤になる姿を見たら少なからず想われているって分かってる。
それに友達からはじめたいって理由もちゃんと分かっているさ。
「いきなり付き合うのはハードルが高いよね」
「そう、そうなの!」
綿鍋さんは奥手というか慎重なタイプなんだ。
今の僕達はボランティア活動の仲間でしかないから、そこから友達、恋人へと徐々にステップアップしたいと思っているのだろう。そして偶然にも僕も似たような感覚だったので嫌な気持ちは全く無かった。
「それじゃあ僕達は今から友達だね」
「うん!」
学校の友達にこんな話をしたら『はよ付き合え』とか『もう付き合ってるようなものじゃねーか』などと言われるかもしれないが、これが僕達のペースなんだから気になんかならない。
でも一つだけ大きな問題があるんだ。
「友達って何するんだろう?」
「学田さんはお友達居ないの?」
「あはは、本当に居なかったら凄いショックな質問だよそれ」
「あ、ごめんなさい!」
幸運にも何人かは友達がいるのでセーフだった。
「そうじゃなくてさ、僕って男友達しかいないから」
「確かに私も女友達しかいない……」
むしろ綿鍋さんに男友達がいたら嫉妬しちゃってたかも。だってボランティア活動の大人の男の人と彼女が笑顔で話す姿を見るだけで少しもやもやするもん。
「でも大丈夫だよ。きっと友達に男女とか関係ないから普通にすれば良いんだって」
「それもそっか」
僕が気にし過ぎだったのかな。
「それじゃあまずは一緒に帰らない?」
「うん!」
これまでボランティア活動が終わったらその場で即解散だった。でも友達なら一緒に帰ってもおかしくは無いだろう。帰りに何処かに寄り道するのもありだな。
と軽い気持ちで提案したのだけれど。
「…………」
「…………」
どうしよう、距離感が分からない。
「あ、ごめん、ちょっと近すぎたかな」
いつのまにか肩が触れそうなくらいに近づいて並んで歩いていたから、少しだけ距離を取った。
「え……」
そうしたら綿鍋さんが悲し気な声をあげたんだけど離れすぎたのかな。
「このくらいの距離だと変かな?」
「……学田くんは普段友達とこのくらい離れて歩いているの?」
「う~ん、意識したこと無いから分からないや」
もっと近かったかな?
それとももっと離れてた?
そもそも肩を並べて横並びで歩くことってそんなにあったかな?
改めて考えると全く思い出せない。だっていつも距離感なんて考えずに自然に歩いていたから。
「それじゃあ私のやり方で良いかな」
「うん、それで良いよ」
綿鍋さんは友達との距離感を理解してるんだ。女子は同性同士でもそういうの意識するものなのかな。
「それじゃあこれで」
あれ、おかしいな。
僕の真横にぴったりくっついて歩いているんだけど。
時々肩が触れちゃっててドキドキするんだけど。
「あの、綿鍋さん?」
「こ、ここ、これが友達とのいつもの距離だから」
「あ~そうなんだ。そっか……」
この距離が綿鍋さんの友達の距離だって言うなら仕方ないよね。
好きな人にこんなに近づかれるとすごい意識しちゃって大変だけど、綿鍋さんは友達として接してくれようとしているのに僕だけ異性として意識するなんて失礼だから我慢しないと。
「ち、ちなみに、こんなこともするよ」
「!?」
いやいやいや、腕を組むのは友達じゃないでしょう!
「女子がこうしているの見たこと無い?」
「…………あるかも」
そういえばキャッキャしてた女子が腕組んだり抱き着いたりしているところを見たことがある気がする。男子だとこういうスキンシップはまず無いけれど、女子だとあるのか。
でも流石に勘弁して欲しい。だって綿鍋さんの柔らかな感触がダイレクトに伝わって来るんだよ。ドキドキしちゃって友達としてなんか見れなくなっちゃうよ。
「その、男子はそこまでしないので、あの……」
「そ、そうだよね、ごめんね」
綿鍋さんは名残惜しそうにしていたけれど、僕から体を離してくれた。
ふぅ、びっくりしたけど僕達の関係はまだ友達だから仕方ないよね。
でも綿鍋さんが少し悲しそうなのが気になるなぁ……
「綿鍋さんが、その、『友達として』したいっていうなら、たまには良いよ……」
「本当!?」
あくまでも友達として、だよ。
綿鍋さんが切ない顔しているから仕方なく許可したんだからね。
僕が綿鍋さんを異性として意識しているからじゃなくて友達として気遣っただけなんだからね!
「学田くーん」
「たまにって言ったのに!」
「うん、たまにこうするね」
どうしてだろうか、綿鍋さんと歩くときは常にこうなりそうな予感がしている。
――――――――
友達って何だろう。
一日の間に男友達とやっていることを考えてみた。
学校についたら挨拶をして、他愛も無い雑談をして、一緒にご飯を食べて、時々放課後一緒に遊び、家で時々オンラインでゲームをする。
時々、っていうのもどちらかがそんな気分になった時に相手を誘い、相手も都合がついて気分が乗っていれば成立するといった曖昧な条件だ。
一方で女子の方は少し違うかもしれない。
カースト上位からの誘いは断っちゃいけないとか、他のグループの女子と仲良くしてはいけないとか、そういうしがらみがあったりするのだろうか。うちのクラスの女子はそんな感じに見えないけれど、男には分からない世界があるって言うしなぁ。
男女の友達観というのが違う以上、綿鍋さんが僕の常識範囲外のことをやろうとしてくるかもしれない。でも僕はそれを『友達として』しっかりと受け止めてあげたいと思うんだ。
「学田くーん、ご飯食べよう」
「綿鍋さん!?」
でも他のクラスまでやってきて一緒にお昼ご飯を食べるのは違うと思うんだ。
「おいおい、学田。いつの間に恋人作ったんだよ」
「紹介しろよ」
ほら、僕の男友達まで速攻で恋人認定しちゃってるじゃないか。
「違うよ、彼女は僕の友達だよ」
「友達って……どう見てもそうは見えないが」
「本当に友達なんだって、ねぇ綿鍋さん」
「うん、そうだよ。だって手作り弁当作って無いから」
なるほど、お昼ご飯を食べることに関しての綿鍋さんの友達と恋人の差はそこなんだ。
確かに友達同士で手作り弁当を作ることは女性同士でもなさそうな気がする。
「ということで、一緒に食べよう」
「彼らもいるけど良い?」
僕はいつもクラスの男友達と一緒にお昼ご飯を食べている。だからこの場合、綿鍋さんは友達としてそこに混ざりたいって言って来ていることになるのだから、このように誘うのは当然のことだ。
「綿鍋さん?」
それなのにどうして綿鍋さんは真顔になってしまったのだろうか。
「いや、俺らは別で食うからその子と一緒に食べてやれよ」
「そう? 悪いね」
「き、気にするな」
友達に迷惑かけちゃったな。
後で謝らないと。
「学田が超怖いんだが」
「絶対に断れよって目で誘うのは卑怯だろ」
「あれのどこが友達だよ」
「あの子を俺らに近づけたくない独占欲パネェな」
こっちを見て何か言っているみたいだけど良く聞こえないなぁ。
「学田さん?」
「なんでもない。それじゃあ食べよっか」
いつの間にか綿鍋さんに笑顔が戻っていた。
良かった良かった。
「わぁ、綿鍋さんのお弁当美味しそうだね」
カラフルな見た目で色々な種類の食材があって栄養バランスにも気を使ってそうだ。
「ありがとう。頑張って作ったかいがあったな」
「自分で作ったの?」
「うん」
「凄いなぁ。僕は朝が弱いから自分で作るなんて無理だよ」
そもそも料理自体出来ないけどね。
そんな僕のお弁当はお母さんが毎朝作ってくれている。
「良かったら食べてみる?」
「え、良いの?」
「うん、女子同士ならお弁当の交換くらいならよくやるよ」
「そうなんだ……」
それなら遠慮なく貰おうかな。
「…………」
「綿鍋さん?」
突然黙り込んだけどどうしたんだろう。
少し頬が赤くて箸を持つ手がプルプルしてる。
「あ、ううん、何でも無いの。好きなの選んで」
「ありがとう。それじゃあ僕のお弁当もどうぞ」
「うん」
実はちょっとだけ不安だった。
綿鍋さんが自分の箸でおかずを僕の弁当箱に入れたり『あ~ん』をしてきたりしないかってね。
間接キスになるからどう考えても友達以上の扱いをせざるを得なくなるところだった。
それからは僕も綿鍋さんも雑談をしてゆっくりとお昼ご飯を食べた。これなら友達っぽいなぁなんて思うのだけれど、想い人が目の前にいるのだと思うとどうしても異性として意識してしまうから気持ちを抑えるのが大変だったよ。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか綿鍋さんはびっくりする提案をしてきた。
「そうだ学田くん、次のお休みってボランティア活動無しだったよね」
「うん、そうだね」
「じゃあその日に学田くんのお家に遊びに行っても良い?」
「ぶほっ!」
「きゃあ、もう汚いよ」
だって綿鍋さんが変なこと言うから!
「けほっ、けほっ、ごめんごめん。でもいくらなんでも女子を自宅に招くとか無理だよ」
「え~、だって友達だよ?」
「確かに友達を家に呼ぶことはあるけど……」
「でしょ?」
友達なら平気なのかな……?
っていくら僕でも騙されないよ。
「同性の友達だから許されることってやっぱりあるよ。ほら、例えば僕が女子と一緒に街に遊びに行ったらデートになっちゃうし」
そうなったら僕はもう綿鍋さんのことを意識しまくって友達としてなんか見ることが出来ないよ。
「そんなことないよ」
「え?」
「だって同性の友達と遊びに行く時って『ショッピングしたい』とか『カラオケに行きたい』とか具体的に何をやりたいのかが決まってるでしょ」
「まぁ、そうだね」
今日の帰りにゲーセン行こうぜ、とか美味いラーメン屋が出来たらしいから今度食べに行こうぜ、なんて感じで目的があることがほとんどだ。
「でもデートの場合は一緒に過ごすことが目的でしょ」
なるほど、確かにデートの目的は行き先よりも時間を共にする方がメインな気がする。友達と遊びに行くのとデートでは同じ外出でも意味が全く異なるってことか。
「だからデートじゃなくても私達が一緒に遊びに行くのは変じゃないよ」
「……うん」
なんとなく納得させられてしまったけれど、しちゃったらまずいよね。
「お家に遊びに行くのも同じで友達と遊びたいだけだからOKだよ」
だってこう言われてしまうから。
「それに異性の友達とお家でゲームやるとか、よく聞く話じゃん」
「そうかなぁ……」
「そうだよ」
「そ、そう」
そこまできっぱり断言されると違うとは言えなかった。
でも綿鍋さん、そのよく聞く話ってのは創作物のことじゃないでしょうか……
結局綿鍋さんに言いくるめられ、次の週末に彼女が僕の家に遊びに来ることになった。
男として信頼されているのだと思うことにして、彼女を異性では無く仲の良い友達と思うように頑張るぞ。
――――――――
「あの、これ……」
「…………」
気まずい。
超きまずい。
綿鍋さんが家に来ると、お父さんとお母さんは示し合わせたかのように『夕方まで戻らないから』なんて言って出かけてしまった。
そのことはまぁ良いよ。
両親の性格上そう言うだろう事は分かってたし、そうなるだろうって綿鍋さんに事前に伝えてあったから。
問題は綿鍋さんと楽しくゲームをしていた時のことだ。
「綿鍋さんってゲーム結構上手なんだね」
「学田くんこそ」
自分の部屋に好きな女子がいるという状況に弾けそうな程に高鳴る胸を必死で抑えていた僕だけれど、いざゲームを始めて見ると実力が伯仲していて熱中してしまったんだ。
勝った負けたでお互いに一喜一憂する姿は間違いなく友達関係そのもので、僕らが望んでいた正しい意味での関係を深めるのに成功していた。
こういう日々を過ごして徐々に相手の事を知り、再度告白して今度こそ恋人関係になる。
それが僕らが脳裏に描いていた僕らなりの恋愛プランだった。
しかし……
「よし、勝った! あ、ごめん」
ギリギリの勝負に勝って喜んだ僕は、誤って綿鍋さんが持って来たバッグに腕を当てて倒してしまったんだ。
するとバッグの中身が床に転がり出たんだけど、その中に絶対に見過ごせない物が入っていた。
避妊具。
「…………」
「…………」
勘違いするな。男の家に行くのだから予防で持っていただけの事でしょ。
僕のことを信じてくれているとは思いたいけれど、それでも自衛しないというのはあり得ないことだ。
そう、綿鍋さんがゴムを持っていようとも変なことでは無いんだ。ここは男らしくスルーして元の空気に戻さないと。
「さ、さあ次は何のゲームしよっか」
少し声が裏返ってしまったけれど、これで良いんだ。
「…………」
まって、どうしてそれを手に持ったのかな。どうしてそのまま鞄にまた仕舞わないのかな。どうしてそれを大切そうに両手で持ってこっちを上目遣いで見て来るのかな。
「友達なら……こういう話も……するよね」
ぐっ……それは下ネタとか性的な意味での恋愛話ってことか。
確かにするよ、するけどさあ。
この二人っきりの状況で男女がその話をするのはまずいんじゃあないかな。話の流れで冗談交じりで言うならまだしも、お互いに照れて意識しちゃってるんだよ!?
「するけど、今は友達とそういう話をするときの雰囲気じゃないよ。ほら、ゲームしよゲーム」
僕らは友達なんだ。
友達同士で下ネタを言う時にお互いがこんなにドキドキするなんて絶対におかしいよ。
さっきまで盛り上がっていたように、ゲームをしている方が自然なんだ。だからそれをしまって元に戻ろうよ。
「学田くん、私のこと、意識してる?」
「し、してないよ。だって友達だもん」
友達相手に異性を意識するなんて失礼なことは出来ないよ。
そういうのは恋人になってからやるんだ。
『まずはお友達からはじめましょう』って決めたじゃないか。
「友達でも意識して良いと思うよ」
「え?」
そんな馬鹿な。
異性として意識していないからこその友達じゃないか。
同性の友達相手にこんな気持ちになんてならないでしょ!
「あの……その……」
綿鍋さんはこれまでで一番顔を真っ赤にして俯いて何かを言おうとしている。
ソレを顔の近くで持って指で弄りながらやられると本気で襲いたくなっちゃうから勘弁してください。
「…………」
「…………」
それからしばらくの間、綿鍋さんは口をパクパクして何かを言いかけては止め言いかけては止めを繰り返し、ようやくとてもか細い声で爆弾発言をした。
「セッ……スフレンドも……友達だよ?」
今すぐに暴走しなかった僕を誰か褒めてくれないかな。
好きな女の子と自分の部屋で二人っきりで滅茶苦茶照れながらオッケーを出されたら理性を失ってもおかしくない。
でも僕は必死で我慢した。
だってここで手を出したら僕らの関係は歪な友達関係になってしまうから。
「ねぇ綿鍋さん」
「ひゃいっ!」
ビクンと大きく反応して恐る恐る僕を見る姿がとてもかわいい。
「どうして『お友達からはじめましょう』なんて言ったの?」
僕は鈍感じゃない。
綿鍋さんが色々と理由をつけて友達なのに恋人ムーブをやりたがっていたことになんかとっくに気付いていた。でもそれならどうして付き合おうという話が出た時に一歩退いたのだろうか。
「凄い嬉しかったのに、恥ずかしくてつい……」
どうしよう、僕の好きな人が滅茶苦茶可愛いんですけど。
「それじゃあ改めて、友達じゃなくて恋人になりませんか?」
「は、はい!」
綿鍋さんに向けて右手をそっと差し出した。
告白で握手というのは変かも知れないけれど、今の雰囲気で抱き締めでもしたらどうにかなってしまいそうだったから。
綿鍋さんは躊躇することなく僕の右手を握り返してくれた。
アレを手にしたまま。
「あ……」
だからこれだと今から使ってくれって僕に渡しているような感じになっちゃうじゃん!
「あ、あの、あわわわ」
どうしよう、僕の好きな人がポンコツ可愛いんですけど。
ボランティア活動やってるときはしっかりしているのに、恋愛になると積極的でポンコツっちゃうのか。優勝。
その日、僕らがソレを使ったのかどうかは永遠の秘密であるが、恋人として再出発したことだけは言っておこう。
結局男女の友達の距離感ってのは全く分からなかったなぁ……
言い訳させてください!
本当は男女の距離感が分からなくてじれじれする姿を描きたかったんです。
でも手が勝手にヒロインを色ボケに変えてしまったんです。
ごめんなさい!