第5章 サボり魔王子のお茶会⑧
ミルティアの傷ついた心は、涙となってミルティアの体の外に溢れていた。一度溢れた気持ちはもう止めることができない。気付けばミルティアは必死にショコライルに思いをぶつけていた。
「わたくしは……ショコライル様の…………お側にいることは…………ゆっ…許されないのです……」
「…………………………」
「ショコライル様が……わたくしとのことを……考えてくださっていることは分かります…………。ですが………………どんな正当な理由であれ……みっ…………認めてもらえないのです…………」
「……………………そのようなことは……」
「男爵令嬢は……殿下の……側にいることも…………畏れ多い存在なのです…………」
「ミルティ……」
「だから……ショコライル様のお側には………………いられません……いては…………いけないの……」
必死に絞り出す言葉は最後まで言えなかった。ミルティアの言葉を静かに聞いていたショコライルが、これ以上喋らさないように強く強く抱きしめたからだ。離れようと思ったのに、愛しい人の温もりに包まれて気持ちが揺らぐ。ミルティアの溢れる涙は止まることはなく、ショコライルの豪華な正装を涙と化粧で汚していく。離れようとしても逃げられないように抑押える力が強くてできない。ミルティアが痛がることも厭わず抱きしめる力。緩めると途端にミルティアが2度と戻ってこないと不安になるあまり、力を抑えることはできなかった。
「ミルティ……。君だけなんだ……。俺の側にいてほしい人はミルティア・リリアージュ、君だけなんだよ。」
「ですが……あの人も…………周りの方も……わたくしでは駄目だと…………ショコライル様の色を纏うことも……許されないと…………」
「そんなわけあるか!!!君が相応しくないなら、誰も相応しくない!それなら俺の瞳の色の服を許可なく着ることを禁止するだけだ。」
「そんなことをしたら……ショコライル様の名に……傷が付きます……」
「それがなんだ?!」
「ショコライル様は…………いつか国王になるお方です……。わたくしの……ために…………今まで積み上げてきたものを壊しては……いけません。…………もっと…………相応しい方を……」
「俺に相応しいとはなんだ?ミルティア、君は俺の……王太子ではなく、ショコライルとしての幸せを願ってくれないのか?」
ミルティアの言葉を遮り、珍しくミルティアに声を荒げて想いをぶつける。こんなに感情をぶつけられた荒々しい声など初めて聞いたミルティアは、驚きつつも涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、ショコライルを見つめた。涙のせいで霞んで見えるが、その顔は酷く悲しい顔をしていた。
「ミルティ……、俺はいずれ国王になるよ?でもその前にショコライルという1人の人間なんだ。王太子は幸せになってはいけないの?愛する人と一緒にいてはいけないの?……それなら……ミルティと離れなければいけないなら、俺は……私は王太子を辞める!」
「そんな……」
「冗談ではない!ミルティがいない人生など、幸せなはずがない!!」
「……ショコライル様……」
「ミルティ……君を傷付けてばかりの俺の言葉など、信用できないかもしれない。でも俺は……ミルティもこの国も大切にしたいんだ。いつか国王になっても、私の側には君がいて欲しい……。君以外ありえない!」
ミルティアの顔を両手で包み、逃がさないように真っ直ぐ見つめる瞳。ミルティアはさらに大粒の涙を流しながら見つめ返す。優しい穏やかな顔……でも目には力強さが宿っており、ショコライルの決意が窺えた。
こんなに真っ直ぐに想いを伝えてくれるショコライルに、ミルティアは偽りの言葉で返すことができない。素直になるしかなかった。
「わたくしも……わたくしも……ずっと…………ショコライル様のお側に……………………いたいです!」
心の奥深くに押さえ込んでいた感情が勢いよく溢れるように、大きな声となって出ていく。泣き過ぎて酷い顔になっているのに、気持ちが伝わるようショコライルの目をしっかり見つめる。
ミルティアの言葉を聞いた途端、ショコライルは強く強くミルティアを抱きしめる。腕の中にミルティアがいることを確かめるように、もう逃さないというような力強さだ。
「ミルティ、ありがとう。」
掠れるような声は、本当に安堵したのだろう、酷く震えていた。その声色からでもどれだけ大切にされているか伝わってくる。ミルティアは幸せな涙を今度は止められずにいた。先程まで胸を締め付けられる感覚はもうない。今は苦しくても大好きなショコライルに包まれている幸せと安心感に満ち溢れている。
今日でもう会えないと思った。自分から離れようと思った。だが、それは自己保身のためだけだった。ショコライルの気持ちを考えれば、ただ傷つけるだけだったのだ。
ミルティアもショコライルが側にいることを確かめるように、ゆっくり背中に手を回すと精一杯の力を込めて抱きついた。
ショコライルにとってはか弱い力でも、必死に抱きついてくれるのがたまらなく愛おしい。ようやく溢れる幸福感を噛み締めるように抱きしめ返すと、そのままミルティアの頭に何度も何度も口付けを落とすのであった。
どれだけの時間抱き合ってたのかわからない。涙は出尽くしたのかいつの間にか止まっていたが、ショコライルの口付けだけは止まらない。頭から頬、手と場所を変えながら何度も落とされる。恥ずかしいはずなのに愛されてることがわかるため、ミルティアはただ幸せで微かに微笑みを取り戻していた。
ようやくミルティアが笑ってくれた。震えていた身体は収まり、蒼白かった顔も血色を取り戻す。
ショコライルはようやく落ち着いたミルティアに安堵すると、もう一度強く抱きしめてからようやく身体を離した。
「ミルティ……君にこれを。」
そう言ってミルティアの前にショコライルが差し出したのは一輪の薔薇であった。
「これは……」
「君以外にこの薔薇を渡さない。この薔薇に相応しいのはミルティア、君だけだ。どうか受け取って。」
「……はい、喜んで……。」
枯れたはずの涙が再びとめどなく流れる。幸せすぎて心が追いつかない。先程まであんなに傷付けられたことが嘘かと思うほど、心が幸せで満ちている。
ミルティアが受け取ったのは一輪の白い薔薇だ。この薔薇は茶会でアレンに渡した物だ。だがミルティアの部屋に向かう前アレンに返された。渡せないと思っていたがアレンの機転のお陰で渡すことができた。茶会にショコライルが見初めた人物がいないなど嘘である。ミルティアに堂々と渡したくても渡せなかった薔薇は2人っきりで渡すことができ、ミルティアが嬉しそうに受け取ってくれる。それだけでショコライルは幸せだった。
未だ嬉しくて泣いているミルティアを抱きしめ、ショコライルはその温もりをしっかり感じるように強く抱きしめるのであった。
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――――トントン――――――――
ショコライルとミルティアが互いの感情をぶつけ合っている頃、私室で待機していたアニスの部屋の扉が叩かれた。未だ怒りが収まらないアニスは、予定のない来客に苛立ちを覚えながらも、とりあえず部屋の扉を開けた。
「やぁ……ずいぶん荒れてるね。」
扉を開けてすぐ、アニスの顔を見たアレンは苦笑いを浮かべながら声をかけた。
「どうされましたか?」
こんな顔を見られたことを少しだけ気まずく思いつつ、それでも昔から馴染みがあるアレンでよかったとさえ思える。アレンには様々な表情を見せているので、今更新たに知られることなどないからだ。
それでもあまり顔を合わせたくないアニスは、突き放すように言葉を投げかける。早く1人にしてほしかったのだ。
「うーん……荒れてるかなと思ってね。……図星だね。」
アニスの顔を見て、自分の考えが間違ってなかったことを再確認すると、アレンはアニスの手を引いて廊下を歩き出した。
「ちょっ……少しお待ちを。鍵……部屋の鍵をせめて掛けさせて!」
無言で歩き出すアレンをとりあえず止めるため、施錠のお願いをする。不用心が嫌いなアレンなら無施錠を許せないと思ったからだ。案の定止まってくれると急いで鍵をかけてまた元に戻る。すると再び手を引いて無言で歩き出した。
まだ就業時間のため王城には人が沢山いる。すれ違う人々が皆驚いたように2人を見てくる。さすがに我慢ができないアニスは
「アレン様、とりあえず手を離して!」
と大声で懇願するが
「だめ!」
と一蹴され離してくれない。その代わり人目がつかない道をあえて選んで進んでくれたお陰で、それからは誰の目にも触れずに移動することができた。
その後一言も話さず進むアレンにただ付いていくだけだったアニスは、やがて懐かしい道を進んでいることに気が付いた。
「着いたよ。」
ようやく足を止めてくれたアレン。アニスはアレンが連れて来てくれた場所に心当たりがあった。
「懐かしい……。」
つい口から言葉が出て来てしまう。本当は無理矢理連れて来たことに文句が言いたかったのに、この場所に来たことでどうでもよくなってしまった。
「覚えてる?」
アレンが優しい声で訊ねてくれる。忘れるわけがない。この場所はアニスにとっても大切な忘れられない場所だからだ。
「もちろんです。いつから来なくなったのでしょう?」
アニスは目の前に広がる景色を見ながら懐かしそうに呟いた。
アレンが連れて来てくれた場所は、王城の外れにある高台に作られた展望台。展望台といってもただ長い階段と広いデッキ、そして椅子だけがある何もない場所だ。誰でも利用でき、王城の敷地の中でも城下を一望できる場所の一つなのだが、城から遠いため滅多に人がこない場所であった。
ここでアレンとアニスはよく2人でいろんな話をした。2人は成人したばかりであるが、成人する前からアレンはショコライルの側近として、アニスはショコライルの護衛として仕事を少しずつ行っていた。
上手くいかないこと、悔しいこと、何か溜まると2人はここに来て話をしては、心を落ち着かせていたのだ。
だが少しずつ忙しくなり遠のいていた。忙しさのあまりすっかり忘れていた場所であったが、やはりここから見下ろす城下の景色はあの頃と変わっていない。
この場所をショコライルの元で共に守っていきたい。そんな決意をした日を昨日のことのように思い出していた。
アニスはいつの間にかメランカに対する怒りの感情が、心の中からゆっくり消えていた。
「アレン様、ありがとうございます。お陰で冷静になれました。」
「それはよかった。ショコライル様も心配していましたよ。アニスがお城に穴を開けるとね。」
「穴ですか??あー、確かにやりかねないかもしれないです。」
アニスは酷い言われようの自分に思わず笑ってしまった。無邪気に笑うアニスを見て、アレンはホッと胸を撫で下ろす。
「……たまには、また来ますか……ここに。」
「ええ……。お酒など用意します?」
「……お酒は辞めましょう。」
「ふふっ……分かりました。」
たわいもない会話で自然と笑顔になるアニスを見て、アニスが笑えるなら、ここに来るのも悪くないかもしれないと思うアレンなのであった。
お読みいただきありがとうございます
ようやく第5章が終わりました
話の都合上長くなりましたが、お付き合いくださり
ありがとうございます
明日からは第6章の始まりです
物語はさらに進んでいきます
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します




