第5章 サボり魔王子のお茶会⑦
ショコライルは無言で庭園を歩く。思い出すのは言われなき言い掛かりをつけられて大勢の前で愚弄されるのを、ただひたすら耐えている姿。恐怖に震えた身体、悔しさと虚しさで泣きそうなあんな顔などさせるために側にいさせたわけではない。ただミルティアには幸せに笑ってほしいのに、それが自分に関わったせいで傷付けたことが悔しくて仕方なかった。護ると言ったのにまた傷つけた自分自身に苛立ちが募っていく。ショコライルはあまりの怒りに周りが見えていなかった。
「ショコライル殿下!」
ようやく我に返れたのは、目の前にアレンが立ち塞がったから。息を切らしているアレンを見てようやく周りを見ることができたショコライルは、そこでいつの間にか庭園を抜け出し廊下を歩いていることに気が付いた。アレンがこんなにも息を切らしているということは、急いで歩いていたのだろう。ここまでの距離を追いかけていたのなら、かなり無理をさせてしまった。
「アレンすまない……。気が付かなかった。」
「でしょうね。何度呼びかけても立ち止まらず歩き続けるんですから。……落ち着きましたか?」
「……まだだめだな……。冷静でいられない。」
「当然でしょう。私たちですら冷静でいられなかったのです。あなたなら尚更でしょう。」
「……アレン父上に報告をしたい。時間調整できるか?」
「その必要はありません。」
「流石だな……で、時間は?」
「それも必要ありません。」
「どういうことだ?」
「陛下には詳細にことの顛末を伝えてあります。」
「この短時間に?」
「はい。私を侮らないでください。」
侮ってなどいないが、それにしても仕事が早過ぎてこちらが混乱しそうになる。ショコライルは騒動が起きてすぐ、エクラに一度報告に行くようには伝えた。だが全ての決着が着いたのは先程のことで、アレンは側にずっと居たはずだ。とてもエクラに報告できる時間などない。だがアレンはショコライルの疑問を簡単に打ち砕く。
「ハミルダ先生があの女の嫌な気配を読み取り心配になって会場を覗いていたのです。ですから全てハミルダ先生より伝わっております。今頃リリアージュ男爵とお話されていることでしょう。」
「ありがとう……。私は助けてもらってばかりだな。」
「当然です。それが側で支えると決めた者達のやりがいなのですから。」
アレンもハミルダも自主的に動いてくれている。それはショコライルを信じて支えてくれているからだ。
「殿下より言付けを預かっております。今回の件は任せるようにと。決して手緩いことはしないとのことです。」
「……そうか。」
「それから、何か希望はあるかとのことです。」
「そういうことか……。」
エクラが今回の件を預かるのは、エクラの部下の娘達が起こしたことだからである。いくら娘と言っても、父親がエクラに仕える身となると、手出しする事は出来なくはないが、不満は出るはずである。ならばエクラからの指示とすればすんなり受け入れられると考えたのであろう。
またショコライルからの直接の指示となると、きっとミルティアは少なからず責任を感じるはずだ。表向きはエクラが決断したとすればミルティアも心が少しは楽なはずだ。
希望を聞くというのは、ショコライルを思ってのことだろう。今回の件1番腹が立っているのはショコライルだ。全てエクラが決めてはショコライルが納得しないかもしれない。ショコライルに権限を少しでも与えることで、ショコライルも納得できる内容にする配慮である。
ここはエクラからの提案を有り難く受け入れることにした。
「希望か……。完全な断罪はミルティアが傷つくので避けたい。だが生ぬるい対応はしたくない。今後ミルティアや私の前に姿を現さないよう対処してほしいと伝えてくれないか?後はあの女の不正を徹底的に暴いて欲しい。」
「承りました。必ずお伝えしておきます。……後は私にお任せを。ショコライル様はここにいるべきではありません。」
「ありがとうアレン。……お前手が空いたらアニスを頼む。」
「何故アニスですか?」
「アニスを見ただろう?今はミルティアの側にいて多少抑えられていても、もう限界だ。いつ物に当たるかわからない。あの調子だと城に風穴が開くぞ。」
「風穴?!さすがにそれは……。」
「断言できるか?あのアニスだぞ?」
「……断言はできません。さすがに王城に手を出さないとは思いますが……。」
「……アニスが気分転換にたまたま散歩をする。途中でたまたまあの女がいる部屋を見つけるとする……そしたらアニスはどうすると思う?」
「……魔法の練習で手元がたまたま狂ってしまい、その部屋をたまたま破壊しますね。」
「だろう?風穴開くだろう?」
「……はい。」
「だからアニスを鎮めるのを頼む。」
「また私ですか?」
「お前が適任だよ。以前も上手くいったんだ、頼む。エディルダに頼むとたぶん2人で剣術の練習を始める。2人とも怒りを発散するのに手加減しないはずだから、ボロボロになって護衛どころじゃなくなるぞ。」
「確かに……。分かりましたよ。後で対処します。」
「助かるよ。」
「後はお任せを。ショコライル様はあなたしかできないことを。」
「……ありがとう。後は頼んだ。」
「あっお待ちください。」
走り出そうとするショコライルをアレンは慌ててとめた。
「これを……。私が持つものではないでしょう?」
「……ありがとう。」
ショコライルはアレンから手渡された物を受け取ると今度は誰に止められることもなく、真っ直ぐ長い廊下を走り出した。
アレンはそんなショコライルを姿が見えなくなるまで見送ると、踵を返してショコライルとは反対の方向に進んでいくのであった。
――――――――――――
ミルティアは私室に戻るとソファに座ってただぼんやりとしていた。アニスやエディルダは何と声をかけていいのか分からず、ただ見守ることしかできずにいる。
ミルティアの頭の中はいろんな感情で入り乱れ、考えがまとまらない。言い掛かりがほとんどで嘘の噂を言われたりしたことは、真実ではないので堂々としていればいいと思う。
それよりも、下級貴族は側に近づくことも好ましくないと言われたことの方が辛かった。
どれだけの時間そうしていたか分からない。このまま深い心の闇に埋もれそうなところで、何も感じなかった体が少しずつ温かさを取り戻していく。それに合わせてミルティアは心の闇から抜け出し現実に戻ってきつつあった。
ぼんやりしていた視界が少しずつはっきりしてくる。何も聞こえなかった耳に、音が戻りつつある。「ごめん……。」微かに聞こえる声と身動きが取れない感覚を覚えて、ミルティアはようやく意識をはっきりさせた。
「ショコライル様?」
冷え切った心を温めてくれたのは、ショコライルであった。ミルティアが声を掛けるまで何回も何回も「ごめん。」を繰り返し、これでもかという程きつく抱きしめてくれる。苦しいはずなのに、この苦しくて少し痛い感覚が、ショコライルが側にいることがより分かるため、今は安心できだ。
「ミルティア……。」
急いで訪れたミルティアの部屋に入ると、そこにはソファに深く腰掛け、背もたれに座り視線が定まらないミルティアの姿があった。どんな時もソファに座る時は姿勢がいいミルティアからは考えられない姿である。
ショコライルが部屋に入っても視線を動かすことはせず、ただ虚な目。その目は酷く怯えており先程のことが彼女をどれだけ傷つけたか物語っていた。
アニスもエディルダもどう接したらいいか分からず戸惑っている。ショコライルは今だけ部屋にいる全ての護衛を退室させた。部屋の外を警護に当たらせ、アニスには私室で待機するようにした。エディルダにはショコライルの執務室に向かわせ、転移魔法の魔法陣を使われないよう見張りを頼むと、部屋の中をミルティアとショコライルのみにした。
その間もミルティアの視線は定まらず、部屋の中で人の動きがあることすら気付いていない。ショコライルが声を掛けても振り向くこともしない。このままではミルティアの心が壊れる、そう直感したショコライルはミルティアを強く抱きしめて、ショコライルの存在を物理的に示すことにした。ミルティアの側にショコライルがいることを知って欲しい。もう怯えずただ甘えてほしい。そう願えば願う程知らずに力は強くなっていく。さすがにこれ以上はミルティアの体が物理的に怪我をする、そう思った矢先、ようやく聞きたかった声が聞こえてきた。
か細くとても小さな声は、確かにショコライルの名を告げてくれた。ようやく聞けた愛しい人の声にショコライルは噛み締めるように、もう一度愛しい人の名を呼ぶ。
ミルティアはショコライルの温もりに安心感を覚えたが、甘えることはせずゆっくり身体を離した。心配そうに両肩に手を置いてショコライルがミルティアの顔を覗き込む。途端にミルティアはショコライルから視線を逸らすと俯いてしまった。
「ミルティア……ミルティ、こっちを向いて……。お願いだから俺を見て……。」
懇願するようなショコライルの声に応えることはできない。ゆっくり首を横に振ることしかできないが、それでも意思表示はしたはずだ。
「どうして?」
酷く辛そうな震えた声が聞こえてくる。ショコライルのこんな声が聞きたいわけではないが、でもこうすることしかできなかった。
「ミルティ……、ごめん。俺は君を傷付けてばかりだ。愛想を尽かされても仕方ないと思っている。だけど……きちんと謝らせてほしい……。」
謝ることなどショコライルには何もない。ミルティアはゆっくり首を横に振って謝罪が必要ないと伝えたが、ショコライルには違う読み取り方をされた。
「ミルティ……俺の事はもう顔も見たくない相手なのか?……ごめん……本当にごめん。………………ミルティに嫌われて当然だ……。」
「嫌いになど!…………」
ミルティアがショコライルを嫌うわけはない。その言葉につい反論してしまい、言葉を詰まらせまた俯く。離れようと思っているのに……誤解だけは与えたくなかった。
「嫌いになってない?なら……君の考えを教えて……。お願いだ……、ミルティ。君の全てを知りたい。」
必死に懇願するショコライルの顔を間近で見てしまい、ミルティアは押し殺していた感情を抑えることがもうできなかった。顔をみたらダメだとわかって視線を逸らしていたのに、ショコライルの弱々しい声が心配でつい見てしまったのがいけなかった。
気付けばミルティアは大粒の涙を流していた……。
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