第5章 サボり魔王子のお茶会④
「アレン……、あいつは?」
目の色を変えて近づいてくる強い香りを纏う令嬢達に、吐き気がしてくる。不快でしかないこの空間に長時間いては限界と感じたショコライルは、ミルティアを一目見て癒されようと考え、令嬢達に愛想笑いを浮かべながらミルティアを探していた。
ミルティアのことだ、きっとこの欲にまみれた塊になど来ず、遠い場所にいるはずだ。目星をつけて探すと案の定ショコライルから離れた場所にいた。
意外だったのは1人ではなく、大勢の人物に囲まれていたこと。ほとんどが男性ばかりで一瞬で頭に血が上るのを感じたが、それを逃すように自分の手を握りしめ気を逸らす。
もう一度冷静に見ると、ミルティアとショコライルの同級生ばかりで、皆学園でミルティアを守ってくれた人達ばかりで安心する。ミルティアも楽しそうに笑ってリラックスしているため、ほっと胸を撫で下ろしたが、どうしても一つ気になることがあった。
ミルティアの隣にいる、やたら彼女に近い男である。ショコライルは煩い令嬢達の声を躱しながらアレンに確認を取ると、ネモハイ子爵家令息レイドであると教えられた。
その名前を聞いた瞬間、消したはずの感情が再びショコライルの中を駆け巡る感覚に襲われた。
学園で接点は同じクラスぐらいで話したことはない。だがショコライルは彼のことをよく知っていた。
ネモハイ子爵家次男で、文武両道。魔法の腕も立つため、ハミルダが魔法騎士に推薦しようとしているのだが、それは辞退し騎士になることを目標としているらしい。入学当初は魔法騎士を目指していたのだが、3年生に上がった際希望を変更したらしい。そんなことはどうでもいい。それより問題なのは、レイドは去年と今年、ミルティアに縁談を申し込んでいることだ。
去年で諦めてくれればいいものを、今年も送ったとなると執念深い。子爵家なら男爵家のミルティアが嫁いでも問題ないし、家督を継がない次男なら尚のこそ楽だろう。
爽やかな青年で女性人気も高いそうだが、浮いた話一つ聞かない。誠実でミルティアのことを一途という、なかなかショコライルにとっては厄介な相手であった。
かたやショコライルは、王太子であり次期国王。世継ぎを作らなくてはいけない重圧、身分差で王家に嫁ぐ覚悟、様々な負担をミルティアに負わすことになる存在。誰が見てもミルティアの幸せを考えるならレイドの方がいいのかもしれない。
頭では分かっていても、手放すことは絶対できない。どんな困難もショコライルが守り包み込み、ミルティアがただ幸せに笑ってくれる場所となりたい。
楽しそうにレイドと笑うミルティアを見ると胸が締め付けられる。今すぐこの煩い令嬢達を押し退けてミルティアの元に向かいたい。自分に引き寄せてレイドの顔など見ないようにしてやりたい。
ショコライルが選んだドレスを、ショコライルが見る前に他の男が見たことが許せない。見るな……近づくな……独占欲は恐ろしいほど溢れて止まることはなかった。
声に出せないもどかしさを瞳に宿し、レイドを睨みつけるのが精一杯の対応だった。
ショコライルの瞳の動きに気が付いた令嬢は、視線の先を見ると唇を噛み締めて、強い嫌悪感を纏わせ睨みつけるのであった……。
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ミルティアの周りはすっかり同窓会と化していた。父親達も同じ年頃の子供を持つ親として会話に花を咲かせている。ここに来るまで怖かったお茶会は、ミルティアの考えていたものよりずっと楽しいものになるはず……であった。……あの女が来るまでは……。
「随分楽しそうですわね。ミルティア男爵令嬢様。」
聞き慣れない声にミルティアは戸惑いつつも、声のする方を振り返った。
「わたくしに何か?……」
振り返った先の人物を見てミルティアは身構えた。何故自分に声が掛けられたのかわからない。接点など全くない人物は、微笑みをたたえているのに目が全く笑っていない。怒りをぶつけるような瞳に、棘がある声。何が起きているのかは分からなかったが、この態度には見覚えがある。思い出したくもない忌まわしい記憶。あの学園で受けた嫌がらせをした令嬢達と似たような態度に、ミルティアは足がすくむ感覚に囚われていた。
「ご挨拶がまだでしたわね。わたくしはメランカ・サマド。あなたの噂はかねがね伺っておりますわ。」
「左様でございますか……。」
「ええ……。」
メランカはそう言いながらミルティアに近づいてくると、耳元で「本当に男性に媚を売るのがお上手で。」と囁いてきた。
そのようなことなどしていないと強く言い返したいのに、言葉が出てこない。それよりも学園での忌まわしいあの当時と同じで、身体から血の気が引き、震えてくる感覚に襲われる。
ミルティアの異常に気が付いたのは、ローエを始めとする同級生達である。彼らはメランカが近づいてきた時から警戒していた。聞き耳を立てたおかげで、ミルティアに囁いた言葉が聞こえたことで、彼らの怒りは頂点に達した。
「何の言い掛かりですか?メランカ様!」
ローエがすかさずミルティアの前に立つと、盾のように立ち塞がってくれる。それにつられるように、ローエの隣にはイリック、ミルティアの横にはレイド達が取り囲んでくれていた。
もちろんエディルダとアニスもこの状況を注視し、動きどころを探っているし、騒動に気が付いたバーナードは血相を変えてミルティアの側まで来て、メランカを睨みつけていた。
「あら、言い掛かりとは失礼ですわ。ただご挨拶致しましただけですのに。」
「あれのどこがご挨拶ですか?」
メランカの連れてきた友人達がその言葉にクスクスと嘲笑っている。
「公爵令嬢であるメランカ様がご挨拶しているだけですのに」
「歯向かうなどなんと野蛮かしら……」
口々に言葉を続けるのは、バヒロ公爵令嬢とアマナ伯爵令嬢。2人の父親はとも財務副大臣と外務大臣補佐という役職であるが、ショコライル曰く現在の地位に不満があり、幼いショコライルを思い通りに動かそうと画策していた人物の名前に含まれていた。
その娘達はどうやらメランカと仲が良いらしい。彼女らとも面識はないのだが、ミルティアを見下すような対応をするということは、メランカに何かしら同調しているということである。
ミルティアは自分1人が言われるだけなら、言い掛かりのためやり過ごそうと思っていた。だがそれがミルティアを守ってくれたローエら友人まで罵倒してくるとなると話は変わってくる。なるべく穏便に済ますようミルティアはローエらの前に出ると、微笑みながら身体の震えや動揺が決して気付かれないよう優雅な淑女の礼を行った。
「ご挨拶が遅れました。ミルティア・リリアージュでございます。」
「……さすが、才色兼備のミルティア様ですわ。」
ミルティアの優雅さにメランカが少しだけ動揺しているように見えた。だがすぐに先程のような態度に戻ると、また口撃を始めた。
「一度ご挨拶をしたいと思っていたのですよ。あなたに是非教えて欲しいことがございますの。」
「何をでしょうか?わたくしがメランカ様にお伝えすることなどないと思いますが……。」
「いいえ……是非教えて欲しいのです。どのように取り入って城務めなど得られたのですか?」
「取り入る?!さすがに口が過ぎると思いますわ!」
ミルティアによって鎮められていたローエに再び怒りの感情が湧き起こる。今にも掴みかかりそうな勢いでミルティアの前に飛び出そうとしているローエを手で静止し、首を横に振って落ち着くように無言で合図する。
王太子主催の茶会で騒動など前代未聞であるし、相手は公爵令嬢。いくら侯爵令嬢であるローエでも分が悪かった。大切な友人の人生など壊して欲しくない……。ミルティアは自分が矢面に立つことで事を荒立てないことが最良と判断し、言い訳はせずただ黙ってメランカを見ていた。
ミルティアの態度で益々勢いが増したメランカの口は止まらない。
「だっておかしいでしょう?男爵家の令嬢が、アレン様の事務補佐だなんて。それも在学中ですのよ。普通は有り得ませんわ。あれかしら?お父上のリリアージュ男爵が国王陛下と懇意にされているので、可愛い娘のために一肌脱いだのかしら?」
バーナードに目をやり、周りの友人とまた嘲笑う。何が目的でこの人達はミルティアをここまで口撃してくるのか分からない。ただ友人ばかりか父親まで愚弄されたのは、我慢の限界だった。
ミルティアが覚悟を持ったように、メランカ達に真っ直ぐ向き合うのと同じタイミングで
「いい加減にしたらどうですか!」
という声が割って入ってきた……。
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