第5章 サボり魔王子のお茶会①
お茶会の招待状をもらってから、ミルティアは時間を見つけてはあることに励んでいた。最初は苦手意識があったが、やり進めていくうちに意外に楽しくなり、今ではミルティアの心落ち着く時間となっているのであった。
アニスが心配するほど時間を忘れて没頭していたが、ようやく終わりが見えてきた。
「終わったー。」
日も少し傾き始めた頃、ようやくミルティアは自分に課した課題を終わらすことができた。ずっと下を向いていたため流石に疲れたミルティアは手を上に伸ばし、凝り固まった身体をほぐしていく。
「お疲れ様です。間に合いましたね。」
アニスはすぐにミルティアの大好きなお茶を淹れ労った。
「ギリギリになってしまったけどなんとかね。でも大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ。それに、あまり得意ではないと伺っておりましたが……とても素敵だと思います。」
「もし変な事を言われたら私が制裁しますので!」という言葉まで付け加えてくれ励ましてくれる。
「ほどほどにね」とミルティアは笑いながらこたえ、用意した袋にしまった。
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「ミルティア、遅れてすまない。」
「いいえ……お疲れ様です、ショコライル様。」
夜が更ける頃ショコライルとアレンは戻ってきた。今日は珍しく1日ミルティアから離れていたのは、明日に控えたお茶会の最終確認を行っていたから。
普段仕事ではあまり疲れた表情を浮かべないショコライルが、珍しく疲れた表情を見せている。
ミルティアは静かに立ち上がり席を離れると、しばらくして戻ってきた。
「お疲れ様です。よろしかったら……。」
ミルティアが差し出したのは温かい飲み物であった。普段ショコライルが淹れるため、ミルティアは自分で飲み物をあまり用意しない。そんなミルティアがわざわざショコライルのために用意してくれたため、驚きのあまり無言で受け取ってしまった。
「あっ……ありがとう。」
思い出したかのように呟きながら、カップの中身を確認する。お茶とは違い透き通った飲み物。ショコライルは味わうようにゆっくり口に含んだ。
「美味しい……。」
疲れた身体に染み渡る酸味と後から来る甘さ。疲れたショコライルにとってまさに心も身体も休まる味であった。
「よかったです。よく疲れた時に作っていたんですが、お口に合いましたようで嬉しいです。」
「最高だよ。こんな美味しいレモネードは初めてだよ。」
「ご冗談を……。普通の味付けですよ。」
「いや、ミルティアが俺のことを考えて作ってくれたからだよ。ありがとう。」
「俺のことを考えて」と言われるのはなんだか恥ずかしいが、間違いではない。ミルティアは少しだけ頬を染めると伏し目がちに横に座った。
「その……お疲れのように見えたので……。お役に立てて嬉しいです。」
「ありがとう……。お茶会の主催なんて初めてだからね……流石に疲れた。だから……」
ショコライルはそのままミルティアに顔を近づけると、
「ミルティのおかげで元気になった。」
と耳元でわざと少しだけ低い声で囁いた。耳の奥まで響く低い男らしい声に、ミルティアは耳を真っ赤にさせながら静かに何度も頷くのであった。
ショコライルはその動きを何時間でも見ていられると思いつつ、明日の事を伝えてくれた。
「明日はアニスとエディルダは、護衛としてなるべくミルティアの側にいる。リリアージュ男爵はミルティアのエスコート役としてずっと側にいるし、ルースも次期公爵として出席しつつ君を見てくれるよ。アレンは俺の側から離れられないが、俺もアレンも監視はしているからね。それでももし何か異変を感じたら、ここを握ってくれないか?」
ショコライルが指し示したのは、普段ミルティアが常に身につけているネックレスの石であった。ショコライルの瞳と同じ深い青色で、光の加減によって淡い青色にもなる石。何故それを握るのか理解できないというように、ミルティアは首を傾げた。
「実はこの石を握ると、君の位置が俺に伝わるようになっているんだ……。」
言われた内容がさらに理解できず、口をあんぐりと情けなく開けてしまう。そういえばショコライルが側にいない時間、不安になった時によくネックレスの石を触っていた。その度にショコライルに、無意識に自分の存在を伝えているようで、なんだか恥ずかしくなってきた。
だがどうやらショコライルは別の捉え方をしたらしい。酷く狼狽えているかのような態度を取り出した。
「ごめん……ミルティアの気持ちも確認せずそんな物を渡して……やっぱり嫌だよね?」
ショコライルはミルティアが探知魔法を施したプレゼントを嫌がっていると思っていた。想いが通じ合える前にただの独占欲で渡した物だ。嫌がられるのは当然とさえ考えていた。
「嫌ではありません。無意識に握ることがあったので、その度にショコライル様に伝わっているのがなんだか恥ずかしくなっただけです。」
「嫌じゃない?」
「嫌なわけありません。むしろ……ずっと守っていただいているみたいで嬉しいです。」
「ありがとうございます。」と嬉しそうにネックレスを握りしめてくれるため、ショコライルはあまりの可愛らしさに手を目に当てて天を仰いでいた。
そんなことなど気づかないミルティアは一度席を立つと、引き出しにしまっておいた夕方用意した袋を取り出して再び戻ってきた。ソファに腰をかけると一度深呼吸をしてショコライルの方を向くように座り直した。
「ショコライル様……あのこれを……よろしかったら……。」
呼ばれてようやく冷静になったショコライルは、ミルティアの方に顔を向けると、ミルティアがショコライルに小さな袋を差し出していた。
「……俺に?」
自分の方に差し出されている物なのに念のため確認してしまったが、ミルティアは黙って頷いてくれたためそのまま受け取った。持ってもとても軽いその袋は、食べ物が入っているようには感じなかった。
「開けてもいい?」
ミルティアに確認してから取り出すと、中には真っ白いハンカチが入っていた。ミルティアから手作りのお菓子は貰ったことがあったが、形に残るプレゼントは初めてで、嬉しさでつい顔がニヤけてしまう。折り畳まれた真っ白いハンカチを広げてみると、1箇所刺繍が施されていることに気がついた。剣と不思議な花の刺繍が施されていたが、とても美しく繊細な刺繍は、男のショコライルですら引き込まれてしまうほどであった。
「ありがとう……大切にするよ。それにしても美しい刺繍だね。こんなに繊細な物はなかなか見ないよ。どこで買ったの?」
このような腕前のお針子が王都にいるなど知らなかった。今後ご贔屓にしたいぐらい、ショコライルはその刺繍に魅せられていた。
「その…………、買ってはいません。わたくしが刺繍しました……。」
「ミルティアが……えっ?ええっ!!ミルティアがやったの?」
「お恥ずかしながら……。」
「恥ずかしいことなんてないよ。こんなに美しい刺繍は初めてかもしれない。まさかミルティアが……ミルティアが刺繍が得意なんて知らなかったよ。確か苦手な方だったよね?」
「よくご存知ですね?」
「あっ……まあたまたま……ね。」
知られるわけにはいかない。ミルティアと敢えて距離を取っていた時は、ハミルダや別の諜報員にミルティアの情報を逐一報告させていたことなど。
王立学園の刺繍の授業であまり上手くできず、落ち込んでいたという報告を受けていたため、こんなに上達していたのかと驚いていた。
「刺繍は苦手でした。ですが不思議なのですが、刺繍を刺している夢を見た後に試しにやってみたら上手くできたのです。」
「夢ってもしかして例の?」
「はい。夢の中の私は刺繍をとても素敵に刺していました。それを見たらやってみたいと思ってしまったんです。できるか不安でしたが、やり出したら楽しくて……気付いたらこうなっていました。」
「そうなんだね……。ミルティアこの花はもしかして夢で見たの?」
「はい。夢の中の私が刺していました。見たことがない花なのですが、素敵でしたので忘れないように刺繍を入れてみました。お気に召さなかったでしょうか?」
「まさか!こんなに素敵な絵柄に刺繍……全てが最高のプレゼントだよ。宝物にする。明日も身につけるね。」
「喜んでいただけて嬉しいです。」
安心したように微笑むミルティアの側で、ショコライルはもう一度刺繍に目を通した。繊細な刺繍はとても美しく、ハンカチがキャンバスでまるで1枚の絵画のようであった。夢を見た後で上達した腕前は偶然なのか夢のおかげなのか今の段階では分からない。
それにこの不思議な花……。リンレッド王国には存在しない花であるが、ショコライルはどこかで見た気がしてならない。思い出せないもどかしさを感じながらも、明日の憂鬱だったお茶会がこのハンカチを携えられるというだけで、少しだけ楽しみに感じる自分がいることも知った。
ショコライルのことを思って必死に刺繍してくれたハンカチ……。ショコライルはいつまでも見ていたい気持ちをグッと我慢して、ハンカチを胸ポケットにしまうと、隣に座って幸せそうに微笑んでいるミルティアを、静かに抱きしめるのであった。
お読みいただきありがとうございます
第5章始まりました
第5章は話の都合上他の章より話が長いですが
少しずつ物語が動いていきます
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します




