第4章 サボり魔王子と秘密の魔法陣③
考えたいことは山程あったが、久しぶりに頭を使ったせいか酷く疲れたミルティアは、いつもより早い時間に眠りについた。
その晩ミルティアは久しぶりにあの夢を見た。鏡に映る自分と容姿の異なる女性。だがその女性を通して夢をみているため、やはりこの女性が夢の中のミルティアで間違いなかった。
今回は勉強しているのではなく引越しなのか荷造りをしていた。何故か言葉や会話が聞こえず映像だけ見える夢。幼い時に見た夢は会話などは聞こえていた気がするし、今も口は動いているのを見ると、声がミルティアに聞こえていないだけのように感じる。
そして不思議なことはもう一つ。普通の引越しにはとても見えなかった。鏡に映る夢の中のミルティアは、焦りと悲しみの表情を浮かべながら、最低限の荷物をまとめているようであった。
声が聞こえない分どこに行くのか気になったが、そこでミルティアは夢から醒めてしまった。
「おはようございます、ミルティア様。まだ早い時間ですので、もう少し寝られますか?」
横になった状態で窓の外を見ると、日が登り始めたのか薄らと明るくなってきていた。夢のせいなのか目覚めてしまったミルティアは体を起こした。
「大丈夫。目が冴えてしまったから起きるわ。アニスおはよう。」
「お疲れではないですか?」
「そんなことはないわよ。沢山寝たからすっきりしてるわ。」
「無理なさらないでくださいね。少しだけ浮かない顔をされているようでしたので……。」
「心配かけてごめんなさい。変な夢を見たせいかしら?体調は悪くないからね。」
不安そうな顔をするアニスを安心させるように、ミルティアは努めて明るく振る舞った。アニスはミルティアが襲撃されてから、一段とミルティアのことを気にかけてくれるようになった。気になる事があると不安そうな表情を浮かべるアニスに、これ以上心配をかけたくはなかったミルティアは、本当に体調が優れない時はきちんと隠さず伝えたり、逆に元気な時は大丈夫と伝えるように心がけていた。
「夢ですか……。気持ちがすっきりしない時はまずは落ち着くことですね。」
アニスはミルティアにカップを差し出した。寝台の上であったため断ろうと思ったが、首を横に振って飲むように勧めるアニスに根負けしたため、有り難くカップを受け取った。
カップを見てすぐにミルティアは驚いたようにアニスを見上げた。
「すみません。ただのお湯です。白湯と言われているのでさが、ゆっくり飲む事で身体が温まりリラックスできるのですよ。」
「そうだったのね。もしかしてこれはアニスの?」
見慣れない少し小さめのカップ。いつもミルティアが使用している食器とは違い、華やかさはない分使い込まれたカップは私物のような気がした。
「申し訳ございません。私のです。お嫌でしたらいつものカップに注ぎますよ。」
「違うの。あなたのを取ってしまっていいのかしらと思って。だってアニスが飲むために用意していたんでしょう?」
「私のことはおきになさらず。後でまた用意しますので。」
「でしたら、わたくしのカップをあなたが使って。お友達なんだから、物の貸し借りしても問題ないわよね。」
楽しそうに話すミルティアに、アニスは自然と笑みが溢れてしまう。初めて会った時から、ショコライルの寵愛を受ける今でも、ミルティアのアニスに対する接し方は何も変わっていない。
アニスは元はショコライルの護衛騎士だ。そんなアニスは1年ほど前急にショコライルより、侍女の勉強をするよう命令された。護衛騎士としての誇りがあったアニスは、護衛騎士から外されると思い内心その指示を不服と思いながらも、アレンからも頼まれたため渋々受け入れたのであった。
厳しい侍女教育はアレンの実家であるカルレッタ公爵邸で行われた。当主であるカルレッタ公爵は王都で宰相として仕事をする関係で王都のタウンハウスで生活していたため、カルレッタ公爵邸は実質アレンの兄であるルースが執り仕切っていた。ルースやアレンの気遣いのおかげで、1年間護衛騎士の合間を縫ってなんとか侍女教育を終えたアニスは、すぐにミルティアの侍女の役割を与えられのだった。
こんなに早く役立つ予定ではなかったと思うが、ショコライルがいつか迎えるミルティアのために、アニスを指名してくれた嫌々だった侍女教育ではあったが、今となっては有り難かった。
何よりミルティアの笑顔が見えるため、護衛騎士よりもやりがいを感じていた。
「ありがとうございます。」
アニスは優しくて大好きな可愛らしい主人に感謝を伝えると、ミルティアが普段使うカップにお湯を注いだ。
お湯が冷めるまでの時間、アニスはミルティアと楽しく会話をするのであった。
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ショコライルに見た夢のことは話したが、ショコライルは静かに話を聞くと、また夢を見たら教えてというだけだった。どこか落胆した表情が気にはなったが、今は成分分析が最優先のため再び仕事に取り掛かるのであった。
何日も同じことを繰り返し、当初の予定通り1週間で調査は終了した。1週間休まず検査を行っていた3人であったが、調査結果を纏めるなど仕事はまだ残っていた。ミルティアも部屋に閉じこもっているばかりは嫌だったため、仕事の手伝いを志願した。本当は1日ぐらいゆっくり休みたかったが、事がことのためなるべく早く調査結果を纏めたいため、休み返上で明日からもまた働くことになった。
初日は3人で結果を確認するところから始めた。と言ってもミルティアはさっぱりわからないため、ショコライルとハミルダの意見をミルティアがとりあえずメモを取ることになった。
「ショコライル君、やはり原因はこれだね。」
「そうですよね……。でもどうして……。」
調査結果を見比べる2人の顔は酷く深刻な顔をしていた。ハミルダが指で示す成分は、初日にショコライルとハミルダが立ちすくんだ時に見つめていたあの成分であった。
「あの……、これはどういった成分なのですか?」
資料を纏める以上知らなくてはいけないと思い、ミルティアは尋ねた。
「これは……瘴気を示している……。」
言いにくそうに顔を歪めながらショコライルが教えてくれた。
「瘴気……。それはあのアマル森の?」
「さすがだねミルティア。我が国最大の負の遺産を知っているんだね。」
アマル森はリンレッド王国の王都から少し外れにある、深い森だと言われている。なぜそう言われているのか……それはアマル森には誰も入らないよう強固な結界が張られており、地図にも載らないその森は、国民のほとんどが場所すら知らない幻の森として言い伝えられているのだ。
アマル森にはリンレッド王国創立時より瘴気が充満しており、とても人が住めないその森に誰も足を踏み入れないよう、結界が張られている。嘘が本当か、昔存在した魔獣が未だあの森では生きているとさえ言われている、謎に包まれた森なのだ。
「この成分は間違いなく瘴気だ。だがアマル森からは離れたチースイ領でなぜこの成分が検出されたのか……。」
「それに、作物の不作に陥っている村や町の土にも同様の成分が検出されているんだ。」
ハミルダはそう言いながら、赤いペンでミルティアが書いた瘴気の値だけを丸で囲んでいった。
ハミルダが言ったように作物の不作が起きている場所の土全てで成分は検出されていた。反対に作物の不作に陥っていない場所では、検出されていなかった。
「検出された値は微量で今すぐ人々の生活に害をなすわけではないが、何故このような値が出たのか説明がつかない。」
次から次へと話を進めるショコライルとハミルダであるが、ミルティアは話についていけずにいた。
「あっあの!申し訳ありません。少しだけわたくしに説明お願いできませんか?」
「ごめんね、急に話出して……。何を知りたい?」
「何故瘴気と分かるのです?アマル森はどこにあるかも分からない森ですよね?」
「確かにそうだね……。でもミルティア、私はこの国では何だったかな?」
「…………王太子殿下です。」
「そう、そして師匠は王国一の魔導士だ。アマル森の存在は王家のみ知っていて決して幻の森ではない。結界を張っていて存在を隠しているが、結界は一年毎に張り替えている。それを王族と王国一の魔導士が昔から行っているんだ。その際に毎年瘴気を採取し、瘴気が薄まっていないかなど調べているんだ。だから瘴気の成分を私たちは知っているんだよ。」
「わかったかな?」と優しく尋ねてくれるショコライルに頷く。アマル森の存在や王族の役割をまた一つ知ってしまった。何も知らずにのうのうと生きてきたのが申し訳ないと思うほど、この国は王族とそれを補佐する魔導士によって支えられていた。
「さて、これをどうするかね……。瘴気ではさすがに私でも太刀打ちできないね……。」
ハミルダが小さく呟く言葉に全員何も言えず、ただ沈黙の時間が流れた。今は微量であるが、これが何年も続くとどうなるかなど誰にもわからない。まして建国してから何百年と対処できていない瘴気を数年でどうにかするなど、はたしてできるのか……問題が山積みすぎて言葉を失うしかなかった……。
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