第3章 サボり魔王子の忙しい1日⑦
夕方の王族専用の庭園。軽食とスイーツが用意され、初夏の心地よい風と日の入りが長くなったためまだ明るい空。お茶をするには絶好の時間と場所であるというのに、椅子に座って待っているショコライルとミルティアは、その場所に似つかわしくない暗い表情をたたえていた。
ミルティアは王族専用の庭には初めて入ったのに、今はその景色の美しさを見る余裕すらなかった。
どれだけ待ったのだろう。時間にしてはそんなに長い時間ではないはずなのだが、気持ちが重い分待つ時間さえとても長く感じていた。ようやく現れたエクラとバーナードに、2人の緊張と不安は限界を迎えそうであった。
微笑んでいるエクラと対照的に、戦闘態勢を全面に押し出しているバーナード。対比する2人の姿に、ショコライルはすぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
ミルティアもまた、娘を溺愛する父親をなんとか説得できるよう、お守りのために着たショコライルの瞳の色のドレスを無意識に握っていた。
「待たせたな。」
エクラが話したことで、この奇妙なお茶会は始まった。給仕と護衛はアニスとアレンで行い、他は完全に人払いされていた。
「いえ……。わざわざありがとうございます。」
「そう固くなるな。お前達のことは私は何も言わないよ。」
エクラは微笑みながらも視線はバーナードに移した。「私は」と言う事は当然反対の意見があるということである。もちろんそれが誰であるかはこの場にいる全員がわかっていた。
「リリアージュ男爵、ご報告が遅れましたが……ミルティア嬢とお付き合いさせていただいております。どうかお付き合いを認めてください。」
ショコライルは立ち上がると、とてもハッキリとした声でバーナードに伝え頭を下げてくれた。先程まで恐れていたのが嘘なのではないかと思えるほど、堂々とした姿にミルティアは見惚れていた。
「殿下……いや、ショコライル君の気持ちはもう何年も知っているし、ミルティアに縁談が来ないよう協力もした。だからミルティアが君に気持ちがあるなら認める……。だがな……」
ホッとしたのも束の間、最後の言葉だけ少しだけ声色が変わったことに気づいた2人は思わず身構えた。
「だが……君はこれで終わりにしないよね?このままの状態ならミルティアが傷付く。それはわかっているのか?」
「もちろんです。その為に動いているのも事実です。」
「何年待てばいいのだ?君がミルティアの婚約を妨害してから何年になる?後何年ミルティアを待たすのだ?」
ミルティアへの婚約話を受けないようバーナードにお願いしたのは、ショコライルがサボり魔となるだいぶ前……出会ってすぐだとするともう10年以上になる。その間バーナードは何も言って来なかったが、娘の幸せを願う父親からショコライルの対応にヤキモキしているはずだ。ようやく想いが通じ合っても、未だ婚約すらしていないことに、バーナードは焦りとミルティアを蔑ろにしているのではないかという怒りが込められているようであった。
「申し訳ございません。ですが後少しだと考えています。決して彼女を蔑ろにしたり傷付けることはしません。」
ショコライルに非が前面にある。だからこそ言い訳はしない。だがミルティアに対する気持ちは嘘ではないことだけは伝えたかった。
「その言葉を信じる。だが破ったら覚悟してもらう。」
「当然です。全てを捧げます。」
ショコライルとバーナードが男の約束をしているのを、ミルティアはただ黙って聞いていた。だがとても冷静には聞けない……。だって話の内容があまりにも将来の話をしていたからだ。ショコライルとの未来を考えないことはない。だがどうしても現実を見て諦めている自分がいる。それなのにショコライルの未来を見据えた話は、ミルティアに希望をもたらしてくれる。ショコライルなら必ず叶えてくれる……不思議とそう思っていた。
「ところで、あの約束忘れてないよね?」
「約束?」
「順番だよ!間違えてないよね??」
以前言われた順番だけは間違えるなという言葉。たぶん間違えてはないはずである。だがショコライルの考えとバーナードの考えに乖離があれば、それはバーナードとの約束を破ったことになってしまう。
「だっ……大丈夫です。」
ショコライルのそんな気持ちが出てしまったのか、不自然に噛んでしまった。それをバーナードは見逃さなかった。
「ショコライル君、まさか君……順番間違えたの?ミルティアに手を出したの??」
先程まで冷静だったバーナードが、頭に血が上ったようにみるみる顔が恐ろしいことになっている。何を勘違いしているのか分からないが、言葉を間違えれば全てが終わる事は十分理解できている。横に座るエクラはただ笑っているだけで、本人達でなんとかしろと態度で示すだけである。
「あの……何か誤解を。その……手は出していません……よ。」
はっきりと言えなかったのは、抱きしめることと、唇以外には口付けをしているため。嘘を吐けばいいものをと、内心アレンとアニスは思っていたが、正直物のショコライルは嘘をつくことも誤魔化すこともできなかった。だがやはり言葉が辿々しいがために、バーナードに油を注いでしまったらしい。
「ほう……君はミルティアに何をしたかね??ショコライル君覚悟はできているかな?」
青筋が見えそうな剣幕で凄んでくるバーナード。ミルティアも初めて見る父親の顔であった。なんとかしてバーナードを鎮めるため声を出そうとしたその時、
「あなた?何をされているの?」
というこの場には相応しくない、少しだけ楽しそうな聞き慣れた声が聞こえてきた。
人払いされたこの場所に侵入者とショコライルは一瞬身構えたが、すぐにその体制は崩した。目の前には満面の笑みを浮かべたララとアリーシュが近づいてきていた。
アレンとアニスは驚くこともなく静かに一礼しているのを見ると、どうやら2人には彼女らが来ることは事前に知らされていたらしい。
先程まで怒り狂っていたバーナードも、予想外の人物の乱入に勢いを弱めていた。エクラもまた知らなかったらしく目を見開いている。
バーナードを鎮め、笑顔で微笑む姿は女神かとショコライルは内心思う程、この場を鎮めてくれたことに感謝していた。
「ララ……どうしたんだい?」
先程までの威勢が嘘のように消えたバーナードは誰が見ても分かるほど、小さくなっていた。
「つれないですわ、バーナード様。ショコライル殿下の挨拶の場があることを内緒にされて、お一人で参加されるなんて……。アリーシュ様に窺うまで知りませんでしたわ。わたくしはミルティアの母ですのに寂しいですわ。」
儚げな態度をとっているが、目は全く笑っていない。バーナードもそれに気付いているのかさらに小さくなり、気配を消しているのではないかというほど、存在感が薄れていた。
「すまない、ララ……。だが君を蔑ろにはしていないよ。ただショコライル殿下にミルティアのことをどう思っているのか聞きたくてね。」
「そうでしたの?あなたは2人の幸せを喜んでいるのですよね?」
「もっ……もちろんだよ。」
「おかしいですわ。わたくしは先程あなたの怒りに近い声を聞いた気がしたのですが。まるで恋人になった2人に触れ合いは禁止と言っているようでしたけど?」
笑顔なのに尋問に近いやり取り。バーナードは虫の息のように息を潜めているし、アレンは小さく「恐ろしい」と呟いている。隣にいたアニスだけに聞こえたその声を、アニスは笑いを堪えながら「あなたもああですけど?」と的確に指摘するやり取りをしていた。
「だっ……だってほら。順番と言うものが大切だろう?婚約もしていないんだから。」
バーナードが切り札のように伝えた言葉を、ララは待っていましたとばかりに食いついた。
「あら?おかしいですわね。婚約もまだ整ってないのに婚約できるとわかった途端、大喜びで口付けしてきたのはどなただったかしら?それは順番を間違えてないと言えますの?バーナード様?」
畳み掛ける言葉、鋭すぎる指摘にバーナードは観念するしかなかった。
ミルティアはララのお陰でバーナードの暴走を止められたことに感謝したいのだが、それよりもまさかこのタイミングで自分の親の恋愛話を聞かされると思っておらず、ミルティアの考え全てを持っていかれた気がしてきた。
「落ち着いたかな?」
「何を呑気な事を言っているのですか?あなたが止めなくてはいけなくてよ?」
「すまん、アリー。」
「それよりもわたくしは怒っているのですよ?」
「誰に?」
「あなたに!」
新たに始まった夫婦喧嘩。今回は国王夫婦ということで規模が違いすぎた。
「何かしたか?」
「ええ!あなた、お茶会など何故開催するのですか?ミルティアちゃんがあまりにも可哀想ですわ!」
「いや、あれは側近を黙らせる為には必要で……。」
「ミルティアちゃんが嫌な気持ちになるのに必要なことなの?」
「すまん……だが今の立場だと難しくて……。」
「ミルティアちゃんごめんなさいね。うちの男達が本当に駄目ね。」
「いえ……、むしろご迷惑をおかけしているのはこちらの方ですので。」
「ミルティアちゃんが謝ることなんてないのよ!ショコライル!あなたがしっかりしないから!」
「母上のおっしゃる通りです。彼女をこれ以上傷つけないよう気をつけます。」
「あの……本当にもう結構ですので……。」
「駄目よ。そうだ!このお詫びに今度のお茶会、是非ショコライルにドレスを用意させて?」
「いえ……流石にそれは……。それにドレスは以前にもいただきましたので……。」
「まあ、そうなの?……もしかしてこのドレスも?」
「はい……。」
「ショコライルよくやったわ!ミルティアちゃんによく似合っているわ。あなたの瞳の色を選ぶなんて流石ね。」
「瞳の色だと!!」
「バーナード様!これ以上口を慎まないなら、わたくしは実家に帰らせていただきますわ。」
「ララ……すまない。もうしません。」
矢継ぎ早に話すアリーシュ、度々会話に入ってこようとするバーナード、それを咎めるララ、静観するエクラ、動じないショコライル……なかなか賑やかな状況になってきており、ミルティアの頭の情報処理能力は限界を迎えていた。アリーシュはミルティアが遠慮することを許してくれそうにないため、ただ時が過ぎるのを静かに待つことしかできなかった。
遠くの方で
「ショコライル、とびっきりのドレスを作りなさい。」
「もちろんです!」
そんな会話がなされている気がしたので、ミルティアはショコライルにできるだけ目立たず高価じゃない物をというリクエストを、アリーシュがいない後日にこっそりと伝えることにした。
それぞれの父親は、頼りになる妻達にまるで首根っこを掴まれているのかと錯覚してしまうほど静かになっていた。
「2人とももう遠慮しないでね。」
という何が?と言いたくなるような伝言をアリーシュとララは残して楽しそうに帰っていった。
ようやく騒がしかった庭園に静寂が訪れる。アリーシュの圧にやられたミルティアは未だに呆然としているのが、なんだかおかしくなってしまう。緊張の糸が切れたことで、ショコライルはミルティアの顔を見つめながら笑ってしまっていた。
こうしてショコライルの慌ただしく忙しい1日はようやく終わりを迎えたのであった……。
お読みいただきありがとうございます
これで第3章は終わりです。
第3章はタイトル通り長くなりましたがようやく終わりました。
明日からは第4章に入ります
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します




