第3章 サボり魔王子の忙しい1日⑥
ハミルダの追跡魔法を今回も躱そうとしている以上、ハミルダが協力していることは気付かれている。国内随一の魔導士のためよほど大丈夫だと思われるが念のため、ハミルダの身の危険も考えて王城で魔法の研究という名目で、しばらくミルティアと同じ客人として客室を用意されることになった。
ハミルダは引越しの準備や学園での手続きがあるということで、一度帰宅していった。アレンは部屋を整えるためにショコライルと別行動である。
ショコライルは次の恐ろしいバーナードとの決戦の時間までの空き時間で、母親であるアリーシュの元に向かった。エクラから王族専用の庭でお茶をしていると先程聞いたため、そちらに向かうことにした。
王城にはいくつか庭園があるが、王族専用の庭だけは、王族と王族から許可をもらった人間しか入れない特別な庭である。常に人目を気にして生きる王族にとって、誰の目にも触れないこの庭園は安らげる場所の一つであり、アリーシュのお気に入りの場所であった。
アリーシュはよくガゼボでお茶をしているのでそちらに向かうと、どうやら先客がいた。しかも見慣れた顔に思わず深いため息を吐いてしまった。
「何故ここに……。」
「あら?いけないかしら?」
聞こえないはずの小声で呟いたはずなのに、その人物には聞こえてしまっていた。
「いけないなど決して……。ただ驚いただけです。」
「それはよかったわ。お久しぶりですね、ショコライル殿下。」
「お久しぶりです。リリアージュ男爵夫人。」
まさかこれからバーナードというショコライルにとっては大きすぎる相手と対峙する前に、その奥方に会うとは思わなかった。なんたる試練と心の中で震えつつ、表情に出さないように振る舞うと、ララもアリーシュもとても嬉しそうに微笑んでいる。
ショコライルは全てを理解した。アリーシュがわざわざララをこの時間にお茶会へ呼んだことを。目的は分からなかったが、会ってしまえば逃げる事はできない。バーナードとの予行練習だと思うことにした。
「ご報告が遅れてしまい申し訳ありません。私は今ミルティア嬢とお付き合いさせていただいております。婚約はまだですが……いずれ必ずと私は思っております。」
恥ずかしいのを誤魔化すように少し早口で頭を下げながら伝えた。この姿勢は恥ずかしさは誤魔化せるが2人の顔が見えず、どのような反応をしているか分からなかった。恐る恐る顔を上げるのと同じタイミングで、嬉しそうな声が聞こえてきた。
「やったわ!ついにですわよ!ララちゃん。」
「わたくしたちの夢が叶いましたわ!」
2人は少女のように嬉しそうに、お互いの両手を合わせてハイタッチしていた。お互いの母親のこれほどまでの喜びなど初めてみた。こんなにはしゃぐ人だったのかと驚く程に。普段は淑やかな振る舞いをしているが、気心知れた仲なのか本来の姿が出ている気がした。
「あの?夢とは?」
圧倒されてはいたが、夢が何かわからないため聞くことにした。とりあえず2人の態度からバーナードのような敵意は感じず、むしろ歓迎されているようであった。
「あなた達は知らないでしょうがね、私達の子供が同い年だと分かった時から、子供達が結ばれたら幸せねと話していたのよ。」
「ええ。そしたら私達は家族になれますものね。」
嬉しそうに話す内容はまさに寝耳に水である。母親達の思惑通りになってしまったことが癪ではあるが、だが親達が仲良かったからこそ出会えた奇跡なのだ。幼少期より彼女の人となりを側で感じたからこそ、かけがえのない人となった……そう思うと両親達には感謝しかない。
「それにしてもショコライル殿下。また主人がご迷惑をおかけしていないかしら?」
主人とは紛れもないバーナードのことである。迷惑をかけるというか、まさにこれからなのでまだ迷惑はかけられていない。
「ララちゃんは聞いてないの?これからバーナード君が会いに来るそうよ?」
「あらそうなの?あの人わたくしに内緒で……。そうなのね、また邪魔をする気かしら?」
ララが少しだけ怖い顔をした気がした。そう言えば以前リリアージュ邸で食事した時も、ララはバーナードに釘を刺してくれた時があった。もしかしたら、ショコライルにとってとても強い味方なのかもしれない。
「ショコライル殿下。それは何時からかしら?」
目が全く笑っていない笑顔で見つめられたら、吐くしか道は残されていなかった。素直に伝えるショコライルを2人の母親は優しい目で見つめ、我が子を守る強い決意を瞳に宿していた。
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「ショコライル様、大丈夫ですか?」
部屋に戻ってきたショコライルは約束の時間が近づくにつれ、徐々に顔色は悪くなっていくのを目の当たりにしたミルティアは心配で仕方なかった。
「だっ……大丈夫、ミルティア。心配かけてごめんね。」
不安そうに覗き込むミルティアを不安にさせないよう笑ってみるが、どうやら笑顔が引き攣っていたらしく逆にミルティアをさらに心配させてしまった。
「何かわたくしにできることはありますか?」
何か役に立ちたいとキラキラと眩しい瞳で見つめてくる。ショコライルはその言葉だけでも充分嬉しかったが、やはりこれからのことを考えるともう少し勇気が持てるお守りが欲しくなってきた。
「じゃあ、お守りとして口付けが欲しいな。」
誰にも聞こえないように耳元で囁き、頬をトンっと指で示すと途端にミルティアの顔は真っ赤になる。そのまま周囲をキョロキョロと確認する姿は、野うさぎの子供のように可愛らしい。
ミルティアの私室は常に警護のために護衛騎士が待機している。今はアニスもアレンも部屋に控えている。そんな状態でとてもできないとミルティアは真っ赤な顔のままブンブンと首を横に振った。
「ミルティ……だめ?」
もう一度耳元で優しく甘くショコライルが囁く。ショコライルは誰かいるところでは愛称では呼ばない。それは2人だけの特別な呼び方だからだ。だが今、その名をとても小さな声で囁くのは、ミルティアだけしか聞こえないようにだ。ミルティアはショコライルから愛称で呼ばれることが好きなため、そんなお願いの仕方は反則なのである。
もう一度ミルティアが部屋を見渡すと、全員察しがついたのかある者は見ないように、アニスやアレンは目を閉じて背いている。
まさかの対応に、ミルティアの答えはもう一つしか残っていなかった。
「皆様、もう少しだけそのままで!」
律儀に宣言すると、意を決したようにミルティアはショコライルの頬に触れるだけの口付けを落とした。
「これでよろしいですか?」
真っ赤になりながら恥ずかしそうに尋ねるミルティアなど、ショコライルにとっては拷問と同じである。理性を総動員しても抑えられない感情は
「だめ。」
そう言うと、今度はショコライルがミルティアの頬に口付けを落とし力強く抱きしめた。恥ずかしそうにミルティアはしているが、ミルティアを抱きしめると途端にショコライルの緊張は解れ温かい気持ちにしてくれる。
これからのことに備えるべく沢山ミルティアを供給するように、ショコライルはなるべく長い時間ミルティアを抱きしめるのであった。
『もう顔を上げていい?』
状況が理解できない部下達は、目を開けたり、目線を戻すタイミングをいつまでも見計らうことになるのであった……。
さすがに我慢の限界で、アレンがショコライルを説教するまで後2分……。
般若と化したアレンと、ケダモノを見るような目で睨みつけるアニスに、この後ショコライルはしっかり絞られるのであった。
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