第3章 サボり魔王子の忙しい1日③
ようやく王城に帰ってきた。移動は深夜だったため、静かに部屋まで移動し各自眠りにつくことになった。ミルティアの部屋にはすでに待機していた護衛が待ち構えていた。軽く挨拶をするとミルティアは寝る準備を始めたが、ショコライルはどうやら彼らと話をしているようであった。
ショコライルは今回の視察団に全ての部下を連れてきたわけではない。数名を城に残し、ミルティアの部屋の警護と、内通者の探索を指示していた。
それらの報告を聞いていたため、だいぶ遅くなっていた。気付くとアニスが寝室から出てきて、ミルティアが寝たから静かにするようにと注意してくる。
寝不足では明日からのミルティアの警護に不備が出てしまう。ショコライルは報告の続きを明日にすると、自分も眠りにつくのであった。
流石に深夜に移動したためか、皆起床が遅かった。ショコライルもいつもより遅い目覚めに慌てたが、まだミルティアは寝ているということだったので一安心した。
ミルティアが起きたら朝の挨拶は絶対したい。本当は目覚めてすぐしたいが、寝室には入れないためアニスに1番は譲っている。
少しだけ冴えない頭でそんな事を考えながら準備をし、部屋を出ると何故か警護の騎士達がものすごくいい姿勢で立っている。24時間警護のため、交代制とはいえ少しでも休めるよう別に姿勢を良くすることも、ずっと立つことも強要してない。座っても構わないと伝えてあるため、あまりにその姿勢が異様に見えた。
騎士達は皆同じ方向を向いているため、不思議に思ったショコライルはその目線の先を見て固まった。
彼らの目線の先には、ソファに座ってお茶を飲むエクラがいた。いくらショコライルが寝過ごしたとはいえ、まだ朝早い時間だ。そんな時間に会うこともなかなかないし、何より自らこの場所に何故来たのか分からず、ショコライルも騎士達と同様に固まっていた。
「おはようございます、ショコライル様。」
平然と朝の挨拶をし完璧に制服を着こなすアレンが、目覚めの一杯を用意しながら席に座るよう合図を出す。ショコライルは促されるようにエクラの目の前に座ると、エクラを黙って見つめた。怒っている素振りもない、ただ穏やかな顔で出されたお茶を美味しそうに飲んでいた。
「おはようございます、父上。遅くなり申し訳ありません。こんな場所にどうしたのですか?」
「いや、昨日帰ってきたと聞いてな。どうだったか話が聞きたくてな。」
「今日昼過ぎに伺う予定でしたよ?」
「……お前は鋭いな。ただ息子の顔が見たかっただけだよ。それだけだ。」
「父上……。」
父親らしい振る舞いにショコライルの方がなんだか照れてしまう。
「それに、アリーも寂しがっていたぞ。後で顔を出しなさい。」
「分かりました。では父上の後に会いに行くとお伝えください。」
アリーとは、エクラの妻であるアリーシュ・リンレッド王妃のことである。元はミムサ侯爵の令嬢で朗らかで常におっとりしているが、芯がしっかりしている女性である。エクラが王太子時代に開催したお茶会で一目惚れをしたらしく、当時の側近達が半ば強引に婚姻まで取り付けたそうであるが、非常に仲睦まじく、常にお互いを想い合う姿は国中の憧れの夫婦であった。ミムサ領は王都から少し離れており嫁ぐ際あまり友人はいなかった。そのため話し相手となってくれた、ミルティアの母であるララとは非常に仲が良く、いつか子供達が結婚できたらどれだけ嬉しいかと話していることなど、当人達は知る由もない。
ミルティアとのことを母親にもこの際報告するつもりで考えていたが、ショコライルはそこでふと気がついた。アリーシュに伝えたら間違いなくララに伝わるはずだ。とすれば……バーナードにも話は伝わるはずだ。思いの外早くバーナードに伝えなくてはいけない事実に気が付いたショコライルは、あからさまに小さくなっていた。ララが仲裁に入ってくれる期待はあるが、それでも1人の男としての覚悟を決めなくてはいけない状況になっていた。
早くミルティアに話して段取りをしよう、そんな考えはエクラの一声で無惨にも砕け散った。
「お前、バーナードのこと考えているんだろう?安心しなさい。可愛い息子のために私から彼には君たちの関係を伝えておいたよ。」
いいことしたでしょ?と言うような得意気の表示をするエクラであるが、覚悟もまだ出来ていないショコライルにとってはいいことでもなんでもない。乾いた声で笑うショコライルであったが、さらにトドメを指す一言が来たことで、ショコライルの今日1日は終わった気持ちになっていた。
「バーナードはな是非ショコライルに挨拶したいということで、今日の夕方登城してもらうことになった。」
まさかの決戦日は今日という事実に、ショコライルは暫し呆然としている。エクラはそんなことなど気にせず、息子の長年の想いが叶ったことが嬉しく、ショコライルが怯えるのは何となくあのバーナード相手なので理解はできるが、これは男としてけじめと覚悟を見せる時である。ショコライルにはその2つを持ち合わせていると判断しての行動であった。
バーナードだって娘の幸せまで奪う事はしないはずだ。流石に暴走したら止めるつもりであるが、いつかする結婚まで考えているのであれば、それだけ覚悟を持って対応しないと交際も遊びだと思われてしまう。ここはショコライルの男を見せる時なのである。
「そういえばミルティアはまだ寝ているかな?」
いつまで経っても動かないショコライルに、エクラはここに来た目的を全て達成するように、話題を変えることにした。
ミルティアの名前が呼ばれるとショコライルは先程までの行動が嘘なのかと思うほど、俊敏に部屋の中を確認し、アニスに目配せをした。アニスは慌ててミルティアが眠る寝室の扉を開けると、暫くして慌ただしい音が聞こえてきた。どうやら慌てて身支度をしているらしい。
ショコライルはこの場を繋ぐために、会話を繋げた。
「ミルティアが何か?」
「いや……直接話したくてね。それよりもう彼女には来月のことは伝えたのか?」
来月ということは、例のお茶会のことであろう。今から考えても憂鬱しか感じないお茶会に、これ以上何があるのかとショコライルは少しだけ身構えた。
「なら話は早い。」
そこまで言ってエクラはお茶に再度口をつけた。
「このお茶は初めて飲んだな。アレン、このお茶はどこのなんだ?」
銘柄を聞かれたアレンが珍しく動揺している。それだけでショコライルは全てを理解すると話を引き継いだ。
「父上……それは売っておりません。」
「どういうことだ?」
「それは彼女のためのお茶なのです。」
ベリーが優しく香るお茶。ミルティアのために特別に配合するショコライルお手製のお茶はもちろん非売品であるし、配合を教えるつもりもない。たとえそれが国王で父親であったとしても……。
ショコライルの態度や言葉から察したエクラは、もう一度お茶を口に含んだ。ベリー系のお茶はいくらか飲んだことがあるが、ここまで優しく香り心落ち着くお茶は初めてである。だが製造方法を知れば納得できた。大切なただ1人のためを想い、その子が喜んでくれるよう配合したお茶は、作り手の優しさや愛情、願いが込められた世界に一つの唯一無二のお茶なのだ。
「ではこれはあのベリーなのか?」
核心をつかれたショコライルはただ静かに頷いた。父親に気付かれてしまった恥ずかしさで言葉が続かない。何か話そうとしたその時、ショコライルの横に慌てて駆け寄る人影が見えた。
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