第2章 サボり魔王子困惑する③
――トントン――
ミルティアが部屋の荷物の確認をしていると入り口の扉が来客を知らせるように鳴った。ミルティアは慌てて部屋の時計を確認すると、アレンと別れてから1時間経っていることに気付いた。
「はい!」
「アレンです。今よろしいでしょうか?」
ミルティアは慌てて鏡で身だしなみを確認してから、扉を開けた。
アレンは1人の女性を連れて部屋に入って来た。
「片付け中のお忙しい時にすみません。」
「いえ、お気遣いなく。お約束の時間でしたので。」
部屋に入るなり、荷物が少し広げられている机を目にしたアレンは申し訳なさそうに謝罪した。服などの荷物はほとんど運び込まれた際に片付けられていたため、ミルティアは持ち込んだ勉強道具の片付けを行いながら今後の勉強方針を考えていたため、机の上に本が広げられた状態であった。ミルティアは慌てて本を閉じると机の端に寄せておいた。
ミルティアが落ち着いたのを確認してアレンは自分の隣にいる女性を紹介した。
「ミルティアさん、彼女はアニス。今日からあなたの侍女として仕わせていただきますのでよろしくお願いします。」
アニスと紹介された女性は深い一礼をするとミルティアを見て優しく微笑んだ。
「アニスと申します。今後はミルティア様の身の回りのお世話などさせていただきますので、何なりとお申し付けください。」
アニスはミルティアより明るい茶色髪をすっきりと一つにまとめ、大人っぽい雰囲気であるが、笑うとどこか可愛らしい女性であった。
「ミルティア・リリアージュです。アニスさんどうぞよろしくお願い致します。」
ミルティアも深く一礼した。
「ミルティア様、顔を上げてください。どうぞアニスとお呼びください。」
「でも……。」
ミルティアは専属の侍女など今までいなかったので、どう接したらいいのか分からず困惑していた。名前を呼び捨てにすることは苦手とすら考えてしまっていた。アレンはそんなミルティアの思いを察して声を掛けた。
「ミルティアさん。これも淑女教育の一環とお考えください。」
突然のアレンからの提案にミルティアは意味がわからず呆然としていた。
「嫁ぐ家によっては侍女が付くこともございます。その時に困らないよう今は練習と考えてみてはいかがですか?」
「なるほど……。」
確かにアレンが言うことも一理ある。父親にも縁談話を持ち込むよう頼んだ手前近い将来嫁ぐ日は来るはずである。男爵家なのでそこまで高い身分の貴族に嫁ぐことはそうないだろうが、練習と考えるとやれる様な気がしてきた。
「わかりました。よろしくね。アニス。」
ミルティアはアニスの目を見て微笑んだ。
「こちらこそよろしくお願い致します。」
アニスもミルティアに目を逸らさず真っ直ぐ見つめて答えた。
「アニスはミルティアさんとも歳が近いので話も合うかと思います。ショコライル様からの信頼も厚いので、どうぞ安心して頼ってください。もちろん私もミルティアさんがお困りの際は力になりますので何なりとご相談ください。」
「ありがとうございます。あの、でしたら一つアニスにお願いがあるのですがよろしいですか?」
「はい、どうされました?」
ミルティアからの願いなら何でも叶えようと、アレンもアニスも前のめりの姿勢をとった。
「その……アニスのお願いも聞いたので、わたくしのお願いも聞いてほしくて……。わたくしまだ王城の生活にも馴染めてないので何か粗相をすることがあるかもしれないの。その時は遠慮なく注意してくれないかしら?」
「注意ですか?」
「見て見ぬふりせず、わたくしには何でも伝えてほしいの。その……ショコライル殿下にご迷惑をかけないためにも……。」
ミルティアは少し俯きながら伝えた。本来侍女は仕える主人に口出しはあまりしない。でも間違ったことはきちんと訂正して側で支えてほしいと思っていたミルティアは、あえてお願いしたのだ。
ミルティアの提案に2人は驚いた。侍女のことを自分を着飾る道具として扱ったり、当たりが強い令嬢がいる中で、侍女を信頼し、間違ったことは素直に認め、きちんと話を聞こうとする令嬢は少なかった。また、自分の行い一つで自分が恥をかくことよりもショコライルに迷惑がかかることを1番に心配する彼女に、ショコライルはやはり見る目があると納得した。
「かしこまりました。私のわかる範囲で指摘させていただきます。」
「ありがとう!それからごめんなさい。もう2ついいかしら?」
ミルティアの追加の依頼に今度はどんなお願いが来るのか、アレンとアニスは考えを巡らせた。
「わたくし、調べ物をしたり勉強する時は、納得するまでやってしまうため、夜遅くなってしまうこともあるの。そんな時はわたくしを気にせず先に休んでもらいたいの。あっもちろん無理はしないから安心してね。」
まさかアニスの体調を気遣うことを言われるとは思わず、アニスは目を丸くした。しかし続くミルティアの言葉に2人はさらに驚かされた。
「後ね、その……わたくしのお友達になって欲しいの。王城にお友達がいないから、お茶の時間とか何気ない時に一緒にお話したりしたいのだけど、ダメかしら?」
「私のことまで気遣ってくださりありがとうございます。その際は一言声をかけさせていただきますね。それから、私がお友達でよろしいのですか?」
ミルティアからのお願いは嬉しいことであったが、本当に自分でいいのかアニスは念のため確認した。
ミルティアは大きく頷いてから溢れるような笑顔をして、アニスに自分の気持ちを伝えた。
「あなたがいいの。わたくしお姉さんが欲しくて。わがままよね。でもアニスとは時に姉として、そして大切な侍女であり、大切な友達として付き合っていきたいの。」
真っ直ぐな言葉にアニスは心から嬉しく思い、とびきりの笑顔で返した。
「私も嬉しいです。是非よろしくお願いします!」
「ありがとう!アニス!よろしくね!」
ミルティアは嬉しくてアニスの手を両手で掴んだ。
そんな微笑ましいやり取りをアレンは穏やかな目で見つめ、つい自分もミルティアに近づきたいと考えていた。
「ミルティアさん。是非私もお茶をご一緒させてくださいね。」
普段あまり人と関わろうとしないアレンが、自ら声を掛けたことに、アニスはもちろんのこと、アレン自身も驚いていた。だが、ミルティアとのお茶は楽しそうと素直に思ったため、言葉を取り消すことはしなかった。
「是非お願いします!ふふっわたくしこの生活が楽しみになりました!」
ミルティアの楽しそうな顔を2人はただ温かい気持ちで見つめていた。
「そうだ。ミルティアさん。お昼も近いので打ち合わせは午後にして、お昼ご飯ご一緒にどうですか?食堂のご案内も兼ねますし、アニスも一緒ですよ。」
普段客間で過ごす客人は、部屋で食事をするが、ミルティアにはここが客間であること、客人であることは伏せている為、ショコライルの家庭教師という王城で務める職員と同じ扱いにすることを国王であるエクラは提案してきた。
ミルティアを幼い頃から知っているエクラだからこそ、ミルティアが納得できる対応を用意することができた。
「いいのですか!!」
ミルティアは嬉しそうに瞳を輝かせていた。
「では、少しだけお時間いただいてもよろしいですか?そのお化粧を少し直したくて。」
「もちろんですよ!」
「ありがとうございます!」
ミルティアは急いで化粧台がある部屋に向かおうとした。
「あの。お手伝いは?」
慌ててアニスが声をかけたため、ミルティアは立ち止まり申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい。これぐらいは自分で……。そのだめかしら?」
「……今日だけですよ。次からは是非お手伝いさせてくださいね。」
「ありがとう、アニス!」
アニスに早速注意されると思ったが、特別に認められたためミルティアは嬉しそうな顔をして急いで準備に取り掛かった。
「アレン様。」
ミルティアがいなくなり急に静かになった部屋にアニスの声だけが響いた。
「どうした?」
「どうしましょう……。ミルティア様が可愛すぎるのですが!」
「奇遇だね。同じことを考えていたよ、アニス。君に追加で一つ仕事を頼みたい。」
「なんでしょうか?」
急に畏まったアレンにアニスはどんな仕事が追加されるのか身構えた。
「ミルティアさんに男どもを近付けるな。」
短時間で2人の心を掴んだミルティアを他の男達が接したら勘違いするに決まっている。悪い虫は近づけないに越した事は無い。
「承知しております。」
「後は……。」
アレンはアニスの耳元で小声で話しかけた。その提案を聞いたアニスは嬉しそうに微笑んだ。
「承知しました。このアニス全力で当たらせていただきます。」
そんな2人のやり取りなど全く気付いていないミルティアは嬉しそうに部屋から戻ってきて、3人で食堂へ向かって行った。
次は17時に更新予定です