第2章 サボり魔王子番犬になる⑥
⑥はお話の都合上少し長くなっておりますが、最後までお読みいただけると嬉しいです。
ナンシ村での調査は無事終わり、再び辻馬車に乗って辺境伯邸まで帰ることになった。何事もなくホッとしたものの、どこかミルティアの気持ちが落ち着かないのは、帰り道もやはりマティアが隣に座ったことである。何事もなく過ぎて欲しいと願っても、願い通りにならないのが人生である。案の定マティアがショコライルの感情を逆撫でする、とんでもない爆弾を投下してくれた。
「リリちゃん。この後少しだけ話がしたいんだ。ダメかな?」
強引ではなく、許可を取る聞き方を狡いと思ってしまう。ミルティアに決定権を持たせることで、ショコライルが噛み付くのを躱すと共に、ミルティアの意思で同意を得ることができるため、ショコライルや他の者が口出しできない状況を作っていた。
ダメかと聞いてきた表情は、どこか懇願するような不安な表情を滲ませており、強引な行動を起こすことができない、気遣いのできる優しいマティアの人となりを表しているようであった。
ミルティアはただ黙って周りを見渡した。殺気すら感じるショコライルを除くと、皆一度話すべきというように静かに頷いている。いつまでも中途半端なままマティアと接することは、不誠実な態度かもしれない……ミルティアはここは自分自身で解決すべき問題だと判断し覚悟を決めた。
「分かりました。」
ようやく出たミルティアからの許可に、最初は目を見開いていたマティアも少しずつ冷静さを取り戻すと、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう……。では邸に着いたら一緒に庭に行きませんか?」
「お庭ですか?」
この地までミルティアを狙っている者が来る可能性は低いかもしれないが、完全にないわけではない。単独行動がどれだけ危険で周りに迷惑をかけてしまうことも知っているミルティアは、返答に困ってしまっていた。
そんなミルティアの態度を察したように、マティアは聞こえないほどの小さなため息を吐くと、ミルティアを通してショコライルを見た。
「私は貴方に絶対に何もしません。……ですがご不安なら、貴方の後ろで凄まじい殺気を放っている彼も一緒に来てもらって構いませんよ。」
やはりショコライルの殺気はマティアに気付かれていた。辺境伯の人間なので殺気など気付くのは当然のことなのだが、いくら王太子であっても今はただの見習いが、次期辺境伯相手に殺気など放っていい理由などない。
だがそれを咎めることはせず、むしろ同席を許すマティアはなんて紳士なのだろう……。ミルティアはそんなことを考えてしまったが、しっかり確認しなくてはいけないことがあった。
「いいのですか?そんなことをしては、2人でお話などできませんけど?」
ミルティアの言葉に、マティアは楽しそうに微笑んだ。それはまるで何か嬉しい発見をした少年のような笑顔だった。
「しっかり2人でお話しようと思ってくださっていたのですね。嬉しいです。彼がいることは不本意ですが……まあ、2人の会話に入ってきたり、聞き耳を立てるような野暮な事はしないでしょう?あなたが視界に入る適度な距離を取ってくれる番犬だと信じていますよ。」
そう言ってショコライルに釘を刺すマティア。ミルティアを挟んでお互いしっかりと目が合わさっている。やがてショコライルが鼻で笑うように息をすると
「当たり前です。だが番犬はいざとなったら噛み付くから気をつけてく……ださいね。」
つい、王太子としての話し方になりそうなのをグッと我慢して、ショコライルはマティアにお返しとばかりに釘を刺した。
いつの間にか同席していた人達は呆れているが、渦中に放り出されたミルティアだけは、この謎の男同士の対決がこれ以上酷くならないことを切に願うのであった。
辺境伯邸に戻る頃にはミルティアはもうすでにぐったりしてしまっていたが、ここからが本番であった。
疲れ切ったミルティア、凄まじい殺意を隠せずにいるショコライル、そしてどこか覚悟を決めた目をしているマティアを、ただ静かに見送ることしかできなかった者達は、帰ってきたらとことんミルティアを甘やかしてあげようと静かに心に誓って、無事に終わる事を祈った。とにかくあのミルティアに関してはポンコツな王太子が、何もしないでくれと願わざるを得なかった……。
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マティアに続いてミルティア、その少し後ろにショコライルが無言で歩く。暫くして庭の中にガゼボを見つけると、マティアはそこにミルティアを案内しつつ、ショコライルにはガゼボの手前で待つようにお願いしていた。
すぐに駆けつけられるが会話は聞こえない、そんな絶妙な距離であった。ショコライルは渋々了承するように立ち止まると、ただミルティアの後ろ姿を黙って見つめていた。
「どうぞこちらへ。」
案内された椅子にミルティアは座ると、マティアはその正面の椅子に座った。ミルティアがマティアの顔を見ると、今までのマティアからは想像できない、緊張が伝わってくるような表情をしていた。ミルティアはただ静かにマティアが話してくれるのを待つことにした。マティアもそんな急かさないミルティアの態度を理解したのか、覚悟を決めるようにゆっくり深呼吸をすると、ミルティアの顔を真っ直ぐ見つめてくれた。
「急にすみません。どうしても一度きちんとお話したくて。」
「いいえ。こちらこそいつも来ていただくのにごめんなさい。」
ミルティアは貴族令嬢だと気付かれないよう、言葉を慎重に選んだ。
「回りくどいのは苦手ですので、単刀直入に言います。私はあなたのことを好きになってしまいました。このまま視察が終わってお別れは寂しいのです。どうか視察が終わって落ち着いたら、こちらに来てくれませんか?」
マティアの気持ちは薄々感じてはいたが、まさか求婚されるとは思っておらず流石に驚いてしまった。まだショコライルからは好きと言われても求婚されていない。それらしい事は言われてはいるが、ここまではっきりとは言われていない。この場の取り繕い方など知らないミルティアは何か話さなくてはと、そればかり必死になっていた。
「あの……どうして私なのですか?」
出た言葉は単純に聞きたかった言葉かもしれない。マティアほどの人ならば、ご令嬢に大層好かれそうなのに、何故こんな庶民に扮している自分がいいのかわからなかった。
「一目見た時からあなたに何故か惹かれていました。何故かは分かりませんが、これが一目惚れと言うのでしょうか……。ですが見た目で判断したのではなく、あなたの農作物の接し方、周りを気にかける態度、あなたの楽しそうな笑顔……どれも私を惹きつけるのです。」
「ありがとうございます……。ですが私より相応しい方は沢山いると思います。」
「身分のことですか?この地は特殊です。辺境伯に嫁ぐことは普通の結婚とは異なります。私はこの地が大好きです。領主だからといって机の上だけで仕事をしたくはないのです。畑を見て回り、品種の改良や栽培なども直接行っていきたい。私は妻にも一緒にやってほしいのです。領主がやることで、若者も農業を生業としてほしいのです。あなたはその事を厭わない。あなたとなら楽しく過ごせると思っています。それにあなたの振る舞いなら、貴族としての立ち振る舞いや教養もすぐに身につくでしょう。何か言われたら私が必ずお護りします。……どうか来てくれませんか?」
あまりに真っ直ぐな気持ちに、ミルティアは言葉が出なかった。
きっとショコライルと誤解したままマティアとの縁談話がもたらされたら、ミルティアは間違いなく嫁いでいただろう。
誠実で優しく、心から妻を愛してくれるこの人となら、間違いなく幸せな夫婦生活は送れたはずだ。
だがそれはもう叶わない。だってミルティアの心にはもう誰も入る隙がないぐらい、ショコライルへの気持ちで満たされているのだ。
もっと前に出会っていたら……結果は違っていたかもしれない。このままショコライルと一緒にいても、身分差で結婚は叶わないかもしれない……。だがそんな考えでショコライルと離れる気はないし、ショコライルへの気持ちを持ったままマティアと結ばれるなど、マティアに対しても失礼な態度である。
ミルティアはなるべくマティアを傷付けないよう言葉を選んだ。
「私には勿体無い言葉です。貴方様は本当に素敵な方だと思います……。ですが……申し訳ありません……。……私にも心から……心を寄せている方がいるのです。」
「……それはやはり彼ですか?」
マティアは静かにショコライルに目線を移し、こちらをずっと険しい顔で見つめてくるショコライルと目が合い苦笑いを浮かべた。
名前は告げなかったが、その瞳の動きで誰を示しているのかは分かる。ミルティアはただ静かに頷いた。
「そうですよね……。お付き合いしているのですか?」
「えっと……その……。」
視察に行く前は2人の関係はただの同僚となっていた。ショコライルの態度からただの同僚以上に見えている気はしたが、付き合っていると伝えていいのかは確認が取れていなかったため、ミルティアは動揺してしまった。
そんなミルティアの態度で何かを察したマティアは、ただミルティアをこれ以上ないくらい優しい目で見てくれた。
「野暮な事を聞きましたね。彼の態度は分かりやすかったのですが、あなたの気持ちがどうかわからなくて……。もしかしたらと思ったのですが……そうですか……もう心に決めていましたか……。」
「すみません……。」
「謝らないでください。迷惑をかけたのはこちらの方です。彼にも後で謝っておきます。」
「すみません。」
重ね重ね謝るばかりのミルティアに、マティアは1番聞きたかったことを尋ねてみた。
「リリちゃん、今幸せ?」
「もちろんです!」
間髪入れない返事が全てを物語っていた。苦しんでいたり、悩んでいるなら諦めきれなかったかもしれない。だがこれでしっかり諦められる気がした。
「それはよかった……。もし彼に嫌な事をされたり、嫌になったり、困ったことがあったらいつでもおいで。私は君の味方だから。」
「ありがとうございます。その……私なんかより素敵な方との出会いがきっとあります。」
「ありがとう。」
マティアはそこまで言うとミルティアに右手を差し出した。ミルティアも同じように右手を差し出し握手をしてお互い心から微笑み、互いの幸せを願った。
「リリちゃん、君が嫌じゃなければ今後はお友達として接してくれないか?」
「もちろんです。」
「ありがとう。ならマティアと呼んで。次期辺境伯様は少し寂しいから。」
少しだけ戯けたような悪戯っぽく笑うマティアに、ついミルティアは笑ってしまった。常に次期辺境伯として隙がないように見えたが、こんな表情や仕草もできる人なのかと新たな発見をした気分だった。
「はい、マティア様!」
ミルティアは名前を呼ぶと楽しそうに微笑んだ。
「おっとこれ以上はあの番犬君が本当に噛み付いてきそうだ。そろそろ番犬君に帰さないと私の身が危なそうだね。」
マティアは笑いながらミルティアの手を離すと、ショコライルの方へ行くようにミルティアを促した。
ミルティアはその心遣いに感謝し一礼すると小走りでショコライルの方に向かっていった。
「入り込める場所なんてどこにもなかった……。恋って難しいな……。」
幸せそうに笑うミルティアと少しだけホッとしたような表情のショコライルを見ながら、マティアは先程までミルティアの手を握りしめていた自分の手を見つめていた……。
――――――――――
「ミルティア何もされてない?」
部屋へ戻るとすぐさまショコライルが心配そうに聞いてきた。気を利かせたアニスのお陰で今は2人っきりである。
部屋に着いてすぐ過保護な彼氏が可愛らしくてつい微笑んでしまう。
「はい。求婚されましたがお断りしました。」
「はっあ!!!」
想像以上のショコライルの怒りに、ミルティアは言葉を間違えたと悟ったが後の祭りである。ショコライルは「俺のミルティアに……」と何やらぶつぶつ呟いている。そんなショコライルを安心させるようミルティアはショコライルの手を取った。
「しっかりお断りしました。お付き合いしてるとははっきりとは伝えておりませんが、お慕いしていることは伝えましたよ。」
「納得してくれた?」
「はい。お友達として今後は力になってくれるそうです。」
お友達というのが気にはなるが、マティアなら横恋慕などしないであろう。しっかり断ってくれたという言葉がじわじわショコライルの心に染み渡り、落ち着きを取り戻してくれていた。
「何か俺のこと言ってた?」
「そうですね……。あっこれ以上いると番犬君に噛みつかれると言っていましたよ。ショコライル様すっかり番犬扱いですね。」
ミルティアの気持ちが離れないなら番犬にでも何でもなってやる。だがあまりにミルティアが番犬という言葉を楽しそうに言うため、少しだけ意地悪したくなってきた。
「俺はミルティアの番犬だからしっかり手懐けてね。」
「手懐ける!!そんな……。」
「わん!」
驚くミルティアにショコライルは犬の声真似をしてみせた。王太子というとんでもない高貴すぎる番犬を手に入れたミルティアは、どう手懐ければいいのか暫く悩むのであった……。
お読みいただきありがとうございます
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明日からは第3章に入ります
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します




