第2章 サボり魔王子番犬になる⑤
ユヒア湖で念のため土も採取すると、2人は慌てて辻馬車に戻った。今日のことはとりあえず夜ハミルダに報告することとし、一行はナンシ村に向かった。
ナンシ村でも調査は滞りなく行なっていった。ハミルダが村長と話をする際マティアも同席したため、その隙にミルティアとショコライルは畑から外れ、村の中を偵察することとした。そんなに大きくない村のため中心地にはすぐに辿り着いた。この場所で、村人の様子や、店先に並ぶ作物の確認をするのが目的である。本当は村中を見て回りたいが、マティアから忠告があったように危険である可能性が高いため、人通りが多く危険が少なそうな中心地のみ調べることにした。
人の様子におかしなところは見当たらない。スーピナ国に隣接しているが、失踪事件で怯えていることもなく、他の領地と同じように穏やかな時間が流れていた。ここの領地の人にとっては、スーピナ国と隣接していることは当たり前であり、当然そのことに対して怯えることはないのだ。
視察団の服を着てはいるが、ただ統一した服装というだけで、騎士のように王族の紋章が入っているわけではないため、村の人達も警戒しないし、万が一スーピナ国の刺客がいたとしても、気付かれにくいはずだ。
視察が目的ではあるが、久しぶりにミルティアと2人っきりで出歩けることに、楽しんでいる自分がいることをショコライルは気付いてしまった。仕事の一環であるし、ミルティアの身に危険が及ぶ可能性もあるため気持ちが緩んではいけないのに、どうしても隣で楽しそうに歩いているミルティアを見てしまうと、つい気持ちが緩んでしまう。
ショコライルが再度気持ちを引き締めようとしたその時、雑貨店の男性から思わぬ声をかけられた。
「彼氏さん、可愛い彼女さんに一ついかがですか?」
仕事として歩いているはすが、どうやらデートしているように見えてしまったらしい。それだけ自分の態度で気付かれてしまったのか、はたまたミルティアの態度で気付いたのかはわからないが、気になる話も聞いてみたかったので、ショコライルは訂正せず話を合わせることにした。
「どれがおすすめです?」
「えっ?!」
楽しそうに商品を手に取るショコライルにミルティアは慌てて側に行くと、ショコライルにしか聞こえないほどの小声で話しかけた。
「長居しないほうがよいのでは?」
「少しだけ……ね。」
ショコライルはミルティアにお願いするように囁くため、ミルティアはもう何も言えなくなってしまった。ミルティアはショコライルからのお願いにはめっぽう弱いのだ。
「これなどいかがですか??」
「これはまた綺麗ですね。」
店主がショコライルに勧めたのは、可愛らしいリボンであった。リボンはだいたい布地の物が多いため、繊細なレースでできたリボンはとても珍しく美しかった。
「ここはレースの産地なのさ。王都に行けば高値で取り引きされるため庶民には手が届きにくいけど、ここなら手に入りやすい価格なんですよ。」
チースイ領はリボンが特産であることは、もちろんショコライルは心得ている。ミルティアが家庭教師として一緒に勉強する時にも学んだが、まさかこのように庶民にも手に出しやすい加工が施してあるとは知らなかった。
書類上ではない自分の目で確かめることがいかに大切なことなのか、ショコライルは身を持って体験した。王都だからと言って全て高値の物しか扱わないのはよくない。庶民のオシャレとして、このような商品を取り入れることがさらなる取引となり、この村にさらに収入を生むことになる。経済を回すため、国民の生活を潤すためには、王族だからといって王都で胡座をかいているばかりでなく、実際現地に触れ学ぶことも多い。今後はその機会も増やそうなどつい王太子としてこの国の事を考え始めてしまったが、今回はそれが目的ではないため、一旦その考えは頭の片隅に置いておいた。
「ではこれを一ついただきます。」
「ありがとうございます。」
ショコライルは一つ選ぶと、店主は商品を包んでくれた。包みながら店主は思い出したかのように2人を見て、少しだけ小声で話し出した。
「お2人さんはこの村の人じゃないよね?いいかい、暗くなる前に帰りなさい。」
「何故ですか?」
「ここ最近、若者が行方知れずになるんだ。だいたい仕事後や学校帰りで遅くなった時間帯に起きている。だからこの村では若者は日が落ちる前に帰るようにしているんだ。」
「そんなことが……。」
ショコライルは知らない体で話を聞いていた。何もこちらから言わない方が新たな情報が得られる気がしたのだ。
「だいたい皆2〜3日で帰って来るんだが、その間の記憶が無くなっているらしい。つい最近も、ちょうど向かいの花屋の息子が居なくなって戻ってきたばかりさ。ああ、ほら彼だよ。」
店主が指で示す先には、ショコライル達と同い年ぐらいの青年がいた。こちらの視線に気がつくと、彼はショコライル達に近付いてきてくれた。
「初めまして。僕に何か?」
見知らぬ人に見られていることが気になったのか話しかけてくれたため、ショコライルはこのチャンスを逃さまいと会話を続けた。
「先程こちらの店主の方から貴方のお話を聞きまして……大変でしたね。」
怪しまれないようあくまで低姿勢を貫いた。尋問のような聞き方では相手を萎縮させてしまう。まずは安心させることが大切なのだ。
「お気遣いありがとうございます。まさか自分がなるとは思わなくて驚いているんですよ。でもお陰様でどこも怪我をしておりませんでしたので、本当によかったです。」
「記憶がないのですか?」
「そうなんです。学校に忘れ物を取りに戻ったせいで帰宅時間が少し遅れてしまって……。暗くなってきたので急いで帰っていたのまでは覚えているのですが……。」
「そうなのですね……。ですがどうやって戻ってこられたんですか?」
「それが不思議なのです。意識が朦朧としている中、誰かに手を引っ張られたんです。そのままついて行ってしばらくして意識が戻ると、村の中心にある広場の椅子に座ってたのです。そこで保護をされました。」
「誰か……何か覚えていることは?」
「ぼやけていたのですが、耳に何か付けていた人でした。他に失踪した者も皆同じ人を見たと言っています。」
「耳に……。」
ショコライルはそこで何か考えるように黙ってしまった。長い沈黙を破ったのは、店主だった。
「大丈夫かい?」
「あぁ……すみません。我が身に起こったら……いや、彼女にそんなことが起きたら怖いと思ってしまいました。すみません……。」
実際に経験した人を前に怖いという言葉は不適切かもしれないが、素直に感情を述べることで相手の警戒心は薄れるはずだ。
「誰でも怖いことですから、気になさらないでください。それにしてもこんなお話を興味深く聞かれる方はなかなかいませんので……彼女のことが大切なのですね?」
「ええ……。やはり心配なので早めに帰ることにします。」
「その方がいいですね。僕ももう帰りますので、気をつけて。」
ショコライルとミルティアは店先で別れを告げると、足早にハミルダ達がいる畑に戻っていった。
思いもよらない収穫があった。早くこの事を皆に伝え、今後の方針を決めていきたい……はやる気持ちを抑えながら、ショコライルはミルティアを庇いつつ歩みを進めていった。
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