第2章 サボり魔王子番犬になる④
翌朝スーピナ国に隣接するナンシ村に向けて出発した。辺境伯邸がある中心地から距離があるため、辺境伯が予め用意してくれていた貸切の辻馬車に2台に別れて乗り込んだ。
ミルティアと一緒に、ショコライル、アレン、ハミルダ、エディルダ、アニス、後3人が一緒に乗ったが、当然だがマティアもそこに乗り込んだ。
ミルティアの横に朝から眩しすぎるぐらいの笑顔でちゃっかり座るマティア。そのマティアと正反対の対応をしているのが、こちらもまたミルティアの横に陣取ったショコライルである。
笑顔のマティアと相反するように、膨れっ面でいかにも不機嫌であると顔に書いてあった。
ミルティアはショコライルのことが気になって仕方ないが、マティアがいる手前声を掛けることもできずただ乾いた笑みを浮かべていた。
そんなミルティアを哀れな目で見るのが他の者達である。アレンは呆れたように眉間を押さえ、エディルダは気まずいのか目線を逸らしている。アニスはミルティアを困らせている2人を交互に睨みつけるし、護衛騎士達はショコライルの不機嫌な態度に怯えていた。
だがやはり冷静だったのはハミルダだった。大人の余裕なのか、いつも学園で見るような笑顔を浮かべてマティアと話し出した。
「こちらに来る前に教えてくだされば、護衛をつけてもらいましたのに。あなたも仕事が増えて大変でしょう?」
「ご報告していなかったのは申し訳ありません。ですが……リリさんの側にいられますので役得ですね。」
「彼女は大切な仲間の1人ですからね。連れ去らないでくださいよ。」
「ご冗談を。でも彼女が来てくれるなら嬉しい限りですね。」
常に笑顔を浮かべているのに、話の内容は相手へ探りと牽制。お互い腹の内を探りながら、それでも態度には出さないやり方。これが大人の、貴族社会で生き抜くために必要な会話術なのかとミルティアはある意味感心していた。
そういえばアレンもあまり感情を顔に出さない。むしろ主人であるショコライルに少々キツイ態度をとることもあるが、それは貴族社会というより、友人として接しているようにも思う。
ミルティアはそこで横に座るショコライルを見た。あからさまに2人の会話が不快というように顔に出してしまっている。それは庶民のチョコとしては感情を隠さなくてよいと判断しているのか、それとも単に無意識なのかはわからない。だが何より、ショコライルはミルティアといる時は常に、ありのままの姿を見せてくれているということに、2人の会話を聞いて気付いてしまった。
腹の探り合いなどしない、嘘偽りなくその時の感情で動いてくれることが嬉しく思えてきた。
ショコライルのことを考えてしまうとどうしても口元が緩んでしまう。今この状況で口元を緩めてしまっては、ショコライルにあらぬ誤解を与えてしまいそうである。ミルティアは口をキツく結ぶと、早くこの会話が終わらないかそれだけを考えることにした。
ナンシ村まで半分の所まで来た時、一度湖で休憩となった。この湖には湧き水があり、そこで水分補給と身体を休めることとなった。ここの湧き水は名水と有名で、地元の人のみならず、遠方からもわざわざ水を汲みに来る人がいるほどの場所であった。また湧き水で作られた湖でとても綺麗なため、観光地としても人気がある場所でもあった。
馬車を降りる際、マティアがミルティアに手を差し伸べるよりも先に、ショコライルが当然のようにミルティアに手を差し伸ばし、ミルティアもそれを何の疑いもなく受け取るやり取りを、マティアは伸ばしかけた手を虚しそうに戻しながら見つめていた。
だがすぐに気を取り直すと、ミルティアを湖へ案内し、当然ショコライルも付いてきた。
「ここがユヒア湖です。」
案内された湖は確かにとても綺麗だった。湖の底まで見える程の透明度、水面に反射する太陽の光、全てが美しかった。少しだけ細かい砂のような浮遊物が浮いているのは、ここに生息している魚の仕業か、昨夜雨でも降ったのだろう。そんなことを考えながら綺麗な湖を眺めていたが、どうやら普段から見慣れた人には違って見えたらしい。
「おかしいな。昨夜はこの辺りも雨は降ってないのに、何故いつもより綺麗に見えないのだろう?」
ほんの僅かなことであるが、でも違和感を感じてしまう光景。ミルティア達のように見慣れない人にとっては普通であることが、普通と感じない感性。住んでいる者の意見ほど、貴重な情報はない。
ミルティアとショコライルは咄嗟にお互いの顔を見つめると静かに頷き行動に移した。
「リリ!先生から水の採取を頼まれていなかった?」
「頼まれていました。すぐに行かなくては!!すみませんが少しばかり仕事のため失礼します。」
マティアが声を掛けるよりも早く、2人は走っていってしまった。二人の息のあった会話、先程の馬車の光景……マティアは導き出した答えをゆっくり理解する時間を作るかのように、ただ抜けるような青空を見上げていた。
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ミルティアとショコライルは湧き水の場所まで辿り着いた。一見とても綺麗そうに見える水を採取してから、ミルティアは両手を湧き水にかざして目を閉じた。
指先に魔力が集まるよう集中する。指先がじんわり温まり魔力が集まってきていることを感じながら、さらに集中すると指先が微かに熱くなってきていることを感じた。
そこで一旦ミルティアは目を開けた。心配そうにミルティアを見つめるショコライルと目が合うと、ミルティアは静かに頷いた。
「やはり……。」
言葉には出さなかったが、2人とも先程のマティアの会話から予想していたことが当たっていた。偶然かもしれないが、少しでも手掛かりが掴めたかもしれないという希望がみえてきた。
「リリ、俺が見張っている。浄化できるか?」
「やってみます。ですが原因が分からない以上、また戻る可能性はありますよ?」
「それでも頼む。少しでも時間稼ぎになればいいんだ。」
「わかりました。」
ミルティアは背中をショコライルに預けると、集中して湧き水の浄化を行った。湧き出る水をどの程度浄化できるか分からないが、湖全体もなるべく浄化できるよう集中して行う。
こんなに広範囲の浄化など全くもって初めてである。焦って集中力を切らさないよう丁寧に魔力を送り込む。指先は信じられないくらい熱くなってきたが、何よりも浄化することを優先した。どれくらい時間が経ったかわからない。いつ終わりが来るかもわからない。送り込めるだけの魔力を注いでいく。やがてようやく指先の熱さが消え、浄化が完了したことがわかるとミルティアはショコライルに声をかけようとしたが、それはできなかった。
集中力が切れ魔力も今までで1番注いでいたが、ミルティアが疲れたとかではない。長い間ただひたすら静かに浄化をするミルティアのこと心配したショコライルが、浄化が終わったと分かった瞬間、ミルティアが名前を呼ぶ前に抱きしめてきたのだ。
ただ無言で強く抱きしめてくれる腕。その力から、いかに心配してくれていたのかが伝わってくる。ミルティアはそんな心配性な彼氏を安心させるように精一杯笑ってみせた。
「ミイダ先生の所で沢山練習したので、これぐらいでは倒れませんよ!」
以前ミルティアはハミルダの研究室で、毒が入った水を浄化する際長い時間魔力を注いだため、立てなくなってしまった時があった。ショコライルはきっとその時を思い出して心配してくれてるんだろう。だがあれは魔力を長時間使うことに慣れていなかっただけのため、あの後ミルティアは魔力を長時間使えるよう沢山練習したのだ。なので昔と違い今はしっかり立っていられていた。
ショコライルはそれで安心してくれると思ったが、違っていた。ミルティアの言葉が届いたはずなのに、全然腕の力を緩めてくれなかった。
「リリが沢山練習したことも知ってる。大丈夫であることも頭でわかってる。だけど……やっぱり心配だよ。ごめんね、心配性で。」
ミルティアのこととなると、どんなことでも心配になってしまう。浄化をお願いしたのは自分のはずなのに、終わるまで生きた心地がしなかった。ミルティアを信頼し、頑張りを誉めてあげなくてはいけないのに、口から出るのは心配という言葉ばかり。
ショコライルはそんな自分に少し嫌気をさしながら、
「ごめん、もう少しこのままで……」
そう言ってミルティアを抱きしめる腕の力を強めるのだった。
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