第2章 サボり魔王子番犬になる③
今回は少しお話が長いですが、是非最後までお読みいただけたらと思います。
マティアは明日の準備があるということで、そのまま帰っていった。
マティアの話を皆でもう一度まとめて、情報共有することにしたが、ショコライルはどこか上の空であった。
先程のマティアの顔が頭に張り付いて、ショコライルの思考を鈍らせていた。
最初は農業に詳しい女性が珍しいため、興味と社交辞令でミルティアに近づいていると思っていた。だがどう考えても先程のマティアの反応は、完全にミルティアに好意を寄せているように見えた。
ミルティアの側は常に自分でありたいし、護るのも自分でありたい。なのにそれを急に横から掻っ攫われる気がしてしょうがなかった。
自分の魔力をミルティアより何故高くしておかなかったのか……。そうすればミルティアに近づく口実を潰せたのに、わざわざショコライル自らミルティアに近づく口実を与えたような気すらしてしまっていた。
一層のこと今からミルティアより魔力を高めてしまおうかとすら考えてしまう。だが魔力は急に増えることなどあり得ない。もしそんなことをすれば、事前に今回の視察団の魔力量を測っていたマティアに、魔力量を隠していたことが勘付かれてしまう。そうなれば、自分たちがここに来た理由まで探られてしまうだろう。
だがこのままではミルティアにマティアが近づいてくる……。ショコライルは堂々巡りを始めた考えに頭を悩ませていた。
「つまらない嫉妬は後にしてください。今は勘付かれないことが最優先です。くだらない考えは捨ててください。」
アレンのショコライルの悩みに対する鋭い指摘と、恐ろしいほど低い声で現実に引き戻された。容赦が無いアレンは怖いもの以外の何者でも無いが、今はそんな冷静な指摘をしてくれるアレンに少しばかり感謝した。あのままなら、明け方まで永遠と悩み続けてしまいそうだった。
「すまない……。とにかくミルティアは1人にならないように。それから、ナンシ村では失踪事件の痕跡や情報を得るように。後は単独行動は禁止だ。何が起こるか分からないから皆注意するように。」
ショコライルは気持ちを切り替えたように、的確に指示を出していく。その様子を見ていたアレンは、ミルティアに近づくとそっと耳打ちをした。
ミルティアはその言葉で驚いたように目を丸くしながら、少しだけ恥ずかしそうにアレンを見上げた。
アレンはそんなミルティアに微笑むと
「あなたしかできないことですので。」
そうミルティアだけに聞こえる小声で話してきた。
ミルティアは自分しかできないと言われたことで、大切な役割を与えられた気持ちだった。少しだけ戸惑いつつ、ギュッとスカートを掴んで覚悟を決めると、ショコライルの手を引いて部屋の隅に移動した。
アレンはミルティアの行動を確認すると、「皆さん少し話を整理しましょうか」そう伝えて、他の者達の視線を2人とは反対の方に向けさせた。
「ミルティアどうしたの?」
黙って手を引かれていたショコライルは、ミルティアが歩を止めるとすぐに確認してきた。
ミルティアは壁の隅にまで歩みを進めていた。ミルティアが壁側で、ミルティアの正面にはショコライル。部屋はそんなに広くないため他の者達にミルティア達の姿は見えてしまうが、今はアレンが皆の視線を遠ざけてくれているし、ミルティアの前にショコライルが立つことで、ショコライルの影にミルティアが隠れる形となっている。
他の人達がいるのが恥ずかしいが、アレンから言われた自分しかできない仕事をやり遂げるために、ミルティアはショコライルの胸元を掴むと、ギュッと引き寄せた。
突然のことに驚くショコライルの顔がミルティアの目の前にある。ミルティアはそのままショコライルの耳元に顔を近づけると、ショコライルしか聞こえない小さい言葉を呟いた。
その瞬間、ショコライルは周りの目など気にせずミルティアを強く抱きしめた。顔が熱を帯びているのがよく分かる。きっと真っ赤な顔をしていることだろう。その顔を見せないよう強く抱きしめると共に、ミルティアなら絶対他の者の前でやらなさそうな事を、ショコライルの見苦しい嫉妬のために頑張ってやってくれたことが嬉しくて仕方なかった。
「ミルティありがとう。」
ショコライルは愛しそうにミルティアだけに聞こえるように呟いた。
そんな2人のやり取りをアレンは横目で確認していた。
嫉妬で狂いそうになっている主のために、ミルティアに「主の嫉妬をどうか鎮めてください。」とお願いしていた。ミルティアは恥ずかしそうにしていたが、どうやら主の機嫌は戻ったどころか良くなったらしい。
何をしたのかは分からないが、ショコライルを簡単に笑顔や幸せにできるミルティアは、欠かせない存在となっていた。他の者達も、ミルティアがショコライルを落ち着かせていることは薄々感じているようであるが、見られたくないミルティアの気持ちを配慮して、皆アレンに向けている視線を逸らさないでいてくれる。
彼らにとってもまたミルティアは、自分たちが成し得ないことをできてしまう大切な存在となっていたのだった。
意図せず魔力量が1番高くなってしまったミルティアを必ず護りきってみせる。全員の意見が一致した瞬間であった。
やがて話し合いは終わり、それぞれの部屋に戻っていった。寝台に入ったがなかなか眠れないショコライルは、静かに寝台から降りると、窓から星空を眺めた。
明日向かうナンシ村で何か手掛かりが掴めるかもしれない。それともまたミルティアに危険が及ぶかもしれない。そこまで考えると、マティアの顔がまた浮かんできてしまった。嫉妬で狂いそうになりかけた時
「わたくしは、ショコライル様から離れませんので、お護りしてくださいね。」
という先程のミルティアの言葉が頭に浮かんだ。マティアに護らせず、ショコライルに護られたいというミルティアの意思表示であった。側から離れないというなら、明日はどんな風にくっついてきてくれるのか……。嫉妬が嘘みたいに消え、今では明日のミルティアの行動を考えてしまうと、嬉しさで口元が緩みきってしまう。どんな可愛い姿が見えるのか今から楽しみで仕方なかった。
「ずいぶん楽しそうですね。」
「起きていたのか……。」
幸せな気持ちから急に現実に連れ戻されるような声に、ショコライルはため息を吐いた。
「物音に敏感なものですから。」
「悪い……。」
「嘘ですよ。考え事をしていましたので私も寝付けませんでした。」
「そうか……。さっきはありがとう。」
「いいえ、主人の暴走を止めるのが家臣の役目ですから。」
「暴走って…………まぁ、そうだな。」
「でも機嫌が戻ったようで何よりです。」
「ああ……。なぁ、お前どう思う?」
「何がです?」
「失踪事件。」
「まだよくわかりません。ただ、偶然ではないと思います。」
「だよな……。明日何か掴めるといいんだが。」
「そうですね……。」
「まあ今考えても無駄か……。」
ショコライルはまたため息を一つ吐いた。今回の視察、もう2週間になるがスーピナ国のことも、作物の不作のことも何も手掛かりは掴めていなかった。焦りと苛立ちは募るが、ここで油断してはいけない。明日は一段と気を引き締めての行動が必要そうであった。
早く寝なくては明日に響きそうであるが、目を閉じるといろいろな考えが頭を駆け巡り眠れそうになかった。
困ったというように苦笑いを浮かべていると、部屋の片隅で物音がした。確認するように振り向くと、アレンがショコライルを見ながら手に何かを持っていた。
「よかったら付き合いません?」
アレンは手にワインの瓶を持っていた。
「俺は飲めないぞ?」
18歳が成人となるこの国で、ショコライルはまだ16歳のためお酒など嗜んでいない。もしかしてアレンが飲むのを見ていろというのか?怪訝そうな顔でショコライルはアレンを見ていた。
「安心してください。これ、アルコールが抜いてあるただのぶどうジュースです。ジュースといってもワインと同じ製法で作ってあるため、ジュースのように甘くなく、ぶどう本来の味が楽しめますよ。アルコールは入っていないのですがワインを飲んだような口当たりがするんです。」
「そんな物があるのか。」
ワインのようなぶどうジュースの瓶を珍しそうにショコライルは眺めていた。確かにアルコール分は0%と記載されていた。
「成人してすぐ社交界で出されるお酒の味に驚かないよう、このような物で飲み慣れるよう練習するんですよ。ショコライル様も今年で17歳になりますので、そろそろこの飲み物をお出ししていこうと思っておりました。」
アレンはそう言いながら手際よくボトルを開けると、グラスに少量注いだ。
「それに、すべての大人がお酒を嗜むわけではありません。苦手な方もいますので、そのような方が恥をかかないよう見た目がワインやシャンパンに見えるジュースが必ず用意されるんですよ。」
ショコライルの知らなかった大人の常識だった。当たり前みたいにお酒が飲めるものだと思っていたが、どうやら違うらしい。注がれたジュースは確かにどう見てもワインに見える。これならお酒を嗜めなくても、恥をかくことは確かになさそうだった。
「どうぞ一口。」
勧められるままショコライルは一口口に含んだ。今まで飲んでいたぶどうジュースとは確かに味は全く別物で、甘さがない分すっきりとしており、そしてブドウの香りも強く感じられた。
「うまいな。」
初めての味をショコライルは気に入ったようであった。アレンはショコライルの反応を確認すると、自分も続いて一口飲んだ。
「やはりこれは美味しいですね。」
「そういえばアレンはお酒を嗜むのか?」
「仕事に支障が出ますのであまり……。というかどちらかというと苦手です。どうも態度と口が悪くなるようですので、控えております。」
お酒を飲んでいない時でも、ショコライルを怖がらせるアレン自らがそう言うということは、とんでもない毒舌を吐くのであろう。成人したらアレンとお酒を飲み交わそうと思っていたが、そんなことをしたら明け方まで罵倒されそうなので、やめておこう。
だが完璧そうに見えるアレンの苦手を知ることができて、ショコライルは少し嬉しくなった。
「何笑ってるんですか?」
ショコライルの態度で馬鹿にされたと勘ぐったアレンが、少しだけ悔しそうに尋ねてきた。
「いや、成人前からこうしてお前と呑める機会ができると思わなかったんだ。また呑んでくれるか?」
ショコライルはそう言って笑いながら、グラスをアレンに傾けた。
「もちろん、いつでも付き合いますよ。」
アレンもグラスをショコライルに傾けると、微笑んでみせた。
2つのグラスは静かに重なり合うと、夜の静寂に心地よい音を響かせた。
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