第2章 サボり魔王子番犬になる②
ハミルダやショコライルなど魔力が高いものは、気付かれないよう己に幻影魔法をかけて、魔力が少なく見えるようにしていた。
ミルティアの魔力は高い方であるが、魔力量が飛び抜けているショコライル達と比べるとそんなに高いわけではないため、幻影魔法はかけなかった。ミルティアの魔力ぐらいなら街中にも数人いるため問題ないと判断した結果だったが、どうやらその判断は間違っていたらしい。
そもそも次期チースイ辺境伯であるマティアが、魔力量を読み取れるほど魔法を扱うのに長けているなど聞いていなかった。
ショコライルはハミルダに目配せをしたが、どうやらハミルダも知らなかったらしく、ゆっくり首を横に振った。
ハミルダは貴族の子息令嬢が通う王立学園の魔法学の先生である。言い換えると、リンレッド王国に住む貴族の子息令嬢は皆、ハミルダから魔法を習っているのだ。
生徒に接することで魔力量を読み取り、魔法騎士に推薦するのも彼の仕事の一つなのだ。普通なら魔力量を読み取れるだけの魔力を持っているなら、ハミルダは記憶しているはずだ。だが、ハミルダは全く記憶していなかった……いや知らなかったのだ。
王立学園は全ての貴族の子息令嬢が通うと言われているが、例外があった。それが辺境伯家だった。
辺境伯領はリンレッド王国の防衛の要であるため、何よりもその土地で戦えるだけの剣術と戦略が必要になってくる。王立学園で教える一般的な内容では、領地を護るためにはいささか不足していた。
そのため、辺境伯家を継ぐ者は辺境伯領で剣術や戦略、近隣諸国のことを学べば、王立学園に通わずとも最低限の単位が取れる特別な措置が施されているため、領地で習得できない社交界のことや人脈作りのために、短期間だけ在学する者が多かった。
例にも漏れずマティアは王立学園には1年生の時しか在籍せず、学園で学ぶことが免除されるものの中に魔法学も含まれていたため、ハミルダは彼の魔力を知る由がなかったのだ。
「何故そうだと言えるのですか?」
ハミルダは答えが分かりきっていたが、念のため尋ねてみた。
「この地の者は剣術に長けていると思われているかもしれません。幼少期より剣術を習うなど、ここで生活する以上必要最低限のこととして皆習っていきます。ここは有事の際、国から応援が来るまではこの地の者でここを護りますから。剣術を磨くために、魔術はさほど重きを置いていないと見られているかもしれません。実際に剣術を得意とし、魔術はあまりという者が多いです。歴代の領主もそうです……。ですが、私は産まれながら高い魔力を持っていました。その事実を知ってから、私はこの力をこの地で活かすため、我が騎士団の魔法騎士に様々なことを習いました。そのお陰で魔力を読み取ることができるようになったのです。」
なるほど……誰か他の者がマティアに伝えたと思っていたが、どうやらマティア本人が読み取っているようであった。
ショコライルもハミルダも魔法騎士以外で辺境伯の人間が、高度魔法を使えるとは思ってもみなかった。
この地は前線になる機会も多いため、領主は特に剣術が優れ魔法を使わず戦うのが常だったため、魔法騎士にさえ接触しなければ魔力を読み取られることもないと判断していた。
現在ショコライルやアレン、ハミルダ、アニス、魔法騎士達は幻影魔法で魔力を人並みになるよう隠している。偽りの姿で活動する時にはそれが常であったため、いつも通りやっただけであるがその結果、ミルティアがこの視察団で1番上の魔力量となってしまっていた。何故ミルティアぐらいの魔力にしなかったのか、ミルティアの魔力を隠さなかったのか、悔やむことが多すぎてショコライルは自然と手に力を込めてしまっていた。
だが魔力量が高いから何があると言うのか。ショコライルは自らマティアに問いただしたかったが、今はただの見習いのチョコである。でしゃばることはできないことももどかしかった。その気持ちを押し殺すかのように、ハミルダが探りを入れることを信じてただ見つめることしかできなかった。
「魔力量が高いと言って何か問題があるのですか?」
ショコライルの意図を汲むようにハミルダが核心をつく。マティアはその問いかけが来ることは想定済みのため驚きはしなかったが、何故か少しだけ顔を曇らせて言いにくそうにしていた。ここ数日彼と接してみて皆分かっていたことであるが、マティアはどんな時でも顔を崩さず、常に穏やかな顔を保ちつつ威厳を兼ね備えた、まさに次期当主として相応しい振る舞い方をしていた。
そんなマティアが少しだけ表情を崩した。その態度が示す意味を逃さぬよう、皆マティアが紡ぐ言葉に耳を澄ますのだった。
「大いにあります。」
マティアはそこで一度言葉を詰まらせてしまった。その瞳は不安を表すかのように揺れており、マティアがこの段階でも話すべきか迷っていることが伝わってきた。だがすぐに真っ直ぐハミルダの目を、力強く見つめた。先程までの不安で揺れ動いていた瞳はそこにはもうない。覚悟と決意を込めた力強い瞳だった。
マティアは意を決したように言葉を紡いだ。
「先程お伝えしたように、明日向かうナンシ村で一時行方不明となった若者全てに共通したのが、魔力量が一般的よりも高いということでした。その他に共通点はなく、後に話を聞くと行方知れずの間の記憶がないということでした。記憶が無くなった場所もバラバラで手がかりが掴めておりません。分かっていることは、彼らは自分の意思に反して行方知れずとなったことです。もしこの事件に邪な力が働いていた場合、魔力量が高いリリさんが危険ということが言えます。」
「なるほど……。つまり魔力量が高いあなたが行くことで、リリさんよりもまずあなたに狙いがいくようにと考えたということですか?」
「そういうことです。さすが陛下から派遣されたお方達ですね。農業の専門家であるのに瞬時に理解してくださる。魔法を心得られているのですか?」
鋭い指摘に一瞬場の空気が固まった気がした。だがそこは数々の魔法騎士への誘いを断り、肝が据わっているハミルダである。何も起きていないように微笑みを浮かべ、まるで余裕すら感じられる態度であった。
「心得という程のものは……。ただ友人に魔法が詳しい者がおりまして、いろいろ話を聞くものですから少しだけ詳しいのかもしれせんね。」
王国一の魔導士はつらつらと嘘を吐く。嘘というよりは、自分自身のことを客観的に答えたという表現の方が正しいのかもしれない。
マティアはハミルダの言葉に何の疑いも抱いていないようであった。
「そうですか。」と軽く呟くと、ミルティアの顔を見て優しく微笑みかけた。
微笑みの意味が分からないミルティアは、ただ不思議そうな顔をしているだけだったが、急にマティアがミルティアの前で軽く一礼するためさらに訳がわからなくなっていた。
「リリちゃん、あなたのことは必ず私が護ります。」
突然のことに頭が追いつかないミルティアは
「あっ……ありがとうございます。」
と簡単に答えることしかできなかった。
いつも通りの完璧な笑顔に振る舞い。側から見れば次期辺境伯としての社交辞令のようにも見える。
だがショコライルは気づいてしまった……。次期辺境伯として完璧な振る舞いをしているマティアの頬が少しだけ赤くなっていることを……。
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