第1章 サボり魔王子の小さな嫉妬⑤
「ショコライル様?」
顔を上げようとすると、すぐに力強く抑えられてしまうため、ミルティアは動くのをやめて声を掛けた。
「ごめん……。今たぶんすごく情け無い顔をしているからこのままいて。」
なんとも弱々しい声で、少し照れ隠しのような話し方。ミルティアはその言葉を聞くとじっとするのではなく、行動に移すことにした。
ミルティアを傷つけたくないショコライルは、力強いと言っても力の加減はしているため、ミルティアが精一杯の力を込めると抜け出すことができた。
ショコライルは素早い動きで顔を背けたが、ミルティアはその顔を両手で挟むとぐっと自分の方に向かせた。
ショコライルはやはり恥ずかしいのか、ミルティアと一瞬目が合うとすぐに逸らしてしまった。赤い耳と動揺して揺らぐ瞳が、いつも隙がなく堂々としているショコライルとはかけ離れており、ショコライルが誰にも見せない姿を見せてくれている気がしてきた。ショコライルが王太子としての姿ではない、ただのショコライルとしての姿を晒せる場所になりたいと願ってしまっていた。
「ショコライル様、わたくしにはどんな姿も隠さないでください。ありのままのショコライル様でいられる存在になりたいのです。」
「ありがとうミルティア。君の前では、今も昔もただのショコライルだよ。何者でもない自然体でいられる場所が、ミルティアの側なんだ。」
ショコライルは今度は照れ隠しではなく、愛おしいという気持ちを伝えるために抱きしめた。ミルティアの前では、どんな鎧も脱ぎ捨てられる。いつも疑心暗鬼で王太子の仮面を被っていたショコライルにとって、ミルティアと再会してからは、ミルティアとの時間が心休まる時間となっていた。
ミルティアの前では我慢せず、思ったことはすぐ口に出して伝えていた。ミルティアは毎回恥ずかしそうにしているが、甘い囁きもその一つだ。口に出して伝えることで、彼女が恥ずかしそうにしたり、嬉しそうにしたりする表情の変化を見るのが、たまらなく可愛くて幸せだった。
今もこの胸の中には、ミルティアに対する感情で溢れている。ほとんどが愛情なのだが、少しだけドロドロとした感情も今は混ざっている。心の奥深くに隠してしまっておきたいこの感情であるが、ミルティアは隠さないでくれと言ってくれた。
伝えてもいいのだろうか?引かれないだろうか?様々な感情が入り乱れていたが、ミルティアを信じて、今にも溢れ出しそうなこのドロドロとした気持ちを伝えることにした。
「ありのままの俺は、ミルティアに対する気持ちで溢れているよ……。だからこそ、あいつの言った一言が悔しくて……。」
「ショコライル様?」
あいつというのは、マティアのことだろう。どの言葉か分からないが、ショコライルが無意識に手に力を込めたことで、よほどショコライルにとって気に入らない何かが起きたことは予想がついた。
「リリちゃんって……あいつはそう呼んだんだ。」
確かに呼んだ。だがそれの何がいけなかったのか、ミルティアはわからなかった。
「みんなリリやリリさんなのに、あいつは許可なく誰も呼んでいない名で呼んだんだ。」
確かに呼ばれた。特段気にもとめていないし、名前にちゃん付けなどよくありそうであるが、ショコライルはどうやら気に食わなかったらしい。これからはやめてもらおうと伝えるべきか……そんなことまで考えてしまった。
「あいつだけが特別な名で呼んでるみたいで気に入らない……。リリもミルティアも俺のなんだ……。」
そこまで呟くとショコライルはハッとしてから、すぐに気まずそうな顔をしてミルティアに苦笑いを浮かべた。
「ごめん……。醜い嫉妬だね……こんなことですら許せないなんて、心が狭すぎる……。」
「謝らないでください。その……嬉しいです。」
「嫌ではないの?」
「ショコライル様にそんなに想っていただいているのだと思うと、嬉しくて。嫌だなんて絶対に感じません。」
嬉しそうに微笑むその顔が可愛くて、ショコライルはもう一度優しく抱きしめるとミルティアの耳元で願望を口にした。
「ミルティア……、ミルティアがもしよければなんだけど……ミルティと呼んでもいい?」
「もちろんです。」
ショコライルからの特別な呼び方が嬉しくて、ミルティアは溢れるような笑顔でこたえた。幸せそうなその顔に、先程まで嫉妬で入り乱れていた心は消え去り、温かい幸せで満ち溢れていた。自分の言葉で彼女がこんなにも幸せそうな顔をしてくれることが、嬉しくて仕方ない。ミルティアと一緒にいると、いつも幸せな気持ちになる。ショコライルにとってミルティアは手放すことができない、かけがえのない大切な人なのだ。
「ミルティ……。」
ショコライルはもう一度、自分だけの特別な呼び名を確かめるように、呼びかけた。
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「解決できましたか?」
見計らったかのように、落ち着いたタイミングで声をかけてきたのはアニス。その横にはアレン、エディルダ、ハミルダが揃っており、どうやらショコライルが嫉妬で狂っていた時に、今後の作戦会議でもしていてくれたらしい。
先程まで落ち込んでいたミルティアのことが気になっていたアニスだったが、ベッドの上で溶けそうになっているミルティアを見れば、誤解が解け、幸せな時間を過ごせたことが窺えた。
アニスはホッと胸を撫で下ろしたが、どうやら他の者達はそうではなかったらしい。状況を確認すると、ショコライルを軽蔑するような目で蔑んでいた。
「ショコライル君、流石に任務中は……」
「我慢できないんですか……」
「俺ら隣にいますよ!」
三者三様言いたい放題だが、言っている内容はどれも同じであった。彼らの話す内容から自分達が今、寝台の上に座っているこの状況が誤解を与えたことは容易に想像ついた。
「ちっ違う……これは誤解だ!」
必死に言い訳をするショコライルがなんとも情けない。横にいるミルティアは、彼らの話す内容を理解したらしく、顔を真っ赤にさせて手で顔を覆ってしまっていた。
「違うんです。その……わたくしがお誘いしてしまって……。」
「ミルティア?ものすごく誤解される言い方だよ。」
ショコライルの名誉のためにも、自分で寝台の隣に座る事を許したことを伝えたつもりだったが、動揺し簡潔に述べようと思った結果、言葉が不十分すぎるためにさらなる誤解を生む結果となってしまっていた。
慌てるショコライルに、ミルティアの言葉で空いた口が塞がらない男達……。
アニスはとんでもない勘違いのせいで、修羅場と化したこの場所を何から整理したらいいのか、1人で悩みながら深いため息を吐いた。
アニスのお陰もあり、全員ようやく落ち着きを取り戻し、部屋に静寂が訪れた。
無駄に一連のやり取りに疲れ切った面々は、明日からの行動確認や連絡事項、マティアへの対応などを打ち合わせてから、それぞれの部屋に戻って行った。
作物の不作の原因、スーピナ国の動向などこれからの調査で何が起こるかわからない。危ないこともあるかもしれないし、身元が気付かれてもいけない。様々な注意を必要とするこの視察を、それぞれがやるべきことを思い描きながら眠りにつき、長い1日が終わりを迎えた。
夜の闇は、まるで彼らの不安な心を映し出すかのようであった……。
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明日からは第2章を更新していきます。
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