第1章 サボり魔王子の小さな嫉妬④
とりあえずハミルダがあの場は鎮めてくれたおかげで、ようやくミルティア達は用意された部屋に向かうことができた。
部屋に辿り着くとどっと疲れがミルティアに押し寄せた。
特に先程のマティアの件である。彼の対応にも困ったが、何よりこの部屋に行くまでの道中、ショコライルが一言も話してくれなかった。怒っているとは思う。でもやはり寂しかった。
ミルティアはショコライルのことを考えてばかりいるせいで、荷物の整理に手がつけられずにいた。
同室のアニスはそのことにいち早く気づくと、物凄いスピードで自分とミルティアの荷物をあっという間に整理してしまった。
「ありがとう、ごめんなさいアニス。」
「お気になさらず。少しお疲れですよね?お休みされますか?」
「もう少し起きてるわ。」
こんな気持ちのまま眠れるはずがない。ミルティアはどこか遠くを見るような目をしていた。
ミルティアのその表情を見てられないと思ったアニスは、この顔にさせた張本人を呼び出すことにした。
目を閉じてショコライルの魔力を探る。ほどなくして見つけると、アニスはショコライルに語りかけた。すぐに返事がきたため、アニスは窓側に移動しバルコニーに続く窓を開けた。
「ミルティア様、少しばかり席を外します。その代わりこの方を置いておきますので、お好きにしてください。」
「えっ?アニス!」
ミルティアの制止を聞かず、アニスはバルコニーに続く窓から部屋を出てしまった。
代わりに部屋にはショコライルがいた。どうやらアニスに呼ばれてバルコニーからこちらの部屋に来たらしい。ショコライルはミルティア達と隣同士の部屋を割り当てられており、バルコニーは繋がっているため、バルコニーから自由に行き来できるようであった。
ミルティアは気まずく、何を話していいか分からなかった。静寂に包まれる部屋の沈黙を破ったのは、ショコライルであった。
「側にいってもいい?」
部下の人達と話すようなはっきりと力強い声ではなく、少し弱々しい声。このような姿は自分しか知らないと思えると、こんな雰囲気で不謹慎だとは思うが、少しだけ可愛らしく思えてしまった。
「どうぞ。」
ミルティアから許可をもらえて、少し嬉しそうに近づいてくると、そのままミルティアの横に腰を下ろした。
そこにきてようやくミルティアは気づいた。今ミルティアが座っているのは、寝台の上だったことを。そして何故ショコライルがわざわざミルティアの側に来ることを確認したのか、その理由もわかった。
ベランダ付近には小さな机と2脚の椅子がある。その椅子に座るべきか、ミルティアがいる寝台まで近づいていいのか、その確認をしていたのだ。
ショコライルのことを可愛いとしか思っておらず、その意図を理解できなかった自分は、なんて間抜けなのだろう……。これではまるでショコライルを誘っているみたいではないか。ミルティアはあらぬ考えをおこしてしまい、1人で慌てふためいていた。
「ミルティア……。」
そんなミルティアの考えなど知らないショコライルは、百面相のようにころころ顔が変わるミルティアを心配そうな顔で見つめながら、手を握った。
ショコライルは隙あらばミルティアに触れてくる。もちろん恥ずかしさはまだあるが、ショコライルに触れられることに安心感を抱くことも事実である。最近は恥ずかしさより安心感の方がミルティアの心を占める割合が多いため、ミルティアはショコライルが触れてくれる時間が、1番安らげる時間となっていた。
「さっきは嫌な態度をとってごめん。ミルティアは何も悪くないんだ……。俺の気持ちの問題で……。」
「気持ちの問題?」
「……ごめん。ミルティアにあいつが触れたことも、口説いたことも……許せなかった。ミルティアは俺のだとはっきり言ってあの手を叩きたかったのに、それすら今はできない自分が情けなくて……。ミルティアの気持ちを疑ってるわけではないし、俺のそばから急にいなくなるなんて思ってない。だけど、ここにいる間俺はただのミルティアの同僚で、あいつがミルティアと話してくるのを、ただ黙って見ていなくてはいけないんだと思ったら無性に腹が立って……。」
「それで何もお話ししてくれなかったのですか?」
ショコライルの態度は、ミルティアに対して怒っていたわけではなかった。ミルティアに興味がある素振りをするマティアと、それに対してはっきりと何もできない自分自身に対して苛立ちと焦りを感じているようであった。
「ごめん。言葉に少しでも出してしまったら、周りの目など関係なしに感情を爆発させてしまいそうで……。だから冷静になるためにいろいろ考えてた。」
話したくなかったのではなく、話すことでショコライルの心の内に留めていた感情が溢れてしまうため遠慮していたのだ。
「それに……。俺のかけた魔法は逆効果だったかもしれない……。」
ミルティアはその言葉に反応するように立ち上がると、鏡の前まで移動した。自分の姿をまだ見ていなかったのだ。ショコライルがどんな変装をかけてくれたのか、鏡の中にいる自分を見て、思わず立ちすくしてしまった。
鏡の中には、確かにミルティアがいた。だが見た目があまりにも違っていた。もちろん顔も服装も同じである。違うのは髪だけなのに、髪が違うだけで別人のように感じた。
ミルティアの髪色はいつもの栗色から、柔らかいピンク色に、髪の長さも、肩より少し上のふんわりカールがかかった短さになっていた。
鏡に映る人物が本当に自分なのか確認するように、ミルティアは髪を触ってみた。ミルティアと同じように動く鏡の中の人物、同じタイミングで触れる髪……間違いなくミルティア本人であった。
普段のミルティアを知る人物でも、すぐには気づかないだろう。それぐらい完璧な変装なのに何がいけなかったのか……。どうも不満そうなショコライルのことが気になっていた。
「そんなに似合っていませんか?」
短い髪など今まで記憶がない。だが髪色も髪型もそんなに悪くないと、ミルティア自身思っていた。
「違うよ、その逆。普段のミルティアももちろん可愛いんだけど、この姿も可愛くて……。ミルティアの魅力を消すはずが全然消えなくて、そのせいであの男が興味を持ったと思ったら、自分自身許せなくて。男にでも姿を変えればよかったのかな……。」
少しだけ悔しそうに呟くショコライル。ミルティアが男性の動きをするなど無理な話であるのに、このままあの姿でいてまたマティアに口説かれると思ったら、男性の姿に変えることや、このまま部屋にでも閉じ込めたくなってしまった。
流石にそんなことをしたらミルティアに嫌われる気がするのでやらないが、気持ちが伝わってから益々膨らむ独占欲を抑えることができなかった。
「ショコライル様、わたくしは何があってもショコライル様以外の方に気持ちが向くことはありませんよ?」
ミルティアの気持ちを理解しているはずなのに、不安がるショコライルを安心させるためには、きちんと伝えるしかない。何度だって安心してくれるなら、いくらでも伝える覚悟であった。
ミルティアはショコライルに伝わるよう、しっかりと目を逸らさず、ショコライルの心に届くように丁寧に話した。
ショコライルもまたミルティアから目を逸らさずにいてくれる。何も言ってこないが、その行動からショコライルに伝わったと思えたミルティアは、優しく微笑んだ。
その瞬間、ミルティアの視界は急に暗くなった。
停電かとおもったがすぐに違うことに気がついた。停電なら真っ暗なはずである。だがよく見ると、視界は暗くなったが真っ暗ではなく、目の前は暗い青色だった。
その色と温かさ、力強さでミルティアは視界が暗くなった原因を理解した。
ミルティアはショコライルに抱きしめられていた。まるでショコライルの顔を見せないように、強く顔をショコライルの胸元に押し当てられていた……。
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