第1章 サボり魔王子の小さな嫉妬③
「ああ、来ましたか。」
転移魔法で移動するとすぐに、ハミルダに声をかけられた。ハミルダの前には大柄で逞しい男性と、長身で爽やかな微笑みを浮かべる青年が立っていた。
ハミルダが手招きするため、2人は近付くことにした。もう王城ではない。ここからは偽りの姿に徹しなくてはいけない。覚悟を決めるように一歩一歩踏みしめるようにゆっくり進んだ。
「彼はチョコ、そして彼女はリリです。彼らはまだ見習いのため、分からないことも多いです。何か質問がある際は彼ら以外でお願いします。」
ハミルダは目の前にいる2人にショコライルとミルティアを紹介しながら、なるべく関わらないように牽制してくれた。紹介され、淑女の礼をしようとしたのをぐっと我慢し、ショコライルに続いてお辞儀をした。
「チョコです。まだ学生のため、勉強の一環としてきました。よろしくお願いします。」
「同じくリリです。よろしくお願いします。」
「以上が今回国王陛下の命で来た視察団です。こちらに陛下より預かりました書簡もございます、ご確認ください。」
「わざわざ遠いところありがとうございます。確かに国王陛下からの書簡確認致しました。……あぁお二人には紹介がまだでしたね。私はこの地の領主である、ノバク・チースイです。こちらは私の息子のマティアです。将来家督を継ぐための勉強の一環として、見学することもあるかとは思います。よろしくお願いします。」
チースイ領はスーピナ国に隣接し、リンレッド王国にとっては防衛の要とも言われる領地である。そのような常に危険と隣り合わせのような場所の領主なら、もっと荒々しい人なのかと想像していたが、見た目こそ違うが、非常に穏やかな話し方の人であった。
ショコライルとミルティアは再びお辞儀をし、2人の自己紹介に応えたが、そこでミルティアはある視線に気がついた。何も言わないが、ノバクがやたらとミルティアを見ているのである。
声をかけるべきか迷っていたミルティアだったが、どうやらハミルダもそのことに気がついたようで、恐る恐る尋ねてくれた。
「あの……何か彼女に御用ですか?」
「ああ、これは失礼した。いや、私の知り合いに少し似てましてね。」
「お知り合いですか?」
「ええ……。実は今回、このお話を陛下に相談してくれたのは、私の古くからの友人でして……。ご存知ですか?リリアージュ男爵を?」
ミルティアの父親の名前を急に呼ばれ、ミルティアは驚きで声が出そうになるのをグッと我慢した。もう気付かれてしまったのか……沢山用意したことが全て無駄になってしまうことへの恐怖にミルティアは駆られていた。
「申し訳ございません。貴族社会には疎い者で……。」
ハミルダは何ともないように平然としながら、嘘を並べていった。ここで1番大切なのは偽ること。嘘を言うことに心苦しいなど言ってられないのである。
ハミルダの態度にミルティアは自分を鼓舞すると、真っ直ぐ前を見て微笑んで見せた。動揺しているのを悟られないよう必死の笑顔であった。
「そうですか……。いや、彼の奥方に彼女の目元が似ている気がしたのです。娘が1人いると聞いていたのですが……こんな場所にはいないですよね。すみません、人違いでしたね。」
ミルティアは笑顔を続けていたが、内心穏やかではなかった。まさか母親であるララと目元が似ていることを指摘されるとは思っていなかった。おへその前で合わせた両手は、緊張で酷く汗ばんでしまっている。早くこの会話を終わらせてほしい……墓穴を掘る前になんとかしたい……その考えしか頭に浮かばなかった。
「娘さんをご存知なのですか?」
ミルティアの願いは無惨にも打ち砕かれた。何故かハミルダはミルティアのことを聞きだしたのだ。本人がいる前で、話をさせるなど何を考えているのか……。とにかく何も話さずただ微笑むだけに徹することにした。
「直接お会いしたことは幼い頃に一度だけ。可愛らしい顔で母親似だったと記憶しています。そういえば髪色はあなたとは違いますね。すみません、他人の空似でしたね。」
ミルティアはそこで、ショコライルに魔法によって髪色を変えられていることにようやく気が付いた。鏡がないため何色なのか分からないが、あの時ショコライルに魔法をかけてもらえて良かったと心の底から思った。
「確か今16歳だったはず。奥方に似ているならさぞ美しく成長したでしょうね。」
「随分お詳しいんですね?」
ハミルダは話をまだ終わらそうとしない。どうやらミルティアに対しての探りを入れているようであった。
「はは……いや、息子の妻にどうかとずっと考えているんですよ。なかなかリリアージュ男爵が了承してくれないので、実現していませんが。」
「はぁ?!」
誰にも聞こえないような小さな声で、ショコライルは怒りに任せるように呟いた。流石に今ここで態度にはっきりと出してしまうと、今までの準備が全て水の泡になるため、ただ静かに両手を固く握りしめることしかしないが、その目ははっきりと婿候補として浮上してきたマティアを見つめていた。
「父上、顔も知らない方との婚約はできないと言っているではありませんか。」
どうやら当事者である息子は、あまり乗り気ではないようなので、ショコライルは少しだけ安堵した。いくら心が繋がったとはいえライバルは減るに越したことはない。
「だが今度のお茶会で会ったら、お前なら気にいると思うぞ?それからでもいいだろう?」
お茶会とは?ミルティアも参加するお茶会の予定など聞いたことはない。ショコライルなら何か知っているのではないかと思い横目で見ると、少しだけ唇を噛み締めるような表情のショコライルが目に入ってきた。どうやら何か心当たりがあるらしい。ミルティアは後で確認することにした。
それよりも早くこの会話を終わらせてほしい。ミルティアの知らない話ばかりで、頭が追いつかない。辺境伯との縁談など聞いたことはないし、寝耳に水である。
そういえば以前、ショコライルが縁談話をバーナードに頼んで断ってもらっていることを聞いたが、彼がそのうちの被害者の1人であることはわかった。
だがもともとマティアも乗り気でない縁談であるため、上手くいかなかった可能性の方が高い。
「会えたら会います。ですがそれ以上は期待しないでください。それよりも私はこの地を愛し、土いじりも厭わない方が来てくださると嬉しいのです。」
領地を愛するなどなんと素晴らしい人……きっと素敵な領主になれるとミルティアは思いながら、マティアを見つめて微笑んだ。それは表情や感情を見せないための社交辞令のつもりだった……だがどうやら別の捉われ方をしてしまったらしい。
「あなたのような女性は素敵ですね。歳も近いですし、いろいろ滞在中にお話できると嬉しいです。」
マティアはそう言うとミルティアの目の前に片手を出して握手を求めてきた。流石に断ることはできずミルティアが手を差し出すと、マティアはさらに片手を出してミルティアの手を両手で包んだ。
急なことに対処できず、ただ固まってしまっていた。ショコライルに助けを求めたいが、恋人であることは秘密だし、何よりショコライルが今どんな顔をしているのか、恐ろしくて見えなかった。
「あの……。」
「リリちゃんとお呼びしてもいいですか?」
何故こうなった?ただ微笑んだだけなのに……。悪い人ではないと思うのだけれど、これに関してはいただけない。だがはっきりと伝えられないのも事実だ。
「お好きなように……。」
ミルティアは精一杯の返事をすると、すぐに手を引っ込めて一礼をし、後ろに下がった。ショコライルはそれに続くように一礼をするとミルティアを追いかけた。
「いやいや、息子に春がきたのかな。」
「彼女は大切な研究員ですので。」
楽しそうに笑うノバクと必死に牽制するハミルダ。
気まずそうに俯くミルティアと、ただ静かにマティアを睨みつけているショコライル。
予想外のトラブルと、ミルティアの更なる警護に、ショコライルの暴走の抑制……本来の仕事以上に大変な仕事が増えたことを皆嫌と言うほど理解した。
そして、ショコライルのミルティアに施した変装でも、彼女の内面までは隠せなかったことに皆、気づいていった。
お読みいただきありがとうございます。
第1章④は明日の11時に更新予定です。
引き続きよろしくお願い致します。




