第1章 サボり魔王子の小さな嫉妬②
「準備はできたか?」
「はい。お待たせしました。」
皆が寝静まり、賑やかな王城も静寂に包まれているこの時間に、ショコライル達はチースイ領に向けて旅立つ。
チースイ領の農作物の不作は、まだ公にしたくないという理由で内密に調査するため、転移魔法陣で視察団が向かうことは、エクラよりチースイ辺境伯に事前に伝えられている。秘密の魔法陣を使って移動するため、人目につかないこの時間を狙って移動することになっていた。
静かな廊下をなるべく足音を立てず進んでいく一行。魔法陣がある場所はショコライルしか知らないため、ショコライルを先頭に歩みを進めた。
暗闇でどこを歩いているかミルティアには想像できないが、ただの壁のような場所にショコライルが手をかざすと、壁の一画が扉のように動き、地下へ繋がる階段が現れた時は流石に驚いた。
誰もいないことを確認し、全員がその秘密の階段を降りると、またショコライルが手を翳し、壁は元の位置に戻って行った。
薄暗い廊下を進むと行き止まりになってしまった。ショコライルはそれに慌てることはなく、先程のように壁に手をかざすと、また壁が動き、行き止まりだと思っていた廊下の先に部屋が現れた。
真っ暗な空間をまずは研究員の格好に変装したアレンとエディルダが、服の中に隠していた短剣を構え様子を確認する。暗闇で見えにくいため、アレンは剣に炎を纏わせて、まるで松明のようにしながら、部屋の隅々を確認する。
「異常はありません。だが暗いですね……。」
部屋の確認を終えたアレンとエディルダは、部屋に灯りがないのを不思議がっていた。
「問題ない。」
ショコライルが部屋に一歩足を踏み入れると、どれだけ確認してもなかった灯りが現れ、部屋を明るく照らした。
「これはまたすごいですね。」
ハミルダは感嘆の声をあげた。
「私も父に聞くまで知りませんでした。王族のみに反応するようです。」
言われてみれば、この地下の廊下は最初から灯りがついていた。なんの疑問もあの時は持たなかったが、長年使われていない場所に灯りが灯るなど、普通はおかしい。ショコライルが先頭だったと考えると辻褄が合った。
ショコライルが真っ直ぐ部屋の中央まで進むと、何もなかった床に魔法陣が浮かび上がった。間違いなく転移魔法の魔法陣であった。魔法陣を出現させるには王族の魔力が必要というところが使われている転移魔法の魔法陣と異なるが、一度浮かび上がらせれば使い方は同じであった。
「国王陛下は私達を信頼し、この場所を教えてくれた。陛下の信頼を裏切るな。この場で見たことは他言無用。どこかで話すことは国家反逆と見做されることを忘れるな!」
普段の穏やかな顔や話し方とは違う、凛々しい顔つきと力強い言葉に、その場にいる全員がただ息を呑んでショコライルの言葉を聞いていた。
これが本来の王太子としてのショコライルの姿なのだ……ミルティアは少しだけ別人に見えてしまうショコライルを、ただ静かに見つめることしかできなかった。
「それから……この先はスーピナに近い。何があるか分からない。くれぐれも無理はするな。誰も怪我をせず帰ることが1番の目的であることを忘れないでくれ。」
危険なことは承知している。だが誰も傷ついてほしくない。ショコライルの部下を大切に思う気持ちが溢れているような、そんな穏やかな話し方だった。
厳しいショコライルも、穏やかな優しいショコライルも、どちらかが偽物でどちらかが本物などではない。王太子として厳しい面も優しい面も持ち合わせるのが、ショコライルなのだとミルティアは1人で納得していた。
「ここからはみんな研究員だ。ハミルダ先生……いや、ミイダ先生が研究長、アレンが副研究長のカヌアだ。他はただの研究員だ。もちろん私も。言葉遣い、態度も気をつけてくれ。」
今ここにいる者は全員変装し、偽名で行動することが決まっている。ショコライルは全員の顔を一人一人見ながら、思い思いに変装した姿と名前を間違えないよう確認していった。
「アニス……。」
「何でしょうか?」
ショコライルが見つめる先にいる人物を確認し、アニスは何となく何を言われるのか予想はついていた。
「これで限界か?」
「申し訳ございません。試行錯誤したのですが……これが私の限界でした。」
やはりそういうことか……アニスの予想は当たっていた。これでも頑張ったほうなのだが、やはり力が及ばなかった。
ショコライルの見つめる先にいる人物……ミルティアは、何のことかわからずにいた。ただ一つわかったことは、ショコライルが酷くため息をついたことだった。
「ミルティア。」
ショコライルは手招きをしながら、こちらに来るように呼び寄せた。ミルティアは駆け足でショコライルの元まで急いだ。
「いかがなさいましたか?」
自分の元に駆け寄り、小柄なミルティアは上目遣いで見上げてくる。その姿が小動物のようで思わず抱きしめたくなる。だが、先程自分で部下達を鼓舞したばかりである。流石に抱きついたら自分の面子が保てなくなりそうなので、グッと控えると、ミルティアの頭に優しく手を置いた。
「アニスと頑張ったことはわかるんだけど……貴族令嬢だとまだ見えてしまうね……。少しだけ変えてもいい?」
頑張って庶民の娘になろうとしているのはわかる。だが、服装はごまかせても、立ち振る舞いで気づかれてしまいそうだ。淑女教育をしっかりと受けてきたミルティアに、立ち振る舞いを変えろというのは難しい。ファラフィラ村のように庶民と接するなら、これほど念入りにしなくてもいいだろう。だか今度の相手は辺境伯。今後社交界や茶会で顔を合わすことを考える、貴族令嬢だと気づかれたとしても、ミルティアと気付かれないよう少しでも変える必要があった。
「お願いします?」
いまいち要領を掴めてないミルティアは、これから何をされるのか想像できずにいた。
「うん、じゃあこれで!」
ショコライルはミルティアの髪に触れた。ただそれだけだった。少なくともミルティアがわかる範囲でなにか変わったところはない。
不思議に思ったが、周りの視線からどうやらどこかは変わったらしい。
「ミルティア……君は本当にどうしたらいいんだ……。」
ショコライルは我慢していたはずなのに、ミルティアを抱きしめてしまった。少し見た目を変えただけ、ミルティアと気付かれにくくしたはずなのに、どうしても可愛くなってしまい、我慢できずに抱きしめてしまった。
どうやら周りもそう思っていたようで、皆言葉には出さなかったが「これはこれで可愛くしすぎでは?」と思ってしまっていた。言葉に出さなかったのは、ショコライルに睨まれたくなかったから。
ショコライルが、我慢できずに抱きついた衝動を理解できるため、誰も何も言わずそのままショコライルの好きにさせていたが、どうやらミルティアは限界だったようで
「もう、皆さん困らせてますよ!」
そう少し膨れながら、照れ隠しをするように怒っていた。
ようやく落ち着いたショコライルに、アレンは呆れ気味に声をかけた。
「そろそろいきますよ!」
緩みきった主を正すと、まずは先陣としてアレンとハミルダが移動していった。暫く2人が戻ってこないため、安全と判断すると次々に皆が移動していく。ショコライルとミルティアだけが部屋に残ってしまった。
「では、リリ行きますよ。」
「お願いします、チョコさん。」
ショコライルはミルティアに手を差し出すと、ミルティアはその手に自分の手を重ねた。その瞬間ショコライルはミルティアの手を自分の方に引き寄せて、強く強く抱きしめた。
「必ず護る。だから側から離れないで。」
懇願するような絞り出すような声に、ショコライルの気持ちの全てが込められているようであった。ミルティアはただ静かに頷いて、ショコライルの背中に腕を回した。暫く2人っきりで抱き合うと、ショコライルは覚悟を決めたようにミルティアの額に口付けを落とした後離れると、魔法陣を発動させてチースイ領へ転移していった。
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第1章③は明日の11時に更新予定です。
引き続きよろしくお願い致します。




