第2章 サボり魔王子困惑する②
ミルティアとアレンがいなくなった後、どう執務室に戻ったか思い出せないが、ショコライルは執務室の椅子に腰掛けて応接間でのことを思い出していた。
ミルティアに再会してからどうも調子がよくない……そんなことを考えていたら思いっきり机を叩く音に気がついた。ショコライルが慌てて顔を上げると、それはそれは恐ろしい笑顔をたたえたアレンが右手を机に叩きつけてショコライルを見下ろしていた。
「どっどうした。」
あまりの迫力にショコライルは狼狽えた。これではどちらが主人かわからない。
「何度もお呼びしたのに気付いてくれないのでこうしました。本当今日は朝からポンコツすぎます。」
「ポンコツってお前!誰に向かって……」
「誰にって分かりませんか?初恋を拗らせて、久しぶりの再会に見惚れてしまい上の空のあなたです。」
「見惚れるとは……」
「違いますか?あれはどう見てもそうですけど!!」
痛いところを突かれてショコライルは言葉が続かなかった。アレンに言われた通り、久しぶりに会ったミルティアはとても綺麗で思わず見惚れてしまい言葉に詰まってしまったのだ。
「お前、主人に対してすごい態度だな?」
「当たり前です!それにいいではないですか?どうせこの部屋にあなたは防音魔法をかけているでしょう?聞かれることはありません。」
執務室では聞かれたくない会話もあるため、ショコライルはアレンと2人っきりで話しをする時はよく、自ら執務室に防音魔法をかけていた。防音魔法は中の声は聞かれないが外からの声は聞こえるため、聴かれたくない会話をする時には適していた。
そのためアレンがいくら主人に対して相応しくない態度をとっていても気にしていなかったのだ。
「それよりも、あなたこのままではかなりよくない方向にいきますよ。」
「どういうことだ?」
「サボり魔王子が逆効果となっているということです。」
「そうなのか?」
アレンはショコライルに先程ミルティアから言われたことを伝えた。
話を聞きながらショコライルがどんどん小さくなっていくことがアレンにはわかった。
「ですから、あなたの行動すべてがミルティアさんには逆効果となっております。」
「……。」
「むしろ……かなり傷付けております。」
ショコライルは先程までの威勢が消え、落ち込んでいた。ミルティアのために行動してたことがすべて裏目に出ていた。しかも傷付けるという1番やりたくなかったことまで自らが行なっていたなど考えたことすらなかった。
「のんびり4年もこんなことしているからです。陛下に感謝するべきです。このことを気付かずに今まで通り過ごしていたら、取り返しのつかないことになっておりました。」
「……そうだな。」
「ほら落ち込んでる暇はありません。これからは態度で示してください。」
「態度って……。」
「とりあえずミルティアさんの授業は受けてください。」
「さすがに……急に態度を変えるなど……。」
「まだ隠すのですか?」
「まだ言えない……。」
ショコライルは悔しそうな顔をしていた。アレンは長年ショコライルを見てきたため、彼の気持ちが痛いほどよくわかっていた。悔しいのはアレンも同じであったが、何もしないわけにはいかなかった。
「でしたら、少しずつ回数を増やしてください。それでしたら不自然ではありません。」
「そうだな。そうしよう。」
アレンの提案をショコライルはすんなり受け入れた。彼もまたこのままではいけないと焦っていたのだ。
「それから勉強しなくても1日1回はミルティアさんと会って挨拶なり会話をしてください。」
「えっ?毎日?!」
「そうですよ。嫌われているなんて考えを消すためです。これからはいつでも会えるのですから。」
アレンの言葉にショコライルはハッとした。
「そうだ!部屋!部屋って何だ!」
ショコライルは先程のアレンとミルティアのやり取りを思い出し、急に力強さが戻って来た。
「言いませんでした?ミルティアさんには陛下の計らいで客間を用意してあります。」
「なっ……。嘘だろ……。」
「嘘だと思うならご自分で見に行けばいいじゃないですか。」
「無理言うな。そうだ!それに、お前なんで彼女と親そうにしてるんだ?」
「そうですか??……あーミルティアさんですか?」
アレンはショコライルが言わんとしていることが分かり、意地悪そうに聞いてきた。
「……そうだ。」
ショコライルは悔しそうに言葉を絞った。
「彼女からお願いされたのですよ。私のことを呼び捨てにすることは断られましたが。」
「よっ呼び捨て?お前……。」
「安心してください。彼女から呼び捨てで呼ぶようお願いされましたが、誰かさんの嫉妬が怖いのでやめました。」
「お前……」
ショコライルはとてつもなく悪い顔をして微笑んでいるアレンを睨みつけた。
(こいつ今までの借りを返すかのように俺で遊んでる)
アレンはショコライルに睨まれてもどこ吹く風というような涼しい顔をした。
「そんなに呼び方一つで嫉妬するぐらいなら全て話せばいいのに。」
「……今はまだ言えない。」
やはりまだ言えないと苦しそうに伝えてくるショコライルに、アレンは伝えなくてはいけないことがあることを思い出した。悠長にしてはいけない問題があったのだ。
「全く……。言い忘れましたが、あなたのせいでミルティアさんはご自分に魅力がないと誤解されております。」
突然のことにショコライルはアレンの言う事が理解できなかった。思い当たらないというような顔をしているため、アレンは補足することにした。
「誰かさんのわがままでミルティアさんには内緒で、ミルティアさんの下に来る婚約話をリリアージュ男爵にお断りさせているせいで、彼女は求婚されないのは魅力がないためと最大級の誤解をしております。」
「なっ!」
ショコライルは開いた口が塞がらなかった。またしても彼女を傷付けてしまった事実に、時を戻したい気持ちに駆られるのをぎゅっと我慢し、どうしたらいいのか考えを巡らせていた。
自分のわがままのせいで何年も彼女を騙し、傷付けている、その事実は変えることができない。全て話せば簡単に誤解は解けるかもしれない。しかしまだ話す段階ではないため、アレンが言うように毎日会話をしたりするところから始めるしかない。避けられるかもしれない。でもそれは4年間自分が行って来たことだ。ミルティアの気持ちを痛いほど理解できるかもしれない。そんなことまで考えていた。
「ショコライル様、今までのようにのんびりはできません。」
「わかっている……。」
「本当にお分かりですか?時間がないことを。」
アレンが何を伝えようとしているのか分からないショコライルは、ただアレンを見ることしかできなかった。ショコライルのその動きに、はっきり伝えなくては取り返しのつかないことになってしまうとアレンは少し焦っていた。
「ミルティアさんにあなたが勉強から逃げてばかりだと半年しか王城に住まないと言われました。リリアージュ男爵とそう口約束してからこちらに来られたみたいです。それから、あなたがミルティアさんと向き合う前に縁談話が来たらその時点で、家庭教師は降りるとも言われました。」
「縁談?何故そのような話を?」
先程ミルティアに対してアレンがとったのと同じ態度をショコライルもしていた。
「分かりませんか?ミルティアさんももう16歳。縁談話がないことに焦っておられるのでしょう。ですからどんな話でも受けてしまうかもしれませんよ。」
アレンは真っ直ぐにショコライルを見つめていた。まるでもう逃げるなと言うように。
「だが……。リリアージュ男爵がそう簡単に受けないだろう?」
ショコライルはアレンと目を合わすことができず、小さく呟いた。逃げたくはなかったが、それでも現状どうしたらいいか分からなかったのだ。
そんなショコライルの気持ちが分かったのか、アレンは小さくため息を吐いてから、ショコライルに言い聞かすように話し出した。
「リリアージュ男爵は娘を溺愛しています。いつまでもはっきりしない人の口約束だけで、婚約の申し込みをお断りするのも限界があるものです。娘の婚期を遅らすわけにはいきませんからね。愛する娘がはっきり伝えてきているんです。リリアージュ男爵が娘の婚約者を本気で探したら、すぐに相手は見つかるでしょう。あなただってご存知でしょう?」
「……彼女のことを想う男のことか?」
ショコライルは言葉にしたくないというように渋い顔をしていた。
ミルティアは気付いていなかったが、学園で彼女は人気だった。聡明なのに驕らず、誰に対しても常に笑顔、薄化粧なのに華があり、男性に媚びることはせず男爵家令嬢であってもそれを気にせず常に努力をする彼女は、その内面の美しさも相まって多くの男性の目に止まっていた。
学園に登校するたび、男子学生達がミルティアの話をしているのをショコライルは苦虫を噛み潰したような顔で聞いていた。
それに最近では学園の噂を聞いた独身の貴族男性達がミルティアに興味を持ち出し、社交界で話題になっているとアレンから聞いたばかりだった。
ミルティアもショコライルもまだ社交界デビューはしていない。だが後2年でデビューとなる。デビューしてしまったら、たちまち男達に言い寄られるに決まってる。
ショコライルは面白くなかった。ミルティアのことは自分だけが知っていればいいと思ったのに。なのにミルティアは益々綺麗になり、その魅力に気付く男も出て来た。そこにきて、彼女が縁談話を待ち望んでいることまでわかった。もう立場を利用して、のんびり胡座をかいている暇などなくなっていた。
「分かっているのなら、少しは足掻く努力をしてください。見ているだけ、想うだけはもう充分ではないですか?」
「……わかっている。」
アレンは意を決したように、ショコライルを見た。
「一つお伝えしておきます。あなたのお父上と私の父親、リリアージュ男爵は友人です。」
「何が言いたい?」
突然の話にショコライルはアレンが伝えたいことがわからなかった。
「先日父上から言われたのですよ。私の婚約者としてミルティアさんはどうかとね。正式ではないですが、リリアージュ男爵から相談を受けたみたいですよ?」
「なっ?!お前公爵家だろう?」
「次男です!」
2人はお互いの目を見て向き合った。どちらもお互い譲らないというように目線を逸らさない。ショコライルは目に怒りを宿してアレンを睨め付けている。そんなショコライルの顔を見てアレンはフッと微笑んだ。
「安心してください。お断りしております。ですが、そんなに敵意に満ちた気持ちを持ち合わせているのなら、もう逃げることはやめた方が得策だと思います。」
「……わかっている。」
「ですが、このままあなたがミルティアさんを傷付けるなら、私が彼女を貰います。」
「お前!!」
ショコライルはアレンを再度睨みつけた。しかしアレンはそんなことでは怯まなかった。
「結婚なんて興味はありませんでしたが、彼女のあの傷ついた顔を二度と見たくはないと思ってしまいました。」
多くの貴族令嬢からのアプローチに見向きもしなかったアレンが真っ直ぐショコライルに告げてきた。アレンが本気であることをショコライルは理解せざるを得なかった。
「アレン。お前だけには譲らない。いや誰にもだ。もう私は逃げるのは辞めるよ。」
ショコライルは決意に満ちた目でアレンを見た。ショコライルからの本気が伝わり、少しは主の心に火をつけることができたことにアレンは満足した。
「わかりました。ですが先程のことはお忘れなきよう。」
「わかっている……。」
ショコライルにもう一度釘を刺したアレンは、少しだけ意地悪することにした。先程見たミルティアの悲しそうな顔が忘れられず、少しでも彼女のために何か仕返しがしたいと考えてしまっていた。
「ああ、私はこれからミルティアさんと今後の打ち合わせがてら昼ごはんに行ってきます。」
「おっお前!」
「仕事ですよ?あなたは食堂には来れないでしょう?王太子なんですから。彼女が慣れるまではこれから毎日食事にでも誘いましょうかね?……嫌なら早くご自分も食事にでも誘いなさい。」
そう言ってアレンは悪い顔をして執務室の扉を閉めた。
「あいつ、あんなに強かったか?」
ショコライルは急に強くなった部下の本性を知りこれからが少し怖くなってきた。そして最大のライバルが出来てしまったかもしれないことに頭を悩ませた。
次は15時に更新予定です