第13章 近付く心⑥
急にショコライルに強く強く抱きしめられミルティアは訳が分からず固まってしまっていた。
震えていた手は、ショコライルに抱き締められている安心感と、温かさで気付けば治っていた。だからこそショコライルの手が少し震えていることにミルティアは気付き、これ程までに心配させてしまったことを知ってしまった。
ショコライルに抱きしめられている状況を少しずつ理解してくると、どうしようもなく心臓の音が煩く聞こえてきて、ショコライルに聞かれてしまうと焦り出したが、自分の鼓動のリズムとは別のリズムがショコライルの胸から伝わってきて、ショコライルも同様に鼓動が早くなっていることに気がついた。
この場をどうしようと思いを巡らせていると、急に肩を掴まれてショコライルの胸から離された。その代わりにショコライルの顔がミルティアの目の前に近づいてきた。
あまりに真っ直ぐなその瞳にミルティアは目が離せなくなってしまっていた……。
ショコライルはミルティアに顔を近づけるともう一度深く深呼吸して恥ずかしさと緊張で揺れ動いている瞳を見つめた。その瞬間今までずっと伝えたかった言葉は、勝手にショコライルの口から溢れてきた。
「ミルティアのことが大切なんだ。誰かに触れさせたり、傷付けられたくない。ずっと俺のそばにいて護っていきたい……。ミルティア……君のことが好きなんだ……。ずっと昔から……。」
好きという言葉がようやく言えた。何年も何年も心の中に留めていた想いは、厳重な鍵が掛けられてずっと心の中で終わるとさえ思った時もあった。
気持ちを伝えたら彼女を困らせることになる、王太子という立場を利用して彼女の気持ちを無視する形は取りたくない……いろいろな思いが絡まってずっと言えなかった言葉は、いざその時が来ると驚く程簡単に口から出てしまった。
ようやく言えた安堵感でミルティアを優しく、愛しく見つめると、彼女は言葉を理解できていないのか微動だにせず固まってしまっていた。
「ミルティア?」
ショコライルの少し不安そうな、だけどとても愛おしそうに見つめてくれる瞳に、ショコライルの先程の言葉が夢ではなく現実だとようやく理解できたミルティアは、ただ静かに大粒の涙を流していた。
先程までの恐怖で怯えた涙ではない。胸の中から溢れてくる幸せな気持ちが混ざったとても温かい涙だった。
その涙をショコライルが愛おしそうに指で拭ってくれる。言葉できちんと伝えたいのに言葉が出てこない。ミルティアはショコライルに早く自分の気持ちを伝えたくて、ショコライルに抱きついた。
「ミルティア?!」
急なことでショコライルは動揺していたが、その手はしっかりとミルティアを抱きとめて、落ち着くように背中をさすってくれていた。
「わたくしは……わたくしは……」
「うん。ゆっくりで大丈夫。」
片手で背中をさすりながら、もう片方の手でミルティアを安心させるように頭を撫でてくれていた。
その感触がとても気持ちよく、ミルティアは少しずつ落ち着きを取り戻して行った。
「わたくしも……ずっと、ずっとショコライル様をお慕いしておりました。」
この言葉だけはきちんと目を見て伝えたい。ミルティアは未だ涙がとまらないぐちゃぐちゃな顔などお構いなしに、ショコライルをしっかり見つめて、精一杯心を込めて伝えた。
ショコライルは目を見張った後すぐに愛おしそうにミルティアを見つめてくれた。左手をミルティアの頬に触れると
「俺もずっとずっと大好き。愛しているんだ。」
そう言って顔を近づけてきた。ミルティアは咄嗟に目を閉じた。だがミルティアの予想とは違い暖かい感触はミルティアの右頬に軽く触れるだけだった。
まるで期待していたような自分が恥ずかしいと、真っ赤な顔をして俯いているミルティアを、ショコライルはとても愛おしそうに抱きしめた。ミルティアも自分の手を恐る恐るショコライルの背中に回すと、遠慮がちに抱きしめ返してくれた。
その動きがあまりに可愛らしく、ショコライルはさらに強く抱きしめるとミルティアの耳元で
「もう2度と絶対離さない。……愛している。」
そう伝えた。ミルティアは静かに頷くと少しだけ手に力を入れてくれた。会話はなかったが、2人の間にはとても穏やかで幸せな時間が流れていった……。
しばらく抱き合いお互いの気持ちが伝わった喜びを噛み締めると、ショコライルはソファから立ち上がり、ミルティアをソファに寝ころばせた。何が起こったかわからないミルティアが目を丸くしている横で、ショコライルは上着を脱いでミルティアに掛けた。そのまま床に片膝をつき、ミルティアと同じ目線になってミルティアを見つめた。
「あの?」
上着を遠慮がちに握りしめながら、恥ずかしいのかミルティアは顔を半分、上着で隠していた。
ショコライルは愛おしそうに微笑みながら、壊れそうな物を触るようにミルティアの頭をなでた。
「少し休んで。」
「いや、でも……。」
「あんなことがあったんだ。少し寝て休もう。大丈夫、アレンもすぐには戻って来ない。2時間ぐらい寝ても夕方ぐらいの時間だから気にしないでね。寝てる間もずっとミルティアの側にいる。だから安心してお休み。」
まるで子供をあやすような優しい声だった。先程頭を撫でられた時も思ったが、ミルティアはショコライルから頭を撫でられるととても安心できた。
「ずっといてくれます?」
少し不安そうに尋ねるミルティアを安心させるようにショコライルはミルティアの頭をゆっくり優しく撫でた。
「もちろん。ずっと側にいる。」
「でしたら……あの……手を繋いでもいいですか?」
少し恥ずかしそうに耳を赤くしながら、ミルティアはショコライルの上着の中から少しだけ左手を出してきた。
「もちろん。ずっと繋いでいる。だから安心してね。」
両手でしっかり繋ぐと、ミルティアは安心したのか目を閉じた。
やがて静かな寝息が聞こえてきた。幸せそうに眠る寝顔はどこか幼く見える。寝顔を見つめながら、ショコライルはようやく思いが通じ合った喜びに浸っていた。本当は考えなければいけないこと、やらなければいけないことは沢山ある。だがどうしても今日だけは、今だけはこの幸せを噛み締めたかった。
長かった……。ミルティアはずっと慕っていたと言ってくれたが、ショコライルはミルティアが好きになるよりずっと前から好きだったと断言できる。
ミルティアには引かれてしまうかもしれないから言えないが、アレン達によく馬鹿にされるように、初恋を長く拗らせていた。まだまだ解決すべき問題は山積みであるが、ようやく関係を前進することができた。
思いを伝えた後のミルティアは可愛すぎた。可愛すぎて危うく唇に口付けをしそうになってしまった。本当はしたくて仕方なかったし、ミルティアも目を閉じてくれたので口付けしようとした。だがそれをギリギリでおもいとどまれたのは、頭の中にバーナードの「順番を間違えるな!」という忠告を恐ろしい声とともに思い出したからである。
思いが通じたのだからよさそうなものであるが、焦ってミルティアに拒絶されるのも嫌だったのでグッと我慢して頬で我慢した。
「今日は我慢したけど、いつまでもつかな……。」
我慢が効かない自分に苦笑いを浮かべながら、ショコライルはミルティアの前髪を掻き分けると、おでこに口付けを落とした。
ここまでは許してくれ……と思いながら。
ショコライルはミルティアを見つめながらふと先日のリリアージュ邸でのやり取りを思い出して身震いしてしまった。
バーナードによってミルティアが退室し、ショコライルとアレン、バーナードとエクラというメンバーが残った恐怖の面談。その場はバーナードの独壇場と化していた。
その時にショコライルに課された課題は主に3つ。
1つはミルティアの婚約者選びを止められるのは後半年だということ。それまでに何らかの形を示さないと、ミルティアに相応しい男を見つけるというものだった。
そして2つ目はミルティアを傷つけるなということ。
それはショコライル自身がでもあるが、ミルティアを害する者や危険から護るようにとのことであった。
そして最後3つ目。これが1番すごい圧で睨まれた。
それは絶対に順番を間違えるなということだった。万が一、順番を間違えて子供なんてできてしまったら……。あの時の般若のような恐ろしい顔は夢にまで出てきそうであった。
まだ思いを伝え合っただけで、形で表現できるものは何も用意できていない。半年という期限に変わりはないため、ショコライルはまだ裏でやらなければいけないことが山積みだった。
ラナにミルティアは傷つけられてしまった。それは土下座などなんでもして謝りに行こう。
最後の約束はとりあえずまだ果たせているはずである。頬はきっと大丈夫なはずである……。一応恋人になれたわけだし……。恋人になったことをバーナードに報告すべきなのか?それともきちんとした形になるまで言わないでおくべきか……。
恋愛初心者であるショコライルは正解が分からず悩み出したが、恋人という言葉の破壊力は凄まじく、悩みなんて吹き飛ばしてしまっていた。
「恋人か……。」
ショコライルはその響きが嬉しすぎて顔がニヤけて仕方がなかった。でもこの場には今幸せそうに眠っているミルティアしかいない。我慢せずに目一杯ニヤけることにした。
幸せそうなミルティアの顔をいつまでも見つめながら、いつか毎日手を繋いで眠れる日が来ることを夢見てしまうショコライルであった。
第13章お読みいただきありがとうございます。
ようやく拗らせていた想いが伝わりました。
執筆が遅れている関係で申し訳ありませんが、第14章も2日に渡り更新させていただきます。明日11時と17時に更新予定です。
引き続きよろしくお願い致します。




