第13章 近付く心⑤
アレンは王城のショコライルの執務室に着くと、そのままアニスをソファに座らせお茶を用意した。
「飲んでいてください。私が戻るまでここにいるのですよ。」
てっきりアレンと共に国王陛下に報告にいくとばかり思っていたアニスは、突然のことに驚いて何も言葉を発することができず、急いで部屋から出て行ったアレンを見送ることしかできなかった。
残された部屋で用意された温かいお茶を飲みながら、ただ今日の不甲斐ない自分を思い出していた。
エディルダに頼まれたはずなのに、ミルティアを守れなかった。そればかりか、先程見たミルティアの首は強い力で抑えられ暴れたことで酷いあざとなっていた。
ミルティアの護衛を兼ねている自分は何もできず、助けに来たショコライルやアレンを頼ることしかできなかった。
ショコライルは責めなかったが、自分自身が許せなかった。アニスのことをずっと信頼してくれたミルティアを裏切ってしまった。そんな気持ちすら持ち合わせてしまっていた。
そんなことばかり考えていたため、アレンが帰ってきたことに気付かなかった。
「もう報告は終わったのですか?」
「終わりました。」
考え事ばかりしていたため、どれだけ時間がかかったか分からなかった。冷たくなってしまったお茶からアニスが思っている以上に時間が経過してしまっているようであった。
「お茶……」
「ごめんなさい。今飲みます。」
慌ててお茶を飲もうと手を伸ばしたが、その手はアレンによって遮られた。
「まだだめですね。」
アレンはそう言うとそのまま、アニスの手を引いて歩き出した。お茶のカップを洗わず置いたままにするなど、普段のアレンでは考えられなかった。それよりも何がダメでどこに連れて行かれるのか、アニスは心当たりがなく戸惑いながらアレンについていくことしかできなかった。
アレンは無言で廊下を突き進み一つの部屋の前で立ち止まった。
「鍵を貸して。」
有無も言わさない態度に素直にアニスが従うと、受け取った鍵で部屋を開け中に入った。
そこは見慣れた部屋だった……。そうアニスの部屋であったのだ。
「何故部屋に?」
アニスの質問は無視してアレンはズカズカと部屋を進み、ベッドにアニスを座らせた。何が起きたのか目を丸くして驚いているアニスに目線を合わせるようにアレンは屈んだ。
「しばらく寝なさい。」
「いや、陛下とのお話が終わったということはショコライル様を迎えに行きますよね?でしたらミルティア様が戻ってこられるので私も準備しないと。」
アニスが立ちあがろうとするのをアレンはアニスの両肩に手を置いて阻止すると深いため息を吐いた。
「その顔で迎えてはいけません。」
「えっ?」
「気付いていないでしょう?今にも倒れそうなほど真っ青な顔をしていますよ。そんな顔でミルティアさんに会ったら、彼女は酷く心配します。」
「申し訳ありません。」
「ショコライル様も心配していましたよ。」
「それで私をアレン様と一緒に王城に帰るよう配慮してくれたのですか?」
「そういうことです。だから寝てください。」
「……いいのでしょうか?」
未だ休もうとしないアニスの頑固さにアレンはやれやれと呆れていた。
「あなたが仕事に熱心なのは知ってますよ。ですが休みも必要です。それに……僕も心配ですよ。同期ですがあなたのこんな顔初めて見ました。だからそうですね、これは同期命令です!休みなさい。」
「同期命令……。ふふ……弱いですね。」
アニスは同期命令という言葉が可笑しくて声を出して笑ってしまった。
「笑えるならよかった。だけどきちんと休んで。」
「はい。」
「ミルティアさんがお帰りになる時は必ず起こします。だからおやすみ。」
アレンはアニスが布団に潜ったことを確認すると部屋を後にした。
「さて、私も少し休みますか。」
アレンは廊下を進み私室を目指した。久しぶりに着た騎士服は着慣れず疲れる。早くいつもの制服に着替えたかった。
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「ミルティア本当に痛いところはもうない?」
ショコライルに横抱きのまま部屋に連れて行かれると、ソファに優しく降ろしてくれた。普段はミルティアの正面に座るショコライルだが、今はミルティアを落ち着かせるために横に座ってくれていた。
「本当に大丈夫です。ありがとうございます。」
涙は止まったが、未だ手の震えは止まっていなかった。平静を装ったつもりであったがショコライルには気付かれてしまい、ショコライルの両手が震える手を包んでくれた。震えはすぐには治らないが、ショコライルの手が触れるだけで不思議と安心できた。
「本当にごめん。怖い目に合わせて……。」
つい手に力が入ってしまった。ミルティアは驚いたような心配するような顔で見つめてきた。
「怖かったです……。ですがショコライル様が来てくれました。」
ショコライルは黙るだけでさらに手に力を入れてしまっていた。
「俺は感謝されるようなことはしていない……。本当はもっと早く駆けつけていた。だけどあいつの真意が知りたくて様子を窺っていた。1人苦しんでいるミルティアを見捨てて、情報を獲ようとしていたんだ。」
そこまで言うとショコライルは苦しそうに唇を噛んだ。
「……それは国を思ってのことですから当然のことです。大勢の国民の命と私1人の命。誰が答えても同じ答えですよ。それにショコライル様は王太子様です。国民を守ることを優先するのは当たり前です。」
まだ震えているのに必死に笑顔を作り、ショコライルを励ますミルティアのことが愛しくて仕方なかった。それと同時に自分の不甲斐なさを思い知らされて苦しかった。
「だが、結局俺は最後まで王太子でいられなかった……。」
「そんなことありません!だって的確に指示を出してくれました。ラナという名前まで聞き出しました。それに……わたくしも助けてくださいました。こうして無事に戻って来れたのです。それだけで本当に……嬉しいんです。」
どう伝えたら伝わるか分からない。確かに怖かった。早くショコライルに助けて欲しかった。ショコライルは助けに入るのが遅れたことを悔やんでるけど、ミルティアとしては助けに来る速さより、助けに来てくれたことそれだけで嬉しかったのだ。どうかその気持ちだけでも伝わってほしい。ミルティアは一つ一つの言葉を大切に、ショコライルに伝わるよう想いを込めていた。
「ミルティアがラナに囚われて傷付けられそうな姿を見た時……俺はもう王太子ではなく、ショコライルという1人の男としての感情で動いてしまった。でも後悔はしていない……。」
「ショコライル様?」
ひどく落ち込んでいるショコライルを心配そうにミルティアが覗き込もうとした瞬間、ショコライルの手がミルティアの手を引いた。バランスを崩したミルティアはショコライルの胸に倒れ込んでしまったが、それを待っていたとばかりにショコライルがきつくミルティアを抱きしめた。
「俺はあの瞬間、ミルティアを失うことが怖かった。あいつにあれ以上傷付けられるなんて見てられなかった。気付いた時には勝手に体が動いていた。もっと冷静に対応できていたら、あいつを捉えることだってできたはずなのに、あいつを吹き飛ばすだけでミルティアを取り戻すことを優先してしまった……。」
力強く抱きしめられているためショコライルの顔は見えないが、溢れ出す言葉や感情からショコライルがミルティアのことを本気で心配してくれていることは痛いほど伝わってきた。心なしかショコライルの手は震えていた。怖い思いをしていたのはミルティアだけではなかったのだ。
ショコライルは腕の中にいるミルティアを、これ以上抱きしめては壊れてしまうと頭の中で分かっていても、どうしても抱きしめる手の力を緩めることができなかった。
閉じ込めていた思いは一度溢れ出してしまうと、もう言葉となってどんどん口から溢れてしまう。抑えることも止めることもできず、勝手に口から紡ぐ言葉はショコライルの本心ばかり。もう自分の気持ちを隠すことは辞めよう、ミルティアにどう思われても伝えたい……勝手に動く口はこのままでは恐ろしいほど、ショコライルの拗らせた感情まで暴露しそうである。残る理性を総動員すると口を一旦閉じ、深呼吸してからショコライルは覚悟を決めたようにミルティアの顔を覗き込んだ。
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