第13章 近付く心④
「ショコライル様お怪我は?」
ラナが居なくなると、アレンとエディルダは急いで剣を鞘に戻しショコライルに駆け寄った。
「大丈夫だ。怪我はない。」
ラナに蹴られてはいたが、幸い剣でかわしていたため怪我はなかった。
「ミルティア、大丈夫?」
手に持っていた剣を鞘に仕舞わず、一旦アレンに渡してミルティアを気遣った。
「大丈夫です。」
顔は上げてくれず、ショコライルの服を掴んだままミルティアは返事をした。本当はもっと気遣ってあげたかったが、それよりもやることは沢山あった。
「師匠!!」
「ここにいるよ。」
ショコライルの問いかけに、ハミルダはアレンの後ろから顔を出した。話し方は穏やかであるが、その目に怒りが宿っており、初めて見るハミルダの顔にショコライルは驚きを隠せずにいた。
「どうですか?」
「とりあえず追跡魔法はかけておいたから追えるとは思う。彼に魔力はないから解除されることはないだろう。」
「ありがとうございます。分かり次第教えてください。」
「もちろん。それにしても私がいながら申し訳ない。」
「やめてください。誰も悪くはありません。あれは予想外すぎました。」
ハミルダの怒りはラナの他にも、己自身にも向けられていたようであった。ショコライルに任されたはずなのに守りきれなかった、その後悔が強かった。
ショコライルはエディルダやアニス、そして廊下で警護をしていた騎士に目をやりながら誰も責めず、気にするなと気遣っていた。
1番悪いのは自分だ。そう思っていた。アニスの通信魔法で短いながらも問題が起きたことはわかっていた。アニスは緊急時以外は基本通信魔法を使わない。そのアニスがショコライルに「廊下に不審者!」と伝えてきたため、すぐに剣を携えてミルティア達がいる廊下にアレンと共に向かった。
ラナから死角となる場所で、アニスに通信魔法でできるだけ聞き出せと指示を出し動向を探っていた。
勘がいいエディルダは魔法は使えなくてもショコライル達が来たことを察し、ラナに対抗してくれた。
そこまではよかった。まさかミルティアに近付くとは思わなかった。声を出さないが怖がり怯えた顔のミルティアをすぐに助けたかったが、王太子として、国を守る者として、ラナの目的を知るためにもしばらく様子を見てしまった。
それが間違いであった。あろうことかラナはミルティアの首を抑えつけ気絶させようとしたのである。その瞬間、ショコライルは我を忘れて飛び出してしまっていた。
王太子として国のためにミルティアに多少無理をさせたのに、肝心の話を聞く前に飛び出してしまった。中途半端すぎる自分の行いに嫌になったが、何よりも自分の判断ミスでミルティアを傷付けたのが1番許せなかった。
気付けば力強く握りしめていた右手の痛みに気付き我に返るとそのまま冷静さを装った。
「すまない……。急ぎ指示を出す……。」
「指示は後で構いません。それよりも……。」
「ショコライル君。」
アレンとハミルダが心配そうな顔で、先程からショコライルにしがみついて動かないミルティアを見ていた。
王太子としてまずはこの場を収めることを優先しようとしたが、誰もがそれよりもミルティアを優先してほしいと願っていた。
「すまない……。少しだけ時間をくれ。」
ショコライルはそう言うと、優しい声でミルティアの名を呼んだ。
「ミルティア、お願い顔を上げて。」
先程までの低い声色ではない、いつもの優しい声色に、ミルティアの緊張の系がプツンと切れるのが分かった。その瞬間ミルティアの身体は震え始め、立つこともできずしゃがみ込んでしまった。
「ミルティア!!」
心配そうなショコライルの声が聞こえる。倒れないようにミルティアと一緒にしゃがみ込んで身体を支えてくれるショコライルの優しさが嬉しかった。
ミルティアはようやくショコライルの顔を見ることができた。ミルティアを見つめる目が不安で揺れ動いているのがよくわかる。これ程までに心配させてしまったことが申し訳なかった。
「申し訳ありません。足手纏いで皆様にご迷惑をおかけしてしまって。」
「今はそんなこといい!!」
必死に泣きそうな顔を我慢して伝えてくれるミルティアの言葉を、ショコライルはすごい勢いで制止した。
「君は大丈夫なのかい?怖い思いを1番したんだ。無理に強がらないでくれ。」
「わたくし……は……」
大丈夫と伝えたいのに言葉が震えて出てこない。言葉の代わりに涙がとめどなく溢れてきてしまった。とめたいのに止められない。ごめんなさいと繰り返すミルティアをショコライルは力強くそれでもとても優しく抱きしめてくれた。
「本当にすまなかった。君をこんな目にだけは合わせたくなかった。」
「ショコライル様……。」
未だ流れる涙で顔はぐしゃぐしゃだったが、ミルティアはショコライルの顔を見た。酷い顔をしていることは十分わかっているが、ショコライルの顔を見て安心したかったのだ。
ショコライルはそんなミルティアの目から流れる涙を指で拭いてくれた。それも何度も何度も拭いてくれた。その仕草が暖かくて、恐怖で冷え切っていたミルティアの心を温めてくれていた。
やがてミルティアが少しだけ落ち着くと、ショコライルはミルティアの顔を少しだけ手で持ち上げて首を確認した。自分ではどうなっているか確認できないが、ショコライルの顔が苦悶の表情を浮かべたことから、普通でないことだけはわかった。
「痛みは?」
ゆっくりミルティアの顔を戻しながら確認するショコライルの動きは本当に優しく、とても気遣っていることがミルティア以外にもその場にいる者達全員に伝わっていた。
「少しだけ動かすと痛いです。」
「……師匠、お願いできますか?」
「もちろん。ミルティアさんすぐに楽になるからね。」
ハミルダがミルティアの首元辺りに手を翳すと、先程まで痛かった首が温かくなり、やがて痛みを感じなくなった。これが回復魔法なのかと身をもって体験した。
「これで大丈夫。でも無理はだめだから当分ゆっくり動かすんだよ。」
「ありがとうございます。」
ハミルダのお陰で首はだいぶ動かしやすくなった。少しずつ冷静さを取り戻しつつあるミルティアは、ハミルダにほんの僅かだが微笑むこともできるようになっていた。
「アレン、俺は一度部屋に戻りミルティアを休ませる。その間に大至急父上に報告をお願いできるか?」
「畏まりました。報告でき次第戻って参ります。」
「ああ、頼んだ。それから、アニスも連れていけ!」
「……わかりました。」
アレンは真っ青な顔のまま、未だ言葉を発せず微動だにしないアニスに近づいた。
「アニス、私と王城に帰りますよ。」
「……分かりました。」
アレンに呼ばれてようやく我に返ったアニスであるが、いつものように覇気がなかった。ショコライルもそれに気付いていたのだろう。
アニスを託されたアレンはアニスの肩を抱くと、驚くアニスと共に転移魔法で消えていった。
「エディルダ、大至急騎士を集めて警護の再編成と音が鳴った窓の確認を。それから、私の部屋の前と廊下に騎士の配置を頼む。」
「畏まりました。」
「後程父上への報告にも付き合ってくれ。それから……ミルティアを守ってくれてありがとう。」
「当然のことをしたまでです。」
ショコライルに面と向かって礼を言われ、エディルダは少し恥ずかしそうに照れていた。それを誤魔化すように、部下の騎士に他の騎士を集めるよう命令を出していた。
命令を受けた騎士はすぐさま廊下を走っていった。
「師匠、すみませんが少しエディルダ達の窓の検証に付き合ってくれませんか?」
「もちろんそのつもりさ。」
「ありがとうございます。それから騎士達が戻る間、申し訳ありませんがエディルダと共にここの警護もお願いできますか?」
「当然のこと。外のことは気にせず、君は今はミルティアさんのことだけ考えて。」
「ありがとうございます。ではよろしくお願いします。」
ショコライルは一通り指示を出し、ハミルダに礼を伝えてから未だ震えて立てずにいるミルティアを優しく横抱きして持ち上げた。
「ごめんねミルティア。少しだけ我慢して……。」
ショコライルが申し訳なさそうに伝える言葉を、ミルティアはただ顔をゆっくり横に振って否定し、ショコライルに身体を預けた。
その仕草が愛おしすぎて、この幸せが攫われずショコライルの腕の中にあることの嬉しさを噛み締め、一歩一歩ゆっくり歩みを進めた。
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