第13章 近付く心③
一見そこにいる人物はただの迷子に見えた。だが、ここは王族専用の控え室がある廊下であり、廊下の入り口には見張りの騎士がいるため、迷子なら入れるはずがないのである。
王族の護衛でもないのにこの場所にいる、つまり見かけと裏腹に侵入者であることがここにいるということで証明されていた。
エディルダがゆっくりわざとらしく靴音を鳴らして近付くと、その人物はようやく振り返った。
エディルダが腰に携えた剣に手をかけているのにニコニコ作り笑顔を浮かべている青年。殺気など全く感じないのに、エディルダの手は若干震えていた。危険人物であると本能が伝えているのだ。
「どうしてこちらに?」
緊張が伝わらないよう、ゆっくり低い声でエディルダは質問した。何も読めない、いつ襲いかかってくるか分からないこの男から、手は剣に持って行ったままである。少しでも不穏な動きを見せたら斬る。その覚悟で握りしめる手にも力が籠っていた。
「すみません、お手洗いにいく予定が道に迷ってしまって。」
笑みを崩さず淡々と嘘を述べる。殺気を感じないこの男の狙いが分からなかった。掴みどころのないこの男からどうやって吐かせればいいのか。ミルティアがいる手前あまり無体はしたくない。なるべく穏便に済ませるにはどうすべきか、エディルダはこの短時間で考えを巡らせながら詰め寄っていく。
「どうやってここに入った。」
「先程も言ったではないですか。お手洗いに……」
「嘘を言うな!」
いつまでもとぼけてばかりの男に、エディルダは剣を抜いて構えた。いつまでもこの質問では埒が開かない。わざと大声で言うことで近くで見張っていた騎士達も駆けつけ、アニスの前に出て剣を抜いた。
「そんな物騒な物しまってくださいよ。」
剣を向けられているのに飄々としているこの男に、ミルティアも恐怖を抱くようになっていた。剣を持っているわけでもないのに、何故か得体の知れない雰囲気を感じたのだ。
「質問に答えろ!」
最終通告と言うようにエディルダが声を荒げた。
「おや困りました。道を教えてほしいだけでしたのに……。ああでもいいものを見つけました。」
そう言うと急に真顔になり、ミルティアを見てきた気がした。すぐにアニスと2人の騎士がミルティアを囲うように護ってくれたが、ミルティアは何故自分を見てきたのか心当たりがない。自分を見ていいものと言ってきたが何のことかさっぱり分からなかった。
「アニス!もういいよな?」
張り詰めた空気の中、エディルダは目線を男に張り付けたまま、アニスに何かを問いかけた。
「大丈夫です。」
「よし、任せた!」
短い会話の後、エディルダは素早く男の元に走り斬りつけた。殺さないよう足を狙ったはずが、男はエディルダの素早い動きを軽々とかわすと、エディルダの背後に回り込み蹴りをくらわせてきた。
エディルダは咄嗟に剣で躱すとまた斬りかかり、激しい攻防戦を繰り広げていた。
「隊長と互角……。」
1人の騎士が小さく呟いた。ミルティアはアニスの後ろから様子を窺った。戦いのことはよく分からなかったが、エディルダの攻撃は全て躱されているし、男の攻撃をエディルダは躱しているため、お互いの攻撃は効いていないようであった。何より怖いのは、男は武器を使っていないことだ。隠し武器があるのか、それとも魔法を使えるのか、どこかに仲間が隠れているのか、相手の手の内が読めずにいた。
「その服装、スーピナの者か!」
「さすが、ショコライル殿下の護衛騎士隊長。」
「何故俺のことを知ってる?」
「知っているさ。それに……」
攻防を繰り返しながら尋問を行っていたが、男はのらりくらりと躱すのみ。挙句エディルダのことまで知っていた。男はエディルダの剣をさらりと躱すと、高く飛んであろうことかミルティアの背後に回り込んだ。
一瞬の出来事にミルティアの側にいたアニスも騎士も対応できず、ミルティアは男に捕まってしまった。
「貴様!!」
エディルダがすぐに駆けつけようとしたが、男はミルティアの首元に伸ばした腕に少し力をかけてミルティアの動きを封じた。
「動くな。一歩でも動いてみろ!彼女がどうなってもしらないよ。」
顔は見えないが、先程までの飄々とした態度とは打って変わり、低い声と力強い腕の力にミルティアは逃げることも、言葉を発することもできずにいた。
「お前の望みはなんだ?」
「望み?まあ今日は彼女に会いたかったから叶ったかな。」
「何故彼女なんだ?」
「うーん、好みだからかな?可愛いよねー。」
好みだの、可愛いなど言うくせに、力は一向に緩めてくれない。少しばかり首に力が加わっており、とても好きな女性にする態度ではなかった。
「ふざけたことを!」
「一目惚れってやつ?ねぇこのまま僕と一緒に行かない?大切にするからさ……、ショコライル殿下の愛しの家庭教師さん。」
「え……」
隠されているはずのショコライルの家庭教師ということを他国の者に指摘され、その家庭教師がミルティアであることまでこの男に知られてしまっていた。
まさか自分が狙われるなんて思いもしなかったが、何重にも行われていた警護を掻い潜り、ミルティアと接触するということは、自分には何かしら利用価値があるということなのだろう。
今は難しいことを考えず、この男から逃げることだけ考えなくてはいけない。このまま連れ去られてしまっては、エディルダはじめ、今この場にいるショコライルの部下は厳罰を受けてしまう。自分のせいでそんなことが起こるのは避けなければいけなかったし、何より心配してくれている人達を、ショコライルを悲しませたくなかった。
「ちょっと、手荒なことはしたくないからそんなに暴れないで。」
ミルティアは必死に抵抗した。男の腕の力は強くなり首が苦しいがそんなの構ってられない。早くこの場から逃げ出したかった。
「少し黙ってて。」
男はミルティアを気絶させるために腕に力を込め出した。意識が遠のいていく……そう思った瞬間、男とミルティアの僅かな隙間に強力な風が吹き、男はミルティアから引き剥がされるように、ミルティアとは反対方向に飛ばされた。
男は勢いよく壁にぶつかったが、ミルティアは壁にぶつかることはなかった。その代わり暖かい感触に包まれていた。恐る恐る目を開けると、そこはショコライルの腕の中であった。
「ミルティア、遅くなった。大丈夫?」
片手で抱きとめたミルティアを抱きしめながら、ひどく震える声だった。
首はまだ痛い。だけどそれよりもショコライルが今、目の前にいることが嬉しくて、先程までの恐怖がゆっくりとミルティアの中から消えていくことがわかった。
「大丈夫です。」
言葉は上手く出なかったが、安心させる言葉だけは伝えることができた。
「本当にごめん……。」
消え入りそうな小さな声でそう呟くと、もう一度ミルティアを抱きとめている手に力を込め、右手に構えていた剣を強く握って男を睨みつけた。
「貴様、どういうつもりだ?」
「さすが、強力な魔法だな。いてて……。」
勢いよく壁にぶつかった男は、少しだけ痛がる素ぶりをして立ち上がったが、ショコライルは男の嘘を見抜いていた。
「貴様、スーピナの者と見受けられるが、その身のこなし……。」
「身のこなし?何のことかな?」
「とぼけるな!私の攻撃を受けたのに、壁に当たるギリギリで受け身をとって最小限の怪我にしている。普通に当たれば今頃気絶者だ。」
「何を言ってるのか?身のこなし?偶然ですよ。」
しらばっくれてばかりいる男に、ショコライルは苛立ち奥歯を噛み締めていた。自分でも分かるほど酷く低い声と鋭い目つきで相手を睨みつけて問い詰めているが、この男には響いていなかった。
「もう一度聞く。お前は誰だ?目的はなんだ?」
いつのまにかショコライルの前にはエディルダとアレンが剣を構えて今にも斬りかかりそうなほどの殺気を放っている。普通なら白状するような場面なのに、男の態度は全く変わらなかった。
「いいものが見れたから……そうだね、少しだけ教えようかな。俺はスーピナ国のラナ。以後お見知り置きを。」
目の前で今にも斬りかかろうとする騎士達がいるのに、優雅にお辞儀をした。ラナと名乗った男は、銀の短髪に、耳にイヤーカフを付けた不思議な雰囲気を纏っていた。
「ラナ、もう一度聞く。ここに来た目的は?」
いつまでも焦らすラナに、ショコライルの怒りは限界を迎えていた。何もできないミルティアはただショコライルの胸の中で大人しくしていたが、普段聞くことのない低い怒りを纏った声から、顔は見えなくてもショコライルの怒りは伝わってきていた。
「目的……そうだね。」
言葉を発した瞬間、信じられないスピードでアレンやエディルダの間をすり抜け、ショコライルの前までラナが飛び込んできた。次の瞬間、ショコライルめがけて蹴りをくらわした。ミルティアがいたこと、咄嗟のことで判断が遅れたショコライルは、剣で躱すことはできたが少しだけふらついてしまった。その隙にラナはミルティアの手を引っ張ると、耳元に顔を近づけた。
「えっ?!」
驚くミルティアに、先程までとは違い少し哀しそうな表情をしたラナは、すぐにもとの表情に戻ると今度は思いっきりミルティアを押し退けて、奪ったはずのショコライルの元に返した。
「貴様!」
エディルダとアレンがラナを取り押さえようとするが、それをギリギリで躱すと
「またね。」
と言って消えてしまった。
ショコライルは再びミルティアを抱きとめた腕に強く力を込めると、ラナが逃げて行った先を鋭い目つきで見つめていた。
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明日は13章の続きを8時、11時、17時で更新予定です
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