第12章 サボり魔王子の変わったお仕事④
王族や貴族、来賓の救護班など、意外と仕事はないと思っていたが、とてつもなく忙しかった。
普段興奮したりしない貴族は、白熱する試合に我を忘れ倒れたり、集中するあまり脱水となって倒れたり、騎士と身近に接していない令嬢は、模造刀とはいえ真剣勝負の試合に血の気を引いて倒れたり……とにかくよく倒れた。
毎年のことで慣れているらしく、救護室に運び込む騎士達も、ハミルダ率いる救護班も手慣れたものであった。
ミルティアはそこで、倒れて怪我をした人を消毒する時に使う水を用意したり、水分補給させる水を用意していた。どの者達もミルティアの水に感動して帰って行った。
昼時となり一旦試合が休みに入ると、救護室はようやく落ち着きを取り戻していた。さすがに皆疲れたのか椅子に座っていたため、ミルティアは全員分の水を用意し、順番に配って行った。アニスなど「手伝います」と言ってくれたが、ミルティアは他の人達と比べて疲れていないため、その申し出を断り1人で配った。
「どうぞ。皆さんも水分を摂りませんと倒れられてしまいますので。」
「ありがとう、ミルティアさん。……ああ本当に美味しい水ですね。しかも冷たい。これは?」
一口飲んだハミルダは違いに気付いた。
「その……皆さん暑いと思いましたので、美味しくて冷たい水を思い浮かべたら……できました。」
ミルティアが生み出す水は、今まで常温または川の水ぐらいの冷たさだった。ところがこの水は雪解け水のように冷たい。ハミルダは目を見開いていた。
「素晴らしい!冷たさまで変えられるとは。これはまた研究させてください。」
先程まで疲れてぐったりしていたはずなのに、今は嘘のように目を輝かせている。本当に魔法が好きで研究好きな人であった。
「その……。水飲み場の温度も変えたいと思うのですが、可能でしょうか?」
「それでしたら後程ショコライル様と相談します。」
「ありがとうございます。」
暫し皆がミルティアの水を美味しそうに飲んでいたが、不意に救護室の扉が叩かれた。
すぐさまエディルダが立ち上がり外を確認に行くと、暫くして戻ってきた。
「落ち着いたので俺達は一旦休憩に入らせてもらいます。今交代の護衛が来ましたので、そちらと交代します。皆さんも休憩なさってください。」
「あれ?僕達で交代して食事ではなかったでしたっけ?」
「いいから行くぞ!」
納得していない騎士の首根っこを引っ掛けて、エディルダは慌てて部屋を出て行った。
「ミルティアさん以外の方、すみませんが午後からの打ち合わせをしたいので少しよろしいですか?」
「えっ?あの……わたくしは?」
「ミルティアさんは護衛騎士と一緒にここにいてください。あっ時間がかかるかもしれませんので、先に食事に行っていただいて結構ですよ。」
「えっ?ちょっとお待ちください……。」
どういうわけか側にいてくれると言ってくれたアニスやハミルダまでいなくなってしまった。彼らと入れ違いに護衛騎士は部屋に入ってきたが、初対面の騎士と上手くやれるのか不安で仕方なかった。
下を向いててもしかたない。近づいてくる足音にゆっくり顔を上げてミルティアは言葉を失った。
目の前には、騎士服に身を包んだショコライルがいたのだ。先程までの正装とは異なるが、エディルダ達と同じ騎士服もとても似合っていた。腰に下げた剣も相まってより凛々しさを際立たせており、ミルティアは目が離さなかった。
「どうして?」
聞きたいことは沢山あるのに出てきた言葉はとても短かった。
「ミルティア、俺の騎士服姿見たいっていっただろう??」
ライとしての姿を問いただした時、確かに騎士服を着たショコライルを見たいとは言った。だがまさかこんなに早く訪れると思わなかったし、突然すぎて心構えもできていなかった。みんなが不自然にいなくなったのは、ショコライルが来たことだったことがようやく理解した。
「言いました……。その……とてもお似合いで……かっ……かっこいいです!」
恥ずかしそうに真っ赤な顔で真っ直ぐ見つめてくれる瞳に、酷くショコライルの心は奪われた。先程の令嬢達のかっこいいという言葉は全く響かなかったのに、ミルティアの言葉だと心に染み渡る。驚かすはずが、そのあまりに可愛らしい表情にショコライルも耳を赤くし、口元が緩むのを隠すように腕で隠した。
「ありがとう、ミルティアに褒められるのが1番嬉しいよ。」
嬉しそうに微笑むその顔に、ミルティアの心は締め付けられる気持ちになった。沢山の人達に、見た目は褒められたのだろう。だがそこに心が籠もってなかったり、ショコライルの地位を見ている者ばかりで、きっと「かっこいい」という言葉は、ショコライルにとって社交辞令の言葉の一つになっていたのかもしれない。
先程聞いた会話の内容を思い出してしまい、胸が苦しかった。だからこそミルティアの言葉が嬉しいと言ってくれたお陰で、ショコライルの力に少しでもなれていることに気付かせてくれた。
ミルティアはショコライルの手を両手で包み込んだ。普段そんな行動をしないミルティアにショコライルはたじろいでしまっていた。
「ミルティア?どうしたの?」
「………………信じてください。」
「えっ?何のこと?」
「……わたくしはいつでもどこでも、ショコライル様には本心でお伝えしております。だからどうかそれだけは信じてください。」
ミルティアはもう一度強くショコライルの手を握った。ショコライルにとっては全く痛くないが、心は五月蝿いぐらい動いていた。
嫌な話でも聞いたのかもしれない。なのにこんな小さな手で、必死にショコライルに訴えかける目と意志は、誰よりも心強く感じた。
「ありがとう、ミルティア。」
ショコライルは包まれていない左手でミルティアの手を包んだ。この手をいつまでも護りたい、この手で自分を支えてほしい、そう願って。
「さて、お昼食べに行こうか?」
暫く2人で手を包んで離れると、食事を済ませることにした。
「えっとショコライル様その格好ではさすがに目立つかと?」
いくら騎士服で髪色を変更しても、先程のショコライルの姿を見た令嬢達は気がつくかもしれない。それにただの男爵令嬢が、騎士と2人っきりで歩いているのは釣り合っていない。
「ここに来るまではこの格好で来たんだ……。」
ミルティアの目の前でショコライルは一瞬のうちにライの姿となった。
「アレンも今日は護衛騎士として参加している。だからこの格好をしていてもおかしくないだろう?」
「なるほど……。」
「それに私たちの移動方法は……」
ライの姿をミルティアに見せるとすぐにショコライルに戻り、ミルティアに近づいてきた。
「こうだろう?」
その瞬間ミルティアの肩を掴んで抱き寄せると、即座に転移魔法を発動させ救護室から姿を消した。
一瞬の出来事すぎて、ミルティアは驚くことも恥ずかしがる暇もなく、どこかへ連れ出されてしまった。
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