第12章 サボり魔王子の変わったお仕事③
式典後のショコライルは非常に不愉快だった。
形式的な挨拶は王族という立場なので慣れている。自分の為にも今から人脈を作ることの大切さも理解しているため、諸外国の、特に自分と同じ立場の王太子達との交流は苦ではない。
1年に一回開催される国としても大切なこの行事には、毎年他国の王太子達は必ず訪れる。幼い頃より顔を合わすため、彼らとは古くからの付き合いがある。将来国を背負う者としての覚悟がある者達が多いため、学ぶことも多いし、ショコライルの噂もきっと何かを察して深くは聞いてこない。立場を理解し、いざという時に頼りになる仲間はショコライルにとっても貴重な存在であった。
ではなぜ不愉快なのか。それは先程からショコライルの周りを取り囲む、思惑いっぱいの当主達とその令嬢である。
彼らの中には、ショコライルの事を利用しようとした貴族もいた。娘さえ嫁がせればうまくいくとでも思っているのだろう。それとは別に国と繋がりを持ちたい他国の貴族や、単にショコライルと近づきたい令嬢など沢山の人に取り囲まれていた。
純粋にショコライル自身のことを見ず立場だけを気に入って近付く者にも嫌気がさすし、顔だけで近づいてくる令嬢にも嫌気がさす。特に自分をこれでもかと着飾り、強い香りの香水を振りまき、我先にとお互いを押し合いながら近付く令嬢には、心底嫌気がさしていた。
強く言いたいが、立場上強く言えない自分にも嫌気がさす。早くこんな会話が終わってくれればいいのに……ミルティアならこんなに着飾らなくても近づいてくるし、こんな強烈な香水もつけない。なのに彼女は誰よりも可憐で心を落ち着かせてくれる。自分を前に出すことはせず、この場にいたらきっと引き下がるだろう。
ミルティアのことを考えると自然と口元が緩む。しかしその表情に勘違いしたのは令嬢達だ。
「今わたくしを見て微笑んでくださいました?」
「いえ、わたくしです!」
そんな不問なやり取りまで始まってしまった。流石にここは落ち着かせようとショコライルが止めようと思ったその時、1人の令嬢がその言葉を遮った。
「まあまあ皆様、少し静かになりましょう。わたくしは幼い頃よりショコライル様をご存知ですので分かりますが、少々お疲れのようですわよ。」
止めると見せかけて牽制する。ショコライルは心底嫌になってその令嬢を見た。
しっかりと目線が合ったその令嬢、メランカは美しい微笑みを浮かべた。
「まぁ、メランカ様。やはりショコライル様とご一緒だと益々美しいですわ。」
「ええ、本当にお似合いですこと。」
彼女の取り巻きらしい令嬢達が口々に声をかけてきて、メランカはさらにご機嫌になっていた。
「まぁ、皆様。ほどほどに。わたくし達まだそのような関係ではございませんわ。」
こっちが黙っていることをいいことに、言いたい放題。周囲の令嬢達は牽制されたことで引き気味になっているし、ショコライルに至っては作り笑顔が限界になり、もはや笑っていない。しかしその事に彼女達は全く気付いていなかった。
「メランカやめなさい。」
ショコライルの態度に気付いたサマド公爵が娘を止めようとするが全く効果はない。
「あら、お父様。わたくしはただお話ししていただけですわよ?」
どんなに頭が良くても、顔がよくても、周りを気にかける心を持ち合わせないことが、何よりもショコライルは嫌がる。だからこそ平然とこの場を乱す彼女らのことは許せなかった。
「サマド公爵、この場をご理解しておりますか?」
ショコライルの笑顔が消えた辺りから、サマド公爵親子とメランカの取り巻き令嬢以外は周囲から姿を消していた。この場にいることは相応しくない、賢明な判断であった。
酷く低い声のショコライルにサマド公爵は肩を震わせていた。どうやらこの状況が理解できるらしい。
「来賓の方もお見えです。この場を乱す場合は心得ておりますよね?」
本当ははっきりと出ていけと言いたいところだが、来賓もいるため国の醜聞はなるべく見せてはいけない。最低限の配慮を示すことだけはしたが、態度は酷く冷たかった。
「大変申し訳ございません。……これより用事がございますのでこれで失礼致します。」
「えっ?お父様?」
「ほら行くぞ!」
サマド公爵は脱兎の如く娘を引っ張って退席していった。メランカは全く堪えていないだろうが、青白い顔をしたサマド公爵は状況を理解できたらしい。
ようやく不快材料がいなくなったことで少しだけ落ち着いたショコライルは周りを見渡して謝罪した。
「お騒がせしました。まもなく試合が始まります。どうぞお楽しみください。」
ショコライルのその毅然とした態度に、誰もが王としての風格を感じ静まり返った。唖然と見つめる者、疑わしく見つめる者、いろんな者達がいたが、エクラとロンダ、そしてショコライルの友人と呼べる王太子達はほくそ笑んでいた。
そのタイミングでアレンが動いた。何かをショコライルに耳打ちすると、ショコライルは頷き国王の前に進み一礼した。
「申し訳ございませんが、私も一度こちらで失礼致します。」
「ああ、許可する。」
「では失礼致します。」
そのまま真っ直ぐに出口に向かって進み姿を消した。
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「すみません……。少し御手洗に行きたいので席を外します。」
「でしたらご一緒いたします。」
「すぐ近くなのに?」
「すぐ近くでもです!」
「……ありがとう。」
すぐ近くであったので1人で行けるかもと考えていたが、呆気なくアニスに止められた。
部屋から出て廊下を進み御手洗近くまで来ると、廊下では何人かの貴族達が雑談していた。
ミルティア達が御手洗に入っても彼らの会話は聞こえてきた。なるべく聞かないようにしたいが皆同じような会話のためどうしても耳に入ってしまっていた。その会話はあまり気持ちがいいものではなく、ミルティアは手洗い場から動けなくなってしまった。
「お前あの王太子とお近づきになれ。そうすれば我が家は安泰だ。」
「先程もすぐに出て行ったから、サボり癖はあるかもしれないが、王としては素質があるかもしれない……。なんとか近づかなくては……。お前はとにかく王太子好みの女性を演じろ。いいか、先程の女とは逆がいいはずだ。」
「お父様、私あの方に見染められたいです。あんなに素敵な方他におりません。」
運営スタッフが使用するこの御手洗は王族席から少し離れているため、敢えてこの場を選んだような内容であった。
普段サボり魔王子と馬鹿にするくせに、見た目で好意を示したり、立場を利用しようと娘を利用して画策する者、誰もが1人の青年としてショコライルを見ていないことが突きつけられた。
幼いショコライルはこんな話を聞いてしまったのだろう。こんな言葉にこの4年耐えていたのかと思うと悲しくなった。そして何より悔しかった。
ショコライルは誰よりもこの国を愛し考えている。確かに顔はかっこいいかもしれない。だが内面はとても思いやりに溢れ優しく、そしてかっこいいのだ。上辺だけでショコライルを判断し、ショコライル自身をしっかり見ようとしないことに、ミルティアは悔しくて悲しくてしかたなかった。
「ミルティア様?」
「ごめんなさい。大丈夫。」
「いいえ。少し休んでから戻りましょう。」
ミルティアは気づかずうちに自然と涙を流していた。感情がぐちゃぐちゃになりうまく言葉が出てこず、その代わり涙となって溢れていた。
「ショコライル様は幸せ者です。」
「どうして?こんなに苦しいことを言われているのに……。」
「しっかり見てくださり、ショコライル様に代わって泣いてくださる方がいらっしゃるなんて幸せに決まってます。」
「そうなの?」
「はい。」
アニスはミルティアが落ち着くまで背中を摩りながら、こんなにも美しい涙を見たことないと思っていた。アニスを始めショコライルの部下達は、ショコライルに対する嫌味や噂話を苦々しく思ったが、行動することばかり考えていた。しかしショコライルの気持ちに寄り添い、ミルティアは涙を流してくれた。
こんな人はショコライルの周りにはいなかった。本当に素敵な人だし、ショコライルにとって欠かせない人、ミルティアに大切に思われるショコライルは、絶対幸せ者だとアニスは確信した。
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第12章の続きは明日の8時、11時、17時に更新予定です
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