第1章 4年ぶりの再会④
「こちらが応接間です。中でショコライル殿下がお待ちしております。……扉を開けますね。」
アレンの後ろについて長い廊下を歩き、一つの部屋の前で足を止めるとアレンに声をかけられた。ミルティアは深呼吸をしてからアレンを見て頷いた。ミルティアからの了承を確認してアレンは扉を叩いた。
――トントン――
「誰だ?」
扉を叩いてすぐ男性の声が返ってきた。ミルティアはその声を聞くと胸が早鐘を打ったように動くのがわかった。
ミルティアの記憶にあるショコライルは、幼さの残る可愛らしい声であったが、今扉から聞こえてきた声は子供の時よりも少し低いよく通る声であった。
会わないうちに声変わりをして、大人として成長してきているショコライルに今から会うのかと思うとどうしても緊張してきてしまった。
「アレンです。ミルティア・リリアージュ嬢をお連れしました。」
「……入れ。」
部屋へ入るようにショコライルに言われミルティアは胸の前で握っていた両手をぎゅっと強く握りしめた。
「大丈夫ですか?」
ミルティアの行動に気付いて小声でアレンが話しかけてきた。
「お気遣いありがとうございます。もう大丈夫です。お願いします。」
ミルティアを気遣ってくれるアレンに対して感謝をし、扉を開けてくれるようお願いした。本音は今すぐここから立ち去りたいが、逃げることはできない。覚悟ができるまで待ってもらうなどいつになるかわからないため、ミルティアは勢いで乗り切ることにきめた。
「失礼いたします。」
アレンがゆっくり扉を開ける先をミルティアは真っ直ぐ見つめていた。その目には覚悟と意思を宿していた。
アレンが扉を開けて進んだため、ミルティアも一歩踏み入れて部屋の中に入った。
ただ歩くだけなのにこんなに重い一歩があるのかと考えながらゆっくりソファの前まで進んだ。緊張と戸惑いで少し俯きがちに歩いていたミルティアは、ソファの前まで来てようやく目線を上に上げた。
「!!」
目の前には4年ぶりに会うショコライルが座っていた。昔の面影を残しながら、少女みたいに可愛かった王子は身長も高く、可愛さよりも爽やかさが強い青年へと成長していた。
ほんのり薄い青色のシャツにショコライルの瞳の色と同じ深い青色のボタンがついた白いベスト、深い青色のアスコットタイと白いズボン、白い丈が長い上着は襟と手首、肩にかけてタイと同じ深い青色となっており、その部分に銀糸で模様が刺繍されている装いはショコライルにとてもよく似合い、王太子としての風格も兼ね揃えていた。
4年という歳月がこんなにも人を成長させてしまうのかと思うと共に、自分も4年前と比べてだいぶ変わってしまったのだろうと考えていた。
ショコライルを見つめしばらく固まってしまったが、すぐに冷静になり慌てて淑女の礼をして挨拶をした。
「ミルティア・リリアージュです。陛下からのご命令で伺いました。精一杯務めさせていただきますのでどうぞよろしくお願い致します。」
ミルティアは頭を下げながら、ショコライルからの言葉を待った。しかし待てど暮らせど返事がない。もしかしてもう逃げられてしまったのかと不安になった。
「殿下、お言葉を。」
アレンの声でショコライルが逃げてないことだけがわかった。
「すまなかった。顔をあげてミルティア嬢。」
アレンに促されるように慌てたショコライルの声が聞こえてきた。ミルティアはゆっくり姿勢を戻し顔を上げると、ショコライルと目があったがショコライルはすぐにミルティアから目線を外した。
「父上が突然の申し出をしてしまい申し訳なかった。」
会いたくなかったなど言われると思ったのに、ショコライルから出た言葉は謝罪だった。
「ショコライル殿下が謝ることではありません。それに最終的にこちらに来ると決めたのはわたくしであります。今までの方と比べると役不足かとは思いますが、ご迷惑をかけないよう務めさせていただきます。」
「……その責任感、相変わらずだな。」
「えっ?!」
ミルティアはショコライルの突然の言葉に驚き変な声を出してしまった。すぐにそれが王太子にかける言葉ではないと気付き、慌てて訂正した。
「もっ申し訳ありません。大変失礼な対応をしてしまいました。」
ミルティアが申し訳なさそうに頭を下げたのを見つめ、ショコライルは小さく笑った。
「気にするな。以前と変わらないあなたに懐かしさを覚えてしまっただけだ。」
ミルティアは顔を上げ、優しく告げるショコライルの顔を見た。ショコライルと目が合うと、とても優しい顔でミルティアを見つめてきた。
幼い頃よくミルティアに微笑んでくれていた顔の面影があり、ミルティアも懐かしさを覚えていた。
「すまなかった。あなたに迷惑をかけることをして。最後に会った時と比べ私は変わってしまった……申し訳ない。」
ショコライルはミルティアに頭を下げた。ミルティアは慌てた。王太子に頭を下げさせるようなことではないからだ。
「顔をお上げください。わたくしに頭を下げる必要などありません。どうかお願いいたします。」
「ありがとう、ミルティア嬢。」
ショコライルは顔を上げてミルティアを優しい目で見つめた。
(なんてお優しい顔をされているのかしら。)
4年前も優しい目をよく向けてくれていたが、それよりもさらに優しい目をしていたため、ミルティアはどうしたらいいか分からずただ固まるしかできなかった。
2人はお互い見つめ合いしばらく沈黙の時間が流れ出した。ミルティアはこの場合どういった対応をすればいいか分からず困っていたところに、アレンが助け舟をだした。
「殿下、何かお話されないとミルティア嬢が困ってしまいますよ。」
「あっああ、すまなかった。」
(だめだ、ショコライル様がポンコツすぎる。)
アレンはいつもの様子と違うショコライルに呆れつつ、この場を納めることにした。そうしないと、この主のポンコツぶりをさらに晒してしまう気がしてきたからだ。
「ミルティアさん、急なことでお疲れでしょう?一度お部屋にご案内しますので、荷物の確認などお願い致します。」
「はい。ありがとうございます。」
ミルティアはアレンが気を利かせてこの場を納めてくれたことに内心ホッとした。あのまま無言の時間が続くのは耐えられなかったからだ。
退室するためショコライルに挨拶をしようと目を向けるとショコライルは難しい顔で何かぶつぶつと呟いていた。
「……さん。いやそれより部屋とは……」
小さい声で呟くので何を言っているのかミルティアにはわからなかったが、とにかく真剣に呟いているショコライルに挨拶はしようと声をかけた。
「ショコライル殿下。あの……」
「……」
ミルティアはショコライルに伺うように声をかけたが、ショコライルにはミルティアの声が届いていなかったようだ。
ショコライルに気付いてもらうまで静かに待つべきかとは思ったが、アレンを待たせてしまうためミルティアはお腹に力を込めて声を出すことにした。
「ショコライル殿下!」
先程までの穏やかな話し方と異なり少しだけ大きくはっきりと名前を告げると、名前を呼ばれた相手は目を丸くしてミルティアを見つめた。
「もっ申し訳ありません。このような大きな声を出すなどはしたない行動をしてしまって……。」
自分で話しながら、ミルティアは淑女として相応しくない大声を出してしまったことに急に恥ずかしくなり、言葉に詰まってしまった。
そんな2人のやり取りを見ていたアレンは、2人ともにいろいろ説明が必要であること、このまま放っておくといつまでも終わらないことを察した。
「ミルティアさん、あなたは何も悪くありません。あなたの声掛けに反応もせず、自分の世界に行ってしまったショコライル様が悪いのですから。」
「なっ!」
「ショコライル様、あなたには後でいろいろ説明が必要なようです。ミルティア嬢をお部屋にご案内するのであなたは執務室にいてください!」
「わっわかった。」
「絶対ですよ!!」
王太子であるショコライルにかなり強気な発言をするアレンにミルティアは驚きアレンの顔を見たが、ショコライルの顔を見るアレンの張り付くような笑顔に、この2人の関係性を十分に理解することができた。
それと同時にアレンは敵に回してはいけないということも理解した。
「ではミルティアさん、行きましょう。」
「はい、アレン様。ではショコライル殿下お時間いただきありがとうございました。これにて失礼致します。」
ミルティアはショコライルに淑女の礼をするとアレンについて部屋を出た。
扉を閉めながらアレンがショコライルに
「逃げるなよ」
と小さく呟いてるとも知らずに……。
2人が再会できました。
ミルティアとショコライルの2人を温かく見守っていただけると嬉しいです。
明日は8時、11時、15時、17時、19時で2章をアップします。
よろしくお願い致します。