第11章 サボり魔王子護衛になる⑤
「師匠、これでいいですか?」
寝静まったミルティアを確認して、ショコライルはハミルダに問いかけた。
「ありがとう。彼女にはまだ聞かれない方がいいと思うから、眠ってもらう方が都合がいいからね。」
先程ショコライルがミルティアに翳した手は、睡眠魔法をかけたためであった。
魔法で寝ているので、ショコライルが解除しない限り眠り続ける。先程疲れて倒れそうになった彼女に、しっかり休んでもらうためにも、寝かせることは都合がよかった。
「それで何の話ですか?」
ミルティアの寝ているソファの横に腰掛けたショコライルは、自分の重さで頭が沈んでしまっていることに気付き、自分の膝にミルティアの頭を乗せることにした。いわゆる膝枕である。顔にかかる髪を愛おしそうに撫でると、ミルティアが柔らかく微笑んだ。
「ショコライル君、そろそろ話して大丈夫?」
このままではいつまでもミルティアを愛でそうなショコライルを、とりあえず話の場所に戻すためハミルダが声を掛けると、ハミルダの存在を思い出したかのように、バツが悪そうな顔を浮かべてショコライルは頷いた。
「先程の水には毒を入れていたんだ。」
「毒?!!」
予想外の言葉にショコライルは絶句した。ミルティアに害がないのか心配であったが、もしミルティアの身に危険が及ぶなら、ハミルダは絶対に実験を行っていなかったと考えるととりあえず安心はできた。
「事前に君に言うと嫌がっただろうし、彼女に伝えると怖気付いてうまく魔法が使えないと思っていて隠していた。ごめんね。」
「いや、確かにミルティアには内緒にしてよかったと思います。」
無意識にミルティアの頭を撫でながら、毒だからこそ浄化に時間がかかったのかと理解した。
「先程調べたけど、間違いなく水は浄化されていた。これで彼女は水分なら、どんな物でも浄化できることが証明できたよ。」
「分かりました……。」
ミルティアの力が知れたはずなのに、ショコライルの表情は曇っていた。全ての水を浄化できる力。水を生み出す力。水の女神かのような魔法は、国内の水問題に悩む領地が欲しがるだろうし、教会が水の女神として側に置きたいと言い出すかもしれない。それにどの国でもミルティアの力は欲しがるだろう。ミルティアが外交カードにならないよう、立場がしっかりするまでは、表立って力を公表することは避けなければいけないし、より一層護らなくてはいけない。
何をすべきか問題は山積みであるが、ミルティアが安心して笑えるよう力を尽くすだけである。
「ミルティアにはこのことは?」
「伝えるべきだと思う……。君から伝えてくれないか?」
「私ですか?」
ハミルダの研究のはずなのに、何故ハミルダが説明しないのか……。狙いがわからなかった。
「彼女の側にいる君なら、彼女が落ち着いたタイミングで伝えれると思う。それに彼女も君を信頼している。君の言葉なら素直に受け入れてくれるよ。」
ハミルダのことも信頼しているので、ハミルダが伝えても問題ないだろうが、ここはショコライルに任せることにした。きっと2人なら乗り越えられる。それぐらい今の2人には固い絆が結ばれているようにハミルダは感じていたので、2人を信じることにした。
「わかりました……。時期を見て早めに伝えるようにします。」
「そうして。彼女に詳しくは言わなくていいけど、用心することは伝えておいてね。」
「わかってます。そういえば、明日は私もついていけることになりましたので、会場に集合でどうですか?」
「それは助かりますね。ではそうしましょう。少し待っててくださいね。」
ハミルダは一度席を立つと手に1枚の紙を持って戻ってきた。
「ところで明日は何君なの?」
「えっととりあえずライです。」
「では馬車でこちらの会場に来るということだね?」
「カルレッタ公爵邸の馬車で来ます。」
「なら集合はここの水の広場だ。ここに彼女の魔法で水を入れてもらうよ。」
先程持ってきた紙はオシリス祭会場の地図であった。地図には各競技場と選手の控え室などが円を描くように配置されていた。その円の中心には休憩所として広場が設けられており、その広場中央に置かれた噴水をハミルダは示していた。
「分かりました。」
「それで人払いは?」
「行う手筈は整っています。私の部下を明日も明後日も総動員します。」
「抜かりないね。明日はこの魔石をダミーとして噴水の上に置く。私の研究の成果でこの魔石から水が湧き出ているという体になっている。幻影魔法は掛けるから安心して。申し訳ないけどそのことを国王陛下に伝えてもらっていいかな?」
「必ず父上にお伝えしておきます。」
穏やかな会話を続けていたはずが、急にハミルダの顔から笑顔が消え、真剣な顔つきとなった。いつも笑顔のハミルダがこのような表情をする時は、とても大切な話の時である。ショコライルは拳を握りしめて表情を硬くした。
「……ショコライル君。このオシリス祭で何か起こると、私は考えている。くれぐれも注意するように。」
「まだ実態は掴めませんか?」
「相手はなかなかの使い手かもしれない。わたしの探索を躱す。思ったより手強いかもしれない。」
「師匠の探査魔法を躱すのですか?」
「完全に躱しきれていないから多少は情報を得られるが、それでも多少でも私の魔法を躱すということは、それなりの使い手ということだ。」
ハミルダは諜報活動を得意としており、悪意ある魔力を事前に読み取ったり、その者の感情を聞いたり、邪な感情を読み取った場所に出向きその場所にある壁や花瓶など物に触れることで、その物が見て聞いた会話や内容を読み取ることができる。
だが今回の敵は手強い。邪悪な魔力や感情を読み取ってもすぐに消えてしまい、場所の特定や感情を読みとることが難しい。もし分かったとしても辿り着いた場所の物に触れても全く読み取れないのだ。
何らかの防御で痕跡を消したり、ハミルダの魔法を躱しているはずだ。
ハミルダは国内随一の魔法の使い手だと言われている。そんな彼の魔法を躱すということは、それなりの魔力が必要になる。かなりの使い手であることは容易に想像できた。
ショコライルはハミルダの話を驚くとともに、見えない敵に怖さを感じた。そしてハミルダの話からそれよりも恐ろしい事実に気づいてしまった。
「待ってください……。師匠の魔法に対策が取れるなど……王族に近い奴が黒幕または力を貸してるということですか?」
「間違いないと思う。」
普段見た事がないような強い眼差しを向けられたことで、嘘では無いとはっきり態度でも突きつけられた。
「狙いが王族なのか、国なのか、はたまた別の理由なのか……分からないことばかりだ。オシリス祭は多くの人の出入りがあるため姿を眩ましやすい。だからこそより一層気をつけるんだ、ミルティアさんも、もちろん君も。とりあえず信頼できるのは、国王陛下、君の部下、アレン君の父君、ミルティアさん、そして私だと思っていてくれ。調べたけど邪な感情は一切持ち合わせていない。後は調べれていないから信用してはいけない。」
ハミルダの普段の穏やかそうな話し方や態度は、いつのまにか完全に無くなっていた。初めてみるハミルダの姿に、これがこの人の本当の姿なのではないかとすら思えてしまった。それだけしっかりと忠告してくれることが、どれだけ意味があるのかショコライルは理解し、力強く頷いた。
「ありがとうございます。私も気をつけますので、どうぞ師匠も気をつけください。」
「私はやられないよ?」
いつもの調子に戻ったハミルダは、いつもの笑顔を浮かべて少しだけ戯けてみせた。先程までの張り詰めていた空気が嘘のように緩み、自然とショコライルも笑顔になったいた。
「私もやられません!」
「当然だよ。君は私の弟子なんだからね。」
「師匠、当日は私はずっとミルティアの側にいることは叶いません。どうぞミルティアのことをよろしくお願いします。」
深々と頭を下げ、ハミルダにミルティアを託した。
「当然のことだよ。彼女は大切な教え子ですし、可愛い弟子の大切な人だからね。」
普段なら照れて反撃しそうな内容なのに、そうしなかったのは本当にミルティアが大切であることと、必ず護りたかったから。
ショコライルは未だ幸せそうに眠るミルティアの寝顔を見つめて
「そうですね、大切です。」
と聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。
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第12章は2日に分けて更新させていただきます。
明日は8時、11時、17時に更新予定です。よろしくお願い致します。




