第10章 動き出したそれぞれの想い④
「ねぇアニス。変じゃないかしら?」
「ご安心ください。おかしいところなど一つもございません。」
ミルティアの部屋では同じことを何回も繰り返すやり取りが行われていた。
ショコライルの家庭教師として最初の勉強の日もこのようなやり取りをした気がすると、アニスは思い出して微笑んでいた。
「では私はこちらで一旦失礼します。何かありましたらすぐにお呼びくださいね。」
「えっアニスもう??」
「はい、失礼致します。」
ミルティアの制止を聞かず、アニスは部屋を出て行ってしまった。1人残されたミルティアは落ち着かず部屋の中をぐるぐる当てもなく歩いていたが、すぐに部屋の中を風が吹いたため慌てて歩みを止めた。
「ミルティア、遅くなってすまない。」
窓が開いてない部屋に吹く風の正体は、ショコライルの転移魔法である。急に現れたショコライルにミルティアは慌てて言葉をかけた。
「だっ大丈夫でふ。」
緊張で声が上擦ってしまうし噛んでしまったのが恥ずかしい。胸はうるさいぐらい騒がしく鳴っていて、ミルティアはこの気持ちを抑えるのに必死だった。
「ミルティア、顔がまた赤いけど大丈夫?まだ体調悪い?」
「大丈夫です!!ちょっと運動していたのです!」
「えっそのドレスで?」
ミルティアは自分の服装を見て、返答を間違えたことを理解した。どう考えても今の服装では運動できない。なんとかして誤魔化そうとした言葉はあまりに見え透いた嘘であった。
「あの。ほらこうやって運動できますわ。」
ミルティアはドレス姿でスクワットを始めた。コルセットを巻いた体にヒールでスクワットはあまりに無謀であったが、その無謀さのお陰で少し動くだけで本当に顔は赤くなった。
「ミルティア、わかったわかった!もう大丈夫。」
どうやらショコライルは騙せたらしい。ミルティアはホッと胸を撫で下ろした。
いつものようにショコライルがお茶を淹れてくれ、ミルティアはテーブルにお菓子を用意しているが、一つだけいつもと違う物があった。ミルティアは内心ドキドキしながら、ショコライルが気付くのか伺っていた。
「いつもありがとうございます。」
「趣味だから気にしないで。それより今日はケーキなんだね。」
「はい。食べたくなりまして。」
「そうか、ではいただくかな。」
ショコライルは淹れたてのお茶をミルティアに渡すと、自らもソファに座り、用意されたケーキを一口食べた。
ケーキを食べたショコライルはミルティアが分かるほど目を見開いていた。
「ミルティア……。」
「はっはい。」
「このケーキってもしかして?」
その言葉でミルティアの感情は嬉しさと緊張で掻き乱された。
「分かりましたか?」
「当たり前じゃないか!私はこのケーキが1番好きなんだ。」
「1番好き……。」
ケーキのことを言っているのはわかっていても、どうしてもその言葉に反応してしまう。ショコライルの言葉一つで心を乱されるなどかなりの重症だ。
「ねぇミルティア。レシピを料理長にでも渡したの?」
「お伝えしましたが、その、これはわたくしが作りました。」
「えっえ??本当に??」
あまりにショコライルが大きな声で聞き返すため、ミルティアは呆気に取られた。
「アニスに頼んで厨房をお借りしました。もちろんアニスも見ておりますし、料理長様も見ていただいたので決して悪い物は入っておりません!……すみません……、ご迷惑でしたか?」
必死に経緯を説明しているのに、ショコライルは上の空で聞いていない気がする。いつか食べたいと言われたが、やはり王太子に手作りなどまずかったのかもしれない。
「謝ることなんて一つもない!ごめんね、不安にさせて。そのミルティアの手作りだと思ったら嬉しくて。」
「嬉しいのですか?」
「嬉しいに決まってる!!」
間髪入れず答えるショコライルの勢いに、ミルティアは嬉しくてしかたがなかった。こんなに喜んでくれるなら作った甲斐があったし、何よりショコライルに喜んでもらえたことが嬉しかった。
「ミルティア、また作ってくれる??」
「もちろんです!!実は他のお菓子も挑戦しようと思っているのですが、上手く出来たら食べていただけますか?」
「喜んで。試作品から食べさせて。」
「いや、それは……。」
「絶対食べさせて!……ほら味の感想とか必要でしょう??」
「分かりました。ではよろしくお願いします。」
「楽しみにしてる。」
ショコライルの何がなんでも食べさせろという強い意志に負けてしまった。さすがに真っ黒くなった失敗作などは辞めようと思うが、できる限り食べてもらいショコライル好みの味にしたいと考えていた。
「そういえば、余りのケーキはどうするの?」
「今回は作りすぎてしまいましたので、アレン様やアニスなどに食べていただこうと思います。」
「ミルティア。」
生クリームたっぷりのケーキは日持ちがしない。そのため食べてもらえる人をなんとか見つけなくては。最悪食堂にでも持って行こうかと思って言ったが、何やらショコライルがひどく不機嫌になっていた。
「あの?どうかされましたか?」
「私が全部食べる!」
「へっ?」
「俺が全部食べると言ってるんだ。」
冗談だと思ったのにいたって真剣な顔で言ってくるショコライルにミルティアは唖然とした。
「あの、作りすぎてしまったため量が多いですよ?流石に今日までに食べ切らなくてはいけないですので、お一人では難しいかと思うのですが?」
「いや大丈夫だ!」
このままでは本当に1人で食べかねない。でも時刻は夕飯時。きっとショコライルのために厨房ではご飯の準備など行っているだろう。自分のケーキのせいでそれらの準備が台無しになるのだけは避けなければいけなかった。
「必ずまた作ります!ショコライル様が食べ切れる量で。ケーキで満腹になってしまっては、夜ご飯をせっかく準備してくださってる方々に申し訳なさすぎます。ですから今日はみなさんで分けませんか?」
「分かった。だが次からは1人で食べたい。」
可愛く懇願するミルティアに、ショコライルは渋々納得するしかなかった。ミルティアはただ必死にお願いしただけだが、ショコライルが盲目になってくれているお陰でやり過ごすことができた。
「はい。次からはショコライル様のためだけに作りますね!」
不意打ちとはこういうことを言うのだと、ショコライルは今まさに身をもって経験した。思わず嬉しくて抱きしめたくなる気持ちをぐっとバーナードを思い出すことで押し殺し、代わりにミルティアの手を両手で握った。
「ありがとう。とても楽しみにしているよ。」
これぐらいは許してくれるはずだと自分に言い聞かせ、ショコライルはミルティアのこの笑顔を何がなんでも護ろうと心に誓った。
ショコライルがケーキを独り占めしたいと拗ねた姿があまりに可愛らしく、また作ると言ったら喜んでくれた姿はミルティアの心を温かい気持ちで満たしてくれた。
またショコライルの幸せそうな顔を見たいので、ミルティアはお菓子作りをさらに頑張ることにした。
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ショコライルは嬉しそうにケーキを持って帰ってきた。アレンにも分けるとミルティアと約束した手間、アレンにもお裾分けをしたが、アレンが食べる度ついつい睨んでしまっていたようでアレンを呆れさせた。
夜ご飯の時は料理長から、ミルティアからケーキのレシピを聞けたので、今後は食後のデザートとして提供すると伝えられたが、ショコライルはそれを全力で拒否した。
そのケーキが好きなのはもちろんだが、ミルティアが作るからこそさらに美味しいのだ。他の者が作った同じケーキなど食べたくなかった。
理由は言わなかったが、どうやら幼少期から付き合いのある料理長にはなんとなく察しがついたらしい。アレンもミルティアへの気持ちがダダ漏れのポンコツぶりを発揮したショコライルをサポートすべく、料理長にくれぐれも他言に無用を念押ししておいた。
料理長以外に知られていたら、ショコライルのミルティアに対する気持ちが噂になっていたかもしれない。そう思うとショコライルの気持ちの緩みを正すため、一度締めようとアレンは決めた。
一方料理長は教えてもらったケーキのレシピをとりあえずノートに書き留めておいた。レシピ名は『俺のケーキ』と書かれていたことは料理長以外知られていない。
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第11章は明日の8時、11時、15時、17時、19時に更新予定です。
引き続きよろしくお願い致します。




