第9章 サボり魔王子覚悟を決める②
3人は無事に応接間に移動した。
ショコライルのことなど構わず、アレンが執務室と繋がる部屋の扉をすぐに叩くと、すぐに行くとだけ声が聞こえたため、そのまま待つこととなった。
ミルティアがソファに座るよう促しても、ショコライルは微動だにせず立っていた。王太子がたかが男爵家の当主を立ったまま出迎えるなど前代未聞であるが、いくらミルティアが促しても座らず、アレンにも放っておいてくださいなど言われてしまうため、ミルティアはなす術がなく、自分も立って出迎えることとした。
応接間が異様な空気になる中、執務室の扉が開いた。アレンが扉を叩いてから時間は実際にはそんなにかかっていないが、ショコライルとミルティアは緊張のためかとても長い時間のように感じていた。
バーナードが思いの外穏やかな顔で入ってきたため3人は胸を撫で下ろしたが、すぐにとんでもないことに気がついた。ショコライルもアレンも今日のことをいろいろ想定していたが、流石にこれは想定外であり、いつも冷静なアレンの表情に少しばかり動揺が浮かんでいた。
「何故……。父上……。」
ショコライルとアレンの想定外であったのは、この部屋にショコライルの父エクラがいたことであった。
ショコライルのミルティアに対する態度での呼び出しだとばかり考えていたが、どうやら父親達の方が一枚上手だったようだ。ショコライルはこの状況の打開策を見つけられずにいた。
「お越しいただきありがとうございます。ショコライル殿下。アレン殿。」
「こちらこそ、急な訪問で失礼しました。」
ショコライルは動揺しているのを隠すように姿勢を正した。しかしバーナードの背後にいるエクラのことがどうしても気になり目線は落ち着かなかった。
「すまないが、防音魔法を掛けてくれるかな?人払いをしてるとはいえ不安は消えないからね。」
「すでに施してあります。」
「さすがアレン殿。いやアレン君でいいかな?」
「もちろん、構いません。お好きなようにお呼びください。」
防音魔法はいつもショコライルがかけていたが、今回はアレンがかけていたようだった。珍しいことではなく、ショコライルの実力が気付かれないための対策だったのだが、エクラとバーナードが揃うこの場ではその配慮は必要なさそうだった。
「さて、ショコライル殿下。いやここは王太子としてでなく、1人の青年として話をさせてくれないか?」
「もちろん構いません。」
「ではショコライル君。君は本当に娘の勉強から逃げているのかね?」
状況が読み込めなかったが、とりあえず落ち着いて話し合おうということで、それぞれがソファに座った。バーナードの対面にはショコライル、その横にミルティア、ミルティアの対面にはエクラ、ショコライルの右後ろにはアレンが立って控えた。アレンも座るよう言われたが、ショコライルの側近として来ているということで着席を断っていた。
バーナードがいるだけでも気を張るのに、さらにエクラまでいるとなるとショコライルは胃が痛かった。何を話されるか、どこまで聞かれるか、やり過ごせるのか、どうにもできないのか、いろいろな考えが頭に浮かんでは消え、もうなるようにしかならないとさえ思えてきた。
「すみません……。」
バーナードの質問に曖昧な返事でやり過ごそうとしたが、そう簡単にはいかなかった。
「ミルティアはね、この話が来た時、嫌がったしすぐに帰 ってくると私に言ってきたんだ。逃げられてるはずなのにまだ頑張るなんて手紙が来て、始めは信じられなかった。」
「……。」
「ミルティアなら噂通りの君ならすぐに帰ってくるだろう。それが帰ってこないんだ。理由が何かあると考えてしまうのだがどうかね?」
ショコライルは言葉が出なかった。見透かされたようなバーナードの目には、嘘を言えば信頼は地に落ちるだろう。だからと言って真実をはたして伝えていいのか。悩めば悩むほどショコライルの口は固く閉ざされてしまった。
信頼していた貴族達の裏切りが、幼いショコライルの心を深く傷付け、信じて伝えても裏切られるのではないかという不安が、いつも心のどこかで湧き上がっていた。
バーナードはミルティアの父親だと分かっていても、心がそれを良しとしない。伝えよう、何かを話そうとしてもショコライルの意思に反して、言葉だけがショコライルから消えてしまった感覚に陥っていた。
「ミルティア。君はどうなんだ?」
バーナードの目を見たまま、心は違うところにあるようなショコライルの顔を見たバーナードは、ミルティアに話を振った。
ショコライルは何か隠している。その確信は彼の反応でわかったが、何かに悩んでいることも伝わってきたため、ショコライルの心が落ち着くのを待つことにした。
「手紙でお伝えした通りです。」
急に話題を振られたミルティアは、父親を納得させられるだけの返答はできなかった。
「逃げられてるのに頑張るとはどういう気持ちの変化だい?」
「アレン様と、今これからの勉強方法などをご相談しているところなのです。うまくいけばショコライル殿下も励んでくれるかと……。」
嘘は言っていない。アレンと勉強方針を相談したことはある。違うのはショコライルが勉強していることなのだが、本人が伝えていない以上、ミルティアの口から伝えることはできなかった。
「ミルティア。苦労かけてるね。」
静かに今まで話を聞いていたエクラが、話に入ってきた。ミルティアは恐る恐るエクラの顔を窺うと、怒ることはない、とても優しい目でミルティアとショコライルそしてアレンを見つめていた。父親が子供達を見守る、そんな顔であった。
「苦労など決して。」
はっきりとした謝罪の言葉ではないが、エクラの言葉はミルティアに対する謝罪の気持ちが込められていた。王族は簡単に謝罪などしない。だからこそ、この言葉がどれほど重たいものか理解したミルティアは慌てた。
「ショコライル。お前は幼い頃から頑張る癖がある。だからこそサボり魔などという名は理解に苦しむし、お前には似合わない。お前が何かに悩んでいることぐらいわかっている。私などには頼らず1人で頑張ろうとしているんだろう?だがな……私は国王の前にお前の父親だ。お前1人に苦労させるわけにはいかない。私はお前に頼られたいんだよ。……そんなに私は父親として頼りないか?」
「そんなことは決して!」
エクラの言葉に、ショコライルは忘れていた言葉が戻ってきたかのようにすぐに反論した。
父親の背中を誰よりも見て育った。国王としても尊敬する父親を頼りないなどと思ったことは一度もない。だからこそ閉ざしていた口から堰を切ったように言葉がでてきた。どんなに話そうと思っても出てこなかった言葉が出たことはショコライルにとって驚きであったが、もう逃げれないことも悟ることとなった。
「なら全て話してくれ。必ず誰にも伝えないと約束しよう。アレンもミルティアも支えてくれている。彼らの為にもどうか話してくれ。力になりたいんだ。」
こんなにもエクラが心配してくれていると初めて知った。忙しくて見てくれていないと思っていたのに、こんなに自分のことを見てくれ、理解してくれていた。いつか話してくれるだろうとずっと信じて待ってくれていた。
父親にはやはり敵わないし、尊敬できる人だと改めて感じた。
バーナードもミルティアのことを本気で心配し、また彼女の行動を信じてくれている。
もうこれ以上心配かけるわけにはいかない。
ショコライルは手を強く握ると、真っ直ぐ前を見つめた。先程までの悩みや動揺で揺れ動く瞳ではなく、力強い覚悟を決めた瞳で、エクラとバーナードに今までのことを一つ一つ丁寧に説明し始めた。
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