第7章 手紙は突然に①
ショコライルがミルティアに秘密を打ち明けてくれてから、2日に1回の勉強の他にファラフィラ村に出かけたり、毎日お茶をするようになった。
ショコライルはミルティアと過ごす時間が、落ち着くということでどんなに忙しくても時間を作ってくれた。
お茶を淹れるのはもちろんショコライルの仕事である。
ミルティアが淹れると申し出ても、ショコライルは絶対に自分が淹れると言って譲ってくれなかった。
王太子にそんなことをやらせる訳にはという考えも頭を巡ったが、そのような対応をしてしまうとショコライルの周りにいる貴族達と変わらなくなってしまう。
ショコライルの希望は王太子としてでなく、1人のショコライルという男性として見て欲しいことであったため、ミルティアはショコライルからのお願いを聞き入れていた。
今日も勉強の日ではなかったが、ショコライルは時間を作って昼過ぎのお茶の時間にちょうど来てくれた。もちろん転移魔法で。
アニスは事前に知らされるらしく、今日も突然のショコライルの訪問にも慌てず対応してくれたが、ミルティアはいつ来るか分からないので、毎回来る度に驚いたり、嬉しそうな顔をしたりと百面相をしていた。
アニスに一度来るのが分かるなら教えて欲しいと伝えたが、「いつ来るか分からない楽しみがあるじゃないですか」などとはぐらかして教えてくれなかった。
本当は身だしなみなど整えたいミルティアの気持ちは充分理解できるが、ショコライルより「ミルティアのコロコロ変わる顔が見たいから黙っていて」なんて言われてしまっては、それに従うしかなかった。
もちろん寝顔を見たいなどおかしな依頼をしてきた際は突っぱねるつもりであるが、ミルティアの表情を見たいという願いなら叶えることにした。
今日も会話は弾みあっという間に時間となり、ショコライルは帰っていった。最近忙しいらしく、お茶の時間は短くなっておりミルティアは少し寂しい気持ちを募らせていた。
食器を片付けながら深いため息を吐いていると、後ろから声が聞こえてきた。
「寂しいのですか?」
先程のため息を聞かれてしまった恥ずかしさと、寂しい気持ちを見透かされていて、動揺してしまった。
「そんな……。恐れ多いことよ。」
寂しくないと言ったら嘘になる。ショコライルとの話は楽しいし、ミルティアに微笑んでくれるショコライルの顔を見るだけで胸は躍るし、自分がショコライルにとって安心できる存在であることが嬉しくも思う。
だが、勘違いはしてはいけないことは充分に理解している。だって相手は王太子なのだ。憧れは抱いてよくても、慕ってはいけない。慕っていけないわけではないが、叶わないことなのだ。
この国は貴族階級が根強い。そのため以前ショコライルが説明した通り身分差の恋は叶わないのだ。
貴族は貴族としか結婚できない。王族もまた貴族としか結婚できない。貴族であれば公爵位など位貴族は上位貴族と結婚するのが慣例であり、下級貴族も同じである。公爵位と下級貴族の結婚はできなくはないが、家督を継ぐ者ともなると世間の目は厳しくなり、なかなか結婚できないのが実情である。
王族など以ての外で、王族との結婚は上位貴族か隣国の王族しか今まで認められていない。
ミルティアは下級貴族の男爵令嬢である。男爵令嬢が王族に嫁ぐなど例がないため、叶わないことなのである。
ミルティアはそこまで考えると急に頭をブンブンと横に振った。
ショコライルとの未来を考えているなんて信じられなかった。叶わない恋ではなく、そもそもショコライルがミルティアを想うわけがない。優しい目も気遣いも全部友人としてなのに……。
ミルティアにとってショコライルは大切な友人だ。友達から進展するわけもなくこのままの関係を続けるべきである。いつかショコライルが心から愛する人ができたら1番に笑顔でお祝いしたい。そう考えているのにミルティアの胸は何故か痛んだ。
ミルティアは自分のショコライルに対する感情が何なのか分からず1人で混乱していた。
アニスの問いかけから1人で頭を横に振ったり、何やら真剣に悩んでいるミルティアを見て、アニスは路頭に迷い出したミルティアの心を少しだけ押すことにした。
「ミルティア様。今日もショコライル様のお茶は美味しかったですか?」
「えっ……ええ。いつもながら美味しかったわ。でも不思議よね?アニスと同じお茶のはずなのに味が違うんだもん。」
1人で悩んでいたミルティアはアニスの問いかけで少しだけ冷静になっていった。
「何か特別な淹れ方でも?」
「わたくしもそう思ったのだけど、ショコライル様に聞いても何も入れていないと言うのよ。お茶の淹れ方は研究されたそうだけど。」
「そうですか。もしかしたら気持ちかもしれないですね?」
「気持ち?」
「はい。」
「好きな方が作ってくれた物はどんな物よりも美味しく感じるものです。」
「えっ?!」
ミルティアが驚き目を丸くして、アニスの言葉の意味を理解しようとしていた。
「アニス。わたくしはあなたのことも大好きよ。」
「好きにもいろいろあります。私への気持ちと、ショコライル様の気持ち……もしかしたら違いがあると思いますよ。」
「違い……。」
「私はミルティア様の味方です。どんな時も。」
アニスはミルティアが初めて自覚しだしたこの気持ちにどうか蓋をしないよう願いを込めて諭すように伝えた。
ミルティアはもう一度自分の気持ちと向き合った。アニスもショコライルも好きな気持ちは嘘ではない。だが、ショコライルに好きな人ができたと考えると、胸が痛くてしょうがない。できるなら自分の側でずっと笑っていてほしいし、どんなことも支えていきたい……。
そこまで考えるとミルティアは急に顔が熱を帯びたことを理解した。今まで何故顔が熱を帯びるか分からなかったが、今なら分かる。
(わたくし、ショコライル様のことお慕いしてたんだ。ずっと昔から……。)
ミルティアはショコライルと会えることが毎回待ち遠しかった。友達に会う時と感覚が違うのは、一緒に勉強できるからだと思っていたが、ショコライルに会いたくて仕方がなかったのだ。顔を見るだけで嬉しく、ショコライルの声にどこか安心感を抱き、ずっとこの時間が続いて欲しいとさえ思っていた幼い頃から、ミルティアはショコライルのことが好きだったのだ。
だからこそ学園で避けられたことに傷ついた。嫌われたと思っていたのだ。それが誤解だと気付き、隠していたはずの気持ちが膨らみ、ついに自覚したことで、もう気持ちに蓋をすることもできず、とめどなく好きという気持ちが溢れてくるばかりであった。
顔を真っ赤にしてソファに蹲っているミルティアを横目に片付けながら、アニスは心の中でガッツポーズとアレンに追加報酬でももらおうかなと考えていた。
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