第5章 サボり魔王子と秘密の部屋④
扉を開けるとあまりの眩しさにミルティアは一瞬目を閉じた。すぐにゆっくり目を開けると、こじんまりとした畑と真っ直ぐ伸びた道、ポツポツと間隔を開けて佇む数件の家と側を流れる綺麗な小川が目に飛び込んできた。後ろを振り返ると、小さくて可愛い家があり、この家がチョコの家であることがわかった。
王都とは違い自然あふれる穏やかな時間が流れており、どこか実家があるリリアージュ領を思い出せるこの村をミルティアは気に入った。
「綺麗……。」
「気に入った?」
ショコライルは小さな声でミルティアに聞いてきた。ミルティアはもちろんと言うように大きく頷いて答えた。
「リリ、ルイのところへ行こう。」
差し出された手に恐る恐る自分の手を重ね、ミルティアはショコライルに付いて歩いた。
(恋人っぽくしなきゃ。)
恋人らしく過ごそうと意気込んで歩くミルティアをショコライルは嬉しそうに見つめていた。
「ルイ。今日はどう?リリも気になっていてね。」
畑にいたルースを見つけたショコライルは、普段の話し方より少し砕けた話し方で問いかけた。さり気なくミルティアのことをリリと紹介する辺り流石だとミルティアは感心した。
「今日もいい調子ですよ。チョコさん。リリさんもみてください。」
ルースは立ち上がるとショコライルとミルティアに現状の作物の状態を説明し始めた。
ルースの説明は止まらず、4つに分かれた畑を一つ一つ移動していった。話を聞きながらミルティアは気づいた。畑によって土や気温が違うことを。ショコライルが家を出る前に教えてくれたことであったが、まさか気温まで調整しているとは思わず、本格的な研究に驚いた。
ルースが一通り説明し終わるタイミングを見計らったかのように、2人の男女が近付いてきた。ミルティアが近付いてくる2人を見つめているとショコライルがミルティアの服を軽く引っ張った。最初は何のことか分からないミルティアであったが、続くショコライルの言葉でその行動が合図であることが分かった。
「アニーとエディー。今日はお前達がいたのか!」
アニーとエディーと呼ばれた2人は名前を呼ばれると手を挙げて返事をした。
「今日は」とショコライルが言うことで、この2人以外にも部下がおり、交代で来ていることが窺われた。
「久しぶりチョコ!」
気さくそうに話すエディーと呼ばれた青年は金髪を短く揃えた、ミルティアと同い年ぐらいの青年であった。その横にはミルティアよりも少し明るめの茶色の髪の毛を二つに分けておさげ髪をした、眼鏡をかけたアニーと呼ばれる女性が静かに佇んでいた。
「アニーも久しぶり。リリはアニーとは会ったばかりじゃないかな?」
ショコライルはミルティアにアニーを紹介しながらもう一度服を軽く引っ張った。
再度合図を出された理由がわからなかったが、ショコライルが言った「会ったばかり」という言葉が気に掛かり、ミルティアはアニーをじっと見つめた。
「ええ、そうです。リリさんとは朝会ったばかりです。」
アニーと呼ばれた女性はショコライルからの質問にそう答えるとミルティアと目を合わせて微笑んだ。
(あれ?この顔どこかで……。)
アニーの笑った顔がどこかで見たことがある気がして、ミルティアは考えた。
(朝会ったって……。今朝は早かったからお会いしたのは、アレン様にショコライル様、食堂にいた方達は軽く挨拶した程度だけど女性はいなかったわ……。後は朝の支度を手伝ってくれたアニスね。……えっもしかして……。)
ミルティアはもう一度アニーの顔をよく見た。ミルティアの目を見てもう一度微笑んでくれた顔は、見慣れた顔でミルティアはようやくアニーの正体がわかった。
「ごめんなさい。少し考えごとをしていて。確かにアニーさんとは朝会いましたね。チョコさんがここに連れてきてくれる約束の日だったので、センスがいいアニーさんに今日の服を相談したのです。」
(嘘は吐いてないわ。だってアレン様に急に庶民の動きやすい服装なんて言われて困りましたもの。アニスがすぐに服を見繕ってくれたおかげで、こうしてここに来れたのだから、多少の嘘はあってもこれぐらいいいわよね?)
ミルティアは嘘をついたことに若干の申し訳なさを感じつつ、今の返答でおかしい所はなかったかショコライルの顔色を伺ったが、ショコライルは口を開けてミルティアを見ているだけだった。
(間違えたのね。庶民のように話し方を変えたり、アニーとの出会いの説明は失敗だったのね。)
ミルティアはショコライルに迷惑をかけたと落ち込んでいた。そんな2人を見ていたエディーが慌てて話し出した。
「ちょっ、ちょっとチョコ!いくら自分のために服を考えてくれたのが嬉しいからって固まることないだろう?リリちゃんも何か勘違いしてる気がするよ。」
「リリさんは間違っていませんからね。悪いのはチョコさんですから。」
アニスもエディーに続いてミルティアを励ましてくれた。正直考えごとをしていたため、2人が何を言っていたか聞こえていなかったが、ミルティアのために話してくれていることは理解できたため、その気持ちだけでもありがたく頂くことにした。
「リリごめん。ちょっと考えごとをしていただけだから。アニーと相談して決めた服は似合っているよ。」
「ありがとうございます。やはりアニーさんは頼りになる方です!」
ミルティアはショコライルにアニスをまた褒めてもらえたと思い、嬉しくて思わずアニスを見ながらガッツポーズをしてしまっていた。すぐに自分の行動が恥ずかしくなったが、ここは貴族令嬢のミルティアではなくリリという普通の女性であれば、もう少しこのような振る舞い方もいいのではないかと思えてきた。
「チョコさん、なかなか大変だと思いますが、何十倍も頑張ってください。」
ミルティアの行動を見たアニスは哀れむような目でショコライルを見つめて小さく呟いた。
「そうだね、アニー。でも今日も本当にいい仕事をしたよ。」
ショコライルもまた小声でアニスを褒めながら、自分の髪を触った。
アニスはショコライルのその行動をすぐに理解すると、また機会があればポニーテールにしようと決意した。ドレスにポニーテールはできないため、アップのヘアスタイルも勉強しようと心を燃やした。
「リリ、少し野菜を収穫してみる?」
アニスと秘密の会話を終えると、ミルティアを連れて話題を変えた。貴族令嬢であるミルティアにとっては、畑仕事は嫌がるかもしれないが、普段から庭の花の手入れをしていたと言ったミルティアなら興味を示してくれるかもしれないと考えたのだ。
ショコライルの読みは的中し、すぐに目を輝かせたミルティアが振り返った。
「いいの?やったー。一度やりたかったのです!」
あまりに無邪気に笑い、無自覚に言葉遣いを崩したミルティアの素の表情を垣間見た気がしてショコライルは嬉しい気持ちになった。
「もちろん、さあ行こう。」
そう言ってショコライルが手を差し出すと、ミルティアも今度は自然とその手に自分の手を重ねることができた。
歩き出したショコライルとミルティアを見送った2人は同時に同じ言葉を口にした。
「本当にポンコツになってる……。」
こちらに来る前にアレンに伝えられたショコライルの状況が冗談だと思っていた2人にとって、ポンコツぶりを発揮したショコライルによって嘘ではないことが証明されたが、普段隙がない主が初めて見せてくれた普通の青年のような姿に、嬉しさも覚えた。そしてどうかショコライルの気持ちが少しでもミルティアに伝わることを願わざるをおえなかった。
第5章お読みいただきありがとうございます。
もう少し王城の外でのお話が続きます。
第6章は明日の8時、11時、15時、17時に更新予定です。
どうぞよろしくお願い致します。




