第5章 サボり魔王子と秘密の村①
「ミルティア着いたよ。」
ショコライルに言われてミルティアは目を開けた。
「ここは?」
ミルティアの目に飛び込んできたのは、先程までいた執務室とは違い、木の温もり溢れる可愛らしい部屋だった。キッチンにダイニングテーブルがあることから、ここがどこかのお家であることは理解できた。
「ここは、王都から少し離れたカルレッタ公爵領の小さな村。それよりミルティアは大丈夫?」
ミルティアの質問にショコライルは答えながら、ミルティアを気遣った。
「ご心配ありがとうございます。その……はじめて転移魔法を経験したので少し驚いただけです。」
ミルティアはそう言うと少し恥ずかしそうな顔をした。
転移魔法は高度な魔法で誰でも簡単に使えるものではない。それをいとも簡単にやってしまったショコライルに驚いたと共に、転移中ショコライルと離れてしまう不安に駆られて、ショコライルにしがみついてしまったことを思い出し、恥ずかしくなったのだ。
そんなこととは思わず、ミルティアが顔を伏せていることが、転移魔法で怖がらせてしまったと勘違いしているショコライルは、どうしたらいいのか内心狼狽えていた。
「お待ちしておりました。ショコライル様。」
部屋から聞きなれない声が聞こえてきて、ミルティアは顔を上げ驚いた。目の前に執務室で別れたはずのアレンがいたからだ。
「アレン様?」
ミルティアが尋ねるとニコッとアレンと思われる青年が微笑んだ。
「ご挨拶が遅れました、ミルティア嬢。私はアレンの双子の兄のルース・カルレッタです。」
ルースと名乗った青年はそう答え、紳士の礼をした。
「人違いをしてしまい申し訳ありません、ルース様。わたくしはミルティア・リリアージュでございます。」
ミルティアも慌てて淑女の礼をした。
(まさかアレン様が双子だったとは。それに兄上であるということは、次期公爵様だわ!)
アレンにそっくりなルースを見ながら、ミルティアは考えを巡らせていた。
「アレンとよく似ているでしょう?皆様見間違えるので気になさらないでくださいね。見分け方はそうですね、アレンは腹黒と言ったところでしょうか?」
ルースは少しばかり戯けて答えた。確かに王城でのショコライルに対する対応や、怖すぎる笑顔を見るとルースの言っていることは納得できた。
「最近のアレン、俺への対応おかしいぞ?ルースからも何とか言っておいてくれ。」
「ハハッ……私から何か言って変わるなら、もうとっくに変わってますよ!あれでもショコライル様のことが大好きなのですから許してあげてください。主人のために一肌脱いでいるんですよ。」
そう言って微笑むルースの顔を見て、ミルティアはやはり兄弟だと確信した。ルースも敵に回してはいけないんだなとすぐさま判断した。
「ショコライル様。アレンよりお話は伺っております。まずはお2人でお話された方がよろしいかと?私は先に外にでておりますので。」
「……そうだな。そうさせてもらう。」
「では後程。」
ルースは2人に軽く一礼して部屋から出て行った。
ルースがいなくなった部屋は急に静かになった。ミルティアは状況が飲み込めず、自分から付いてきたのに何を話したらいいか分からなくなっていた。
そんなミルティアの気持ちを察したのかショコライルが話し始めた。
「急に驚かせてごめん。ちゃんと説明するから聞いてくれる?」
「こんな所でお話して大丈夫なのですか?その誰かに聞かれたりは?」
執務室とは異なり、小さな部屋で話して大丈夫なのか不安になりミルティアは尋ねた。その問いかけにショコライルは微笑んでミルティアを見つめた。
「ありがとう。気遣ってくれて。転移してすぐ防音魔法をかけてあるから大丈夫だよ。」
ミルティアを安心させるように伝えてくれたが、ミルティアは高度な防音魔法まで容易にかけてしまうショコライルに驚くばかりで、黙ってうなずくことしかできなかった。
「私はミルティアも知っている通り、サボり魔王子と呼ばれている。」
「……はい。」
「勉強から逃げたのは、その……。私自身のためなんだ。」
「ショコライル様の?」
「私はこの国の良き王になるため、勉強に励んだ。周りからは聡明だ、秀才だと褒めてもらえたよ。それがとても誇りだった。だけど変わらざるをえなかった……。王立学園に入学する少し前、父の腹心ではない貴族達の話をたまたま聞いてしまったことが始まりなんだ……。」
「……。」
ポツリポツリとゆっくり言葉を紡ぐショコライルにミルティアは静かに聴くことしかできなかった。
「彼らは現国王である父上に認められず、重要な役職に着けなかったことを悔しがっていた。自分より下の身分の者が重要な役職に着いたことも気に入らなかったらしい。文句が出るのは仕方のないことだと思う。それでも仕事に励んでくれればいつか日の目を見るかもしれないと思っていた……。しかし彼らは自分達が努力するのではなく、別の方法でのし上がろうとしていたのだ。」
「別の方法ですか?」
「……ああ。自分達を国王を支える貴族だと思っている私に近付き、今のうちから取り入って信頼を勝ち取り、幼い私を思い通りに動かす操り人形にしようと……。」
「そんな!!あれだけ国のことを考えていらっしゃったショコライル様になんてことを……。」
ショコライルのことを馬鹿にしたかのような内容にミルティアはつい大きな声を出してしまった。王太子という肩書だけしか見ていない対応をまだ幼いショコライルに向けたことに心の底から怒りが湧いてきた。
「ありがとうミルティア。アレンも同じ反応をしてくれた。……最初は辛かった。誰もショコライルという1人の人間として見てくれず、王太子としての私しか見ていないと思ってね。でもそのことに対して怒ってくれたアレンやルースを見て、考え方を変えた。」
「……それがサボり魔だったのですね?」
「……そうだ。私を見ていない人物なら、私が無能と考えれば近付いてこないと考えた。その代わり、私のことをショコライルとして見てくれる者を見極め、側に置こうと考えた。身分など関係なく!」
最後の言葉には決意のような力強さが籠っていた。その言葉一つでミルティアの想像できないショコライルの苦労が窺われた。
「お陰で奴らは私から距離を取ったよ。こんな王太子を支えるのは恥ずかしいと言ってね。お陰で信頼できる者を側に置くことができた。」
「……そうだったのですね。だからわたくしの部屋にも転移魔法で来られていたのですね。」
転移魔法で来ると聞いた時、アレンに質問してもはぐらかされた。聞いてはいけない内容なのだと理解したミルティアはそれ以降聞くことをやめたが、ずっと気になっていた。それがようやくわかり、何故アレンが言葉を濁したかも理解できた。
「そうだ。ミルティアの勉強を受けている姿を見られたら、私が改心したと思われるからね。ミルティアには悪いけどそうさせてもらったよ。」
「気にしないでください。しっかり受けてくださいましたから。むしろわたくしが教えられてました。」
「だがな……。父上にも伝えてないのだ。だからその、リリアージュ男爵にミルティアの勉強からも逃げてると伝わっていると思う……。」
ショコライルは急に小さくなった。あの温厚なバーナードのことをなぜ怖がるのか、ミルティアは不思議そうに首を傾げた。
対するショコライルは、何かブツブツと呟いている。殴られるなんて単語も聞こえてきたため、とても物騒な話題でありミルティアは慌てた。
「あの、父にはわたくしからもう少し頑張ると伝えておきますね。」
ショコライルの本当の目的を伝えられない分、こうするしか方法はなかった。
「ありがとうミルティア。そして君を避けるような態度をとってすまなかった。」
ショコライルの謝罪によりやはりミルティアは避けられていたのだと知った。でもその理由が知りたかった。
「避けていたのですか?」
「ごめん……。父上にも伝えてない以上、ミルティアにも伝えることはできなかった。偽りの姿だとしても、ミルティアには情けない姿を見せたくなかったんだ……。格好悪い男のプライドだよ……。」
「そんな……。そんなこと仰らないでください。ショコライル様のことを信じられなかったわたくしがいけないのです!」
「いや、私が悪い!黙っていた私が……」
「いえ、わたくしが……」
お互いどちらが悪いか謎の競い合いを始めた2人は、暫くするとその争いがあまりにも滑稽だと気付き2人で顔を見合わせて笑った。
ショコライルから避けられている理由もわかった。ミルティア自身の問題ではなかったことにミルティアはほっと胸を撫で下ろしていた。
王城の外でのお話に物語は広がります。
次は11時に更新予定です。




