第4章 サボり魔王子は逃げ出したい②
昼食後、ミルティアは休憩がてら中庭を散歩していた。
ショコライルの勉強は夕方だったため、それまでミルティアは自由に過ごすことができたが、最初の1ヶ月は試行錯誤の毎日で忙しく過ごしていたため、こうやってゆっくり中庭を散歩するのは初めてだった。
「綺麗……。」
色とりどりの花が咲き誇る中庭は、噴水や小川の水が光を受けてキラキラ光っており、とても美しかった。男爵家はこのような立派な庭はないため、思わず夢中で庭を見ており近づいてくる人物に気付かなかった。
「気に入ったかい?」
声のする方を見るとショコライルがミルティアに向かって歩いてきていた。アレンは側にいないため、1人で来たみたいだった。
「ショコライル殿下!」
ミルティアはすぐに淑女の礼をした。
「そんなに畏まらないで。」
「ですが……。」
「こんなに離れているんだ。誰も見てないよ。」
ミルティアはそこで初めて中庭のかなり奥の方まで歩いてきてしまっていたことに気付いてた。回廊で囲まれた中庭であるが、とても広いため中心近くだと回廊からは見えない作りとなっていた。
「ありがとうございます。」
ショコライルの気遣いにミルティアは感謝した。周りの目がないお陰で、少しは緊張がほぐれていた。
「それで気に入ったかい?」
ミルティアの側まで来ると、ミルティアの顔を覗き込むようにショコライルが聞いてきた。
ミルティアはショコライルの近さに驚いたが、すぐに我にかえった。
「ええ……とても素敵です。このような美しい庭は初めてです。」
「ありがとう。だがあなたの家の庭も素敵だった。」
「覚えていてくれたのですか?」
「何回も行ったからね。こことは違い、森の中にいるかのような温かい庭であった。」
ミルティアがショコライルを見ると、ショコライルはどこか懐かしそうに優しい顔をしていた。
「ありがとうございます。我が家は専属の庭師はおりませんので、花を植えたりせず自然に生息しているものを私たちで手入れするだけなのです。なのにそのように褒めてくださり嬉しいです。」
ミルティアはもう一度ショコライルを見つめ微笑んだ。
家族みんなで手入れをした庭を褒められて嬉しかったのだ。
「それはよかった。」
ショコライルは耳を少し赤くして、消え入りそうな声で呟いた。
「ショコライル殿下はどうして中庭に?」
「……あなたを……た……」
ショコライルはミルティアと目線を合わさず返答したがあまりの声の小ささにミルティアは思わず聞き返した。
「あなたが中庭を歩くのを見かけて……。」
「わたくしですか?」
「そうだ。」
「何かご用がございましたか?」
「いや、用というかその……。最近元気がなさそうな気がしたんだが?」
「ご心配をおかけしました。ですがこの通り元気ですので。」
「そうか……。何か悩んでるように見えたから気になっていたのだ。私の気のせいだったみたいだね。変なことを聞いてすまない。」
悩んでいるという言葉にミルティアは一瞬固まったが、すぐに平静を装った。
「お気遣いありがとうございます。少しばかり考えごとをしていたため、そのようにお見受けされたかもしれません。態度に出してしまい申し訳ありませんでした。」
「顔を上げてくれ。ミルティア嬢。私は謝ってほしいわけではないのだ。」
頭を下げたミルティアをショコライルは焦って元に戻した。
「何か心配なこと、気になることは遠慮なくアニスやアレンに伝えてくれ。もちろん私にも。」
「ショコライル殿下のお手を煩わせるわけにはいきません。アニスやアレン様に相談させていただきます。」
ミルティアの言葉に明らかにショコライルの顔色がかわった。ミルティアは不敬を働いてしまったかと自分の言動に考えを巡らせた。
「ミルティア嬢。あなたにお願いがある。」
「お願いですか?」
ショコライルの気分を何で害したか分からず悩んでいたミルティアはショコライルの言葉が続くのを待った。
ショコライルはしっかりとミルティアの目を見て思いを伝えた。
「また昔のように名を呼んでくれないか?」
「名前ですか?」
「あなたと会わない4年の間に私はすっかり変わってしまったかもしれないが、やはりあなたには昔の呼び名で呼んでほしくて。」
どんな願いがくるか想像も出来ていなかったが、それでも予想外の願いにミルティアは驚いた。
愛称で呼ぶなど王族に対して失礼であるが、本人が許可しているためミルティアは懐かしいその名を呼ぶことにした。
「わかりました。ショコライル様。」
「あっありがとう。」
ミルティアが懐かしい響きに少し恥ずかしがってる傍らで、自分でお願いしたことなのに、ショコライルは顔を真っ赤にして俯いていた。
「あのでしたらわたくしも昔のように呼んでくださいませんか?」
今度はミルティアがお願いしてきた。
ショコライルは言われた言葉を理解出来ていなかったのか、目を見開いていた。しかしすぐミルティアの耳に懐かしい響きが聞こえてきた。
「ミルティア。」
ショコライルはミルティアに微笑みながら呼びかけた。とても大切な者を呼ぶかのような優しい心に響く呼びかけだった。
「ありがとうございます!」
久しぶりのその呼び名にミルティアは恥ずかしくなり頭を下げた。とてもショコライルを真っ直ぐ見つめることができなかったのだ。
(懐かしくて、嬉しくて、なんだか恥ずかしい。それだけ会わなかったのねわたくし達。)
ミルティアはこの気持ちが長く会えていなかったためと考えていた。
恥ずかしそうに俯くミルティアをショコライルはより一層穏やかな顔で見つめていた。自分の言葉によってこの反応がもたらされたと考えると、アレンが言うように自分のことを少しでも意識してくれていると思えてくる。もしそうならどんなに嬉しいことか……ショコライルは考えるだけで胸が躍る気持ちだった。
「ミルティア。私はあなたと昔のような付き合いをしていきたい。だから遠慮せずになんでも伝えてほしいんだ。」
「あっ……。」
ミルティアはそこでようやく、ショコライルの顔色が変わった理由を理解した。ショコライルは王太子であり住む世界が違うため、どこかで壁を作り距離をとろうとしていた。しかしショコライルの願いはミルティアと対等な関係だったのだ。
アレンやアニスにのみ相談し、ショコライルに相談しなかったことが寂しかったのだ。
「よろしくお願いします、ショコライル様。困った際はショコライル様にも相談させていただきますね。」
少し臍を曲げたような顔をしていたショコライルを見て、ミルティアは昔の出来事を思い出した。
まだ2人が少し幼い10歳の頃。ミルティアとショコライルは仲良く庭の散策をしていた。途中でミルティアは石に躓き、足を捻ってしまった。ショコライルに伝えると迷惑をかけると考えたミルティアは無理に歩いてしまったため、その後しばらくベッド上で安静となった時があった。
見舞いに来たショコライルは気付かなかった自分を責め、そして我慢して伝えてくれなかったミルティアに、もっとショコライルを頼るよう伝えてくれた。
その時と今は同じで、少し拗ねたような顔をしていた。
ミルティアは懐かしさで胸がいっぱいになった。
「ありがとう、ミルティア。無理はしないで。」
ショコライルが優しく微笑むと暖かい風が優しく吹いた。その風に乗って花の香りがさらに2人を包んでいった。
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