第3章 サボり魔王子勉強する①
ミルティアが王城に来て3日目。今日はいよいよショコライルの家庭教師としての初仕事の日であった。
ここまで沢山準備してきたので問題はないはずだが、それでも上手くできるか心配でミルティアは朝からソワソワしていた。
「おはようございます。ミルティア様。」
アニスはそんなミルティアを微笑ましいと思いながら、朝の挨拶をした。
「おはよう。アニス!」
ミルティアはいつものように笑顔で挨拶した。
「いよいよ今日ですね。緊張してますか?」
朝の準備として髪を整えながらアニスはミルティア問いかけた。話を聞くだけでも心が落ち着くことはある。少しでもミルティアの緊張が和らぐよう自分が役に立てればと考えていた。
「そうね。緊張してしまうわ。さすがアニスね。なんでもお見通しなんだから。」
ミルティアは笑いながら鏡越しにアニスを見た。2人は3日前に出会ったばかりだが、沢山話をしてすっかり打ち解けていた。ミルティアにとっては頼れる姉のような存在でもあった。
「うまくできるか心配ももちろんあるんだけど。それよりショコライル殿下の気分を害してしまわないか、それが1番怖いわ。」
ミルティアは手をぎゅっと握った。アレンからは否定されたが、嫌われているとやはりどこかで疑う気持ちが残っていた。
「ミルティア様、私達がお伝えしても気休めになるぐらいで不安は消えないと思います。ですがどうか今のショコライル様を見てください。」
アニスはミルティアに信じてもらえるよう、真っ直ぐ見つめた。アレンも同じことを伝えてくれた。ショコライルが信頼する部下が2人も同じことを伝えてくるということは、嘘を言っているとは思えない。それに、先日応接間で会ったショコライルは昔と同じで優しかった。人の噂話でサボり魔と言われていたが、ミルティアは昔を知っているからこそ、それを信じられずにいた。どんなに怖くて不安でも、きちんと自分の目で確かめることが大切だと気付いていた。
「ありがとう。アニス。お陰で勇気が出たわ!」
ミルティアの背中を押してくれたアニスに感謝を伝え、ミルティアは力強く前を見た。
しばらく鏡を見ているとミルティアはいつもと違うことに気がついた。
「アニス。今日はいつもと違うのね?」
「今日はミルティア様にとって大切な日ですので。このアニスにお任せください!」
アニスの目は炎を宿したように力強かった。いつもミルティアは長い髪を簡単なハーフアップにしたり、そのまま下ろした髪型をしていた。アニスは普段のミルティアの様子を最初に聞き、王城にきてからも普段と変わらない髪型にするよう意識していた。しかし今日はハーフアップは同じなのだが、可愛らしく編み込みが施されており、後れ毛もふんわり軽く巻いてくれていた。素敵なドレスを着れば夜会にも行けそうな手が込んだ髪型だったのだ。
「そっそうね。王太子殿下にお会いするのですからね。仕事とはいえ身だしなみは大切よね。」
王太子に会うのだから当然のことなのに、普段よりおめかしした姿を見たショコライルがどんな反応をするのかと考えてしまった自分が恥ずかしく、ミルティアは耳を真っ赤に染めていた。
そんなミルティアの反応をアニスは口角を少し上げ見つめていた。
「出来ましたよ、ミルティア様。今日も可愛らしいです。」
アニスの声で我に返ったミルティアは鏡の自分を再度確認した。綺麗な髪型に、丁寧に施してくれたお化粧。派手すぎないのに普段のミルティアより綺麗に見える鏡の自分にミルティアは感心した。
「アニス、ありがとう。あなたって本当にすごいわ。わたくしをこんなに素敵にしてくださって。」
「私は少しお手伝いしただけです。ミルティア様は本当に可愛らしいですよ。」
2人はいつものように微笑みあった。ミルティアは毎日アニスをこのように褒めるため、朝の恒例となっていた。
ミルティアは両手をポンと叩いた。
「さぁ、朝ごはん一緒に行きましょう!」
「今日はこちらのお召し物でよろしいですか?」
「もちろん。ありがとう。」
アニスから服を受け取るとミルティアは着替えを始めた。ミルティアは職員が使う食堂を利用する。ドレスでは目立ってしまうため、食堂に行く際は領地でよく着ていた動きやすい庶民が着るようなワンピースを着るようにしていた。他の女性職員も制服や似た様な私服を着ているため、ミルティアが目立つこともなくちょうどよかった。
「お待たせ。さぁ朝ごはんを食べに行きましょう。今日は何かしら?」
ミルティアとアニスは並んで食堂に向かって歩き出した。
……………………………………
「アニス。本当におかしくないかしら?」
「全く問題ありません。むしろ可愛すぎるぐらいです。」
「もうアニス。冗談はほどほどにして……。」
ショコライルとの勉強の時間が近づいたため、アニスが身だしなみを整え、アニスが選んだドレスに着替えたミルティアは何度も鏡に映る自分を見てはアニスに同じ質問をしてしまっていた。アニスも何度も同じ返答をしミルティアを褒め称えた。ミルティアは冗談と言うが、アニスは自画自賛したいくらい完璧にできたと内心喜んでいた。
朝着ていたワンピース姿ではなく、今は綺麗なドレスに着替えていた。王都にいる時は制服でほとんど過ごしていたし、領地にいる時もあまりドレスは着なかったため、着慣れないのもあるが、あまり見慣れぬ自分の姿に戸惑っていた。
ドレスは王都のタウンハウスから持って来ていたが、まだ社交界デビューもしていないため、必要ないとあまり用意していなかった。ショコライルに今後会う際、同じドレスばかりで会うのは好ましくないため、バーナードにドレスを新調してもらうようお願いしようと思っていたが、昼間アニスが5着もドレスを持って来た時は驚いた。聞くと手持ちが少なかったので制服として支給すると言うではないか。それならばアニス達のような制服で構わないと伝えても、家庭教師は侍女ではないと言われるし、王太子に会うのに中途半端な格好では許されないと力説され、引き下がることしかできなかった。
ドレスはどれも派手すぎず、華美な装飾は一切なく、刺繍やレース、リボンで華やかにしていた。ミルティアが好きな淡い色のドレスが多く、一目見て気に入った。どれも素敵なドレスで悩んでしまったため、ミルティアはアニスに選んでもらうことにした。
「でしたらこちらがよろしいかと。」
アニスはすぐに1着のドレスを選んだ。そのドレスは他の物とは違い薄い青色から濃い青色に裾に向かってグラデーションのように色が変わっていくドレスであった。淡い色が好きなミルティアであったが、最初に見た時から1番気になっていたため、選んでもらえたことは嬉しかったが少し不安でもあった。
「素敵ね。でも……似合うかしら?わたくしこのような濃い色のドレスは着たことがなくて……。」
ふわりとしたシフォン生地にレースがあしらわれ、デザイン的には可愛らしいドレスであるが、幼い顔の自分に少し大人っぽい色のドレスが似合うのかミルティアは心配だった。
「絶対お似合いになります!」
アニスが力説するため、ミルティアは挑戦してみることにした。
何回鏡で見ても見慣れないが、アニスも沢山褒めてくれるし、自分自身もそこまで悪くないと思っている。むしろこのようなシックな色もデザインによっては着れることが分かり、ミルティアは嬉しかった。
「ミルティア様、最後にこちらをどうぞ。」
鏡を何回も嬉しそうに見ているミルティアの首に、アニスはそっとネックレスをつけた。
「これは?」
小さな深い青色の石がついたネックレスはドレスの色ともとても合い、さらにミルティアを輝かせた。
「ドレスとセットでついていたそうです。ミルティア様にはとてもお似合いですね。よろしければ肌身離さず身につけてはいかがですか??」
「いいのかしら?」
「お似合いなのですから、ドレスを着る時しか着ないのは勿体無いですよ。」
(ドレスを買う時アクセサリーがセットなんてあるのね。)
気になることはあったが、アニスがそう言ってくれるならいいのかなとも考えてしまう。さりげなくミルティアの首元を飾るネックレスはとても綺麗でどの服にも似合うと思ったため、着けさせてもらうことにした。
「ありがとうアニス。行ってくるわ。」
「いってらっしゃいませ。」
勉強道具を入れた鞄を持ち、ミルティアは部屋を後にした。アニスはそんなミルティアの後ろ姿を優しい目で見送ってくれた。
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