第8章 サボり魔王子の大切なもの①
ショコライル達が制圧に向かっているその頃、ミルティアは私室でショコライル達の帰りを待っていた。
本当はミルティアの側を離れたくないショコライルではあるが、連れて行くのは危険と判断し、護衛としてアニスを残し、部屋の入り口には中からしか開けられないよう防御魔法を施しておいた。
本当は護衛騎士も残しておきたかったが、ショコライルの部隊しか動かせない、内密な作戦であったため人手が足りずアニス以外は全員駆り出さなくてはいけなかった。
何もできないミルティアはただ部屋の中で皆の無事を祈ることしかできなかった。アニスも同じ気持ちなのだろう。いつも話が止まらない2人がいる部屋は今日はただ静寂に包まれていた。
そんな静寂を破ったのは部屋の扉をけたたましく叩く音であった。
あまりに突然なことに、ミルティアとアニスは顔を見合わせる。どう対応しようか考える暇もなく再び扉が叩かれた。
「夜分、突然の訪問で失礼致します。陛下より言付けを預かって参りました。殿下の件です!どうか御面会を。」
「……」
ショコライルには扉を開けてはいけないと言われている。だがエクラからの使者だということ、そしてショコライルについてと言われると気持ちが揺らいでしまう。そもそも今回の制圧はショコライルの部隊以外にはエクラとロンダしか知らない事だ。そのエクラからの使者ということは、本当にショコライルの身に何かおきたのではないかと勘ぐってしまう。
「ミルティア様、一度私がお話を聞いて参ります。」
ショコライルの身を案じ不安がるミルティアに気がついたアニスが、提案してくる。
「アニス……大丈夫なの?無理しないでね。」
「気をつけます……。」
アニスはゆっくりと扉を開けた。
「ご用件を……」
アニスの声が急に聞こえなくなり、その代わりに誰かが走り去る音が聞こえた気がする。使者の話を聞いているのだろうか。アニスはただ静かに立っていた。
やがてアニスは戻ってきた。使者の人と共に。
アニスが使者を通すとは思っていなかったため驚くと共に、本当にショコライルの身に何か起きたのではないかと一層不安になっていた。
「急な訪問失礼致します。」
アニスの後ろをついていた人物は、ミルティアに近づくと改めて挨拶をしてくれる。その人物はミルティアも知っている人物であった。
「お務めご苦労様です。サマド公爵。本日のご用件は?」
「ショコライル殿下のことで……。すみません。急いできましたので少々息が切れてまして……。先に飲み物を頂けますか?」
「わかりました……。アニス、お願い。」
アニスは無言で頷くと、お茶を用意しだした。父親の上司のせいなのかやたらアニスが静かなのが気にはなるが、とりあえずサマド公爵をソファに座るように勧める。
ソファに座るとすぐにアニスがお茶を置いてくれた。サマド公爵はそれを美味しそうに飲むため、ミルティアも心を落ち着かせるために一口飲んだ。
香りはいつものお茶と同じはずなのに、口に広がる味はいつもより少し異なっていた。ミルティアは不思議そうにアニスを見ると、そこでアニスの異変に気がついた。いつもきちんとミルティアの目を見つめてくれるはずなのに、今は全く視線が合わず虚な目をしていたのだ。
「アニス……どうしたの?」
あまりの変わりようにミルティアはアニスを心配そうに見つめる。
「……げて……」
ミルティアの声掛けにアニスは何か言葉を発するがうまく聞こえない。まるで声がうまく出せないかのように、口を震わせながら持てるだけの力を振り絞るかのようにアニスが叫んだ。
「…………にげて!」
未だ目は虚であるが、それでもいつものアニスの声であった。まるで何かと戦っているかのような絞り出した声は、ミルティアに危機を知らせているようであった。
「アニスどうしたの?……アニ……」
ミルティアはそこで言葉を発する事が出来なくなった。身体の自由がどんどん効かなくなりそのままソファに倒れる。その姿をほくそ笑んで見ている人物がいた……。
――――――――――――――
「誰だ!」
暗闇から近づいてくる足音に、ショコライルは姿が見えない人物に向かって叫んだ。
「僕ですよ。」
暗闇から姿を現した人物は、急いでいたのか肩で息をしながらもその目つきはとても険しかった。
その表情にショコライルは剣にかけた手に力を込めると、その人物の名を呼んだ。
「ラナ。なぜお前がここに?」
名前を呼ばれたラナはまだ息が荒い呼吸をしているが、それを落ち着かせるように一度深い呼吸をすると、まだ整っていない呼吸の中詰め寄った。
「彼女はどうした!」
「ミルティアのことか?」
ミルティアのことを聞かれたショコライルは、途端に胸騒ぎがした。いつも飄々としていたラナからは想像もつかないほど、酷く慌てた様子が不安を増長させる。
「すぐ側にいるか?」
「お前、急に何なんだ?」
「詳しい説明は後だ。とにかく彼女の側に……嫌な予感がする……」
「何を言っているんだ!説明を……っ!」
話が読めないラナの言葉に、戸惑いを隠せないショコライルは、ラナに食いかかろうとした瞬間その動きを止めた。見る見る険しくなる顔にエディルダは只事ではないことが起こったことを理解した。
「ショコライル様?」
「ミルティアが呼んでる!……ラナ話は後だ。エディルダ戻るぞ!」
急な事に理解が追いつかないエディルダを伴って、ショコライルは転移魔法を使って王城へと戻っていった。
――――――――――――――――――
「アレン殿少し来て欲しい……。」
魔法陣を全て焼き払ったアレンがようやく肩の荷が降りたため休憩していると、血相を変えたミムサ侯爵が助けを求めに来た。
アレンはミムサ侯爵の後を急いで着いていくと、目に映る光景に言葉を失った。
「一体何が起きたのですか?」
聞きたい事は山程あるのに、絞り出した言葉はとても短い。普段人の目をきちんと見て話すアレンがミムサ侯爵を見る事もせず、先程から視線を逸らせないのはその光景があまりに異様だったから。
アレンの視線の先には、以前ミルティアが水を入れた聞いていた噴水があった。アレンが魔法陣を破壊する前に見た時は、綺麗な水を絶えず流れる噴水だったのが、今は何故か水の量が半減してしまっていた。わずか数時間の間にこのような変化が起きた理由など、アレンには見当がつかなかった。
「それが……今さっき急に起きたのです。」
「急にですか?」
「はい……。アレン殿を呼びに行っている間にもまた少なくなった気がします……。」
「そんな短時間にですか?」
「ええ……。何か魔石にヒビが入ったとかでしょうか?原動力が傷付けば、作用は減りますから……。」
「原動力……」
「魔石を一度確認しましょうか?」
ミムサ侯爵は引き連れていた護衛に、魔石の確認の指示を出そうとするのをアレンは引き止める。
「ミムサ侯爵!水の変化の観察をお願いします!!私は一度王城に戻ります。」
「アレン殿?どうされたのですか?」
急に焦り出したアレンにミムサ侯爵は話を聞こうとするも、当のアレンがミムサ侯爵の声など届いていないかのように、応える事もなく走り出してしまっていた。
アレンはただがむしゃらに走り、王城と繋がる魔法陣まで急いだ。
大した距離があるわけではないのに、気持ちが焦るせいかとても遠く感じる。ようやく到着した魔法陣に息を整えることもなくその勢いのまま飛び乗ると、すぐさま王城まで転移していった。
「アレン!どうしてここに?!」
ミルティアの部屋へと続く廊下をただ直走っていたショコライルの目の前に、アレンが横の廊下から飛び出してきたため驚きの声をあげてしまう。
アレンはショコライルを見つけても走ることを辞めず、むしろショコライルと一緒で必死にミルティアの部屋に向かって走っているようであった。
「噴水の水が枯れ始めました。ミルティアさんの身が心配で……。」
「なんだと!!」
ショコライルが驚くのも無理はない。
噴水の水の原動力は、ミルティアの魔力だ。ミルティアは水を産み出す魔法では魔力を消費することはないと、ショコライルから聞いていた。とすると水が枯れ出している原因はただ一つ……。ミルティアの身に何か起こったということだ。
「ショコライル様こそどうして?」
「ラナにすぐにミルティアの側に行けと言われた。」
「あの男が?!」
「ああ……。俺は本当に何をやっているんだ!」
「ショコライル様、冷静に……」
「冷静でいられるか!ミルティアはあの石を握ったんだ!」
ショコライルの怒りの矛先は自分自身へと向いていた。ラナに言われた時はミルティアの無事を一目見たいと思ったぐらいだったが、ショコライルが渡した、追跡魔法が施されたペンダントを握ったこと、アレンからの報告でミルティアの身に何か起きていることは確実であった。
ミルティアがペンダントを握ったと分かった瞬間、気が動転してしまったのか、転移先の座標を間違えてミルティアの部屋から少し離れた場所に来てしまった。その場でもう一度転移魔法を使えばいいものを、焦ったショコライルはミルティアの部屋まで一目散に走り出していた。
「ミルティア!!」
ショコライルの無事を祈る叫びが廊下に虚しく響き渡っていた……。
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今日から第8章が始まります
続きは明日の11時に更新予定です
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