第7章 サボり魔王子と過去からの伝言③
地図を返して戻ってきたショコライルは、急に泣き出したミルティアにただ驚いていた。ミルティアに声を掛けようとしたが、彼女が何か呟いていることに気付き、声をかけるのを辞めて彼女の声に耳を澄ませた。
「……リンレ様……。」
聞いたこともない名を呼んで泣いているミルティア。
彼女の目の前には先程まで読んでいた本があるだけだが、ショコライルが見ていたページと異なっていた。
そこには文章は書かれておらず、ショコライルと同じ年頃の青年とその横に同じ年頃の女性が並ぶ肖像画が描かれていた。ミルティアはその肖像画を見て涙を流していた。
「思い出しました……。全て……。」
「思い出したって?」
「わたくしが見ていた夢は、夢ではなくこの時代に生きていた時の記憶です……。」
「えっ?!……それって……。」
「前世の記憶です……。この方はサラク帝国の皇帝陛下の息子で第一皇子のリンレッド皇子です。……不思議ですね、今この国と同じ名前です。」
「偶然ではないよ……。王家の先祖に非常に優れた王子がいると伝えられていた。その方は王子であるのに身分を隠し晩年を過ごしたと伝えられている。だが国民を思う気持ちと誇りはいつまでも失わておらず、この国を治める者には彼の心を手本にするよう伝えられているんだ。彼の偉大さを忘れないため、そして彼を尊敬しているからこそ、建国の際彼の名を付けたと言われているんだ。……まさかリンレッド皇子がサラク帝国の皇子だとは知らなかったよ……。」
「リンレ様の意志は受け継がれていたのですね……。よかった……。」
「ミルティア、君はリンレッド皇子と親しい間柄だったの?その……愛称で呼んでいるから。」
「……わたくしは、ここ……。」
ミルティアはそう言うと、リンレッド皇子の隣に並ぶ女性を指差した。
「彼女がミルティアの前世ってこと?」
「はい……。わたくしの前世の名はエミリー。」
「エミリーって!!リンレッド皇子のただ1人の妻の名じゃないか!」
「はい。帝国が滅ぶ前わたくし達は婚約しておりました。わたくしが国から逃げた日、リンレ様は国民の避難を安全に行うため、誘導の指揮を行っていました。……リンレ様を残してフェリア国に逃げる時は胸が締め付けられました……。もう2度とお会いできないと、そんな怖さすら覚えました……。リンレ様はフェリア国に2人の新居を用意してくださっていました。わたくしはそこでリンレ様が迎えに来てくださるのを待ちました。リンレ様は別れから5日後に私の下に帰ってきてくださいました。それからリンレ様はすぐにこの本を書き上げました。サラク帝国を滅ぼしたのは、隣国のまだ小国であったスーピナ国ではないかと、リンレ様は目星をつけていました。サラク帝国が滅んでから急に力をつけたからです。スーピナ国はあの当時から魔法は使えません。それができたとなると、サラク帝国に内通者がいたのだと考えられました。当時の側近の1人が行方知れずとなったので、彼が内通者だと思われます……。サラク帝国が滅んだら、この地を貰えるなど口約束をしたのかもしれません。だがサラク帝国が滅んでから、彼が表舞台にはでてきておりません……。きっと口封じに始末されたのでしょう。……スーピナ国は魔法は理解できないはずです。あの国にはサラク帝国の歴史は伝わっていたとしても、どうやって滅んだかまでは知らないと思います。知っていたら魔法陣が消失するのを待たずに、魔法陣を破壊しにいくと思いますので……。あの国の狙いはサラク帝国の土地を自国の領土とすることのはずですから。」
まるで今さっき見てきたかのように鮮明に話すミルティア。ショコライルは辻褄が合うその話をただ静かに聞いていた。
「では何故今回のことが起こったんだ?」
ショコライルの指摘は当然であった。スーピナ国が滅んだ方法を知らない以上、魔法陣の存在は知られていないはずだ。また魔法陣が描かれたこの本の存在も一部の王族しか知られていないのなら、どこでこの魔法陣が知られ悪用されているのか見当がつかなかった。
「そこはわたくしも分かりません……。ただ、いまリンレッド王国で起きていることは、あまりにもサラク帝国で起きたことに似ております。解決策がない以上、この可能性に賭けてみるのも手ではないでしょうか?」
「そうだね……。ミルティア……いやここはエミリー様と言うべきか?本当にありがとうございます。」
「やめてください。確かにエミリーの記憶はありますが、わたくしは間違いなくミルティアです。」
「ミルティア……。ありがとう……よくエミリー様の記憶を呼び戻してくれて……。」
「お礼はリンレ様にしてください。」
「どういうことだ?」
「リンレ様はこの本を書き上げた時に、長い年月を経てはきちんと伝わらず、存在も忘れられることを危惧しておられました。リンレ様の読み通り、避難先の言葉を話すようになった国民は母国語であるサラク語を忘れてしまったのでしょう……。ですからこの本を誰も読めませんでした。それを見越したのでしょうか……わたくしに魔法を掛けたのです。」
「魔法?」
「記憶を呼び戻す魔法です。上手くいくかわかりませんでしたが、リンレ様のお顔を見て思い出しました……。こうやってショコライル様にお伝えできたのでよかったです。」
「ミルティア……ありがとう。」
ショコライルはミルティアに微笑んだ。その穏やかな顔は似ていないはずなのに、リンレッドに重なる部分があるように感じていた……。
――――――――――――――――――
ミルティアとショコライルは図書館を後にすると大急ぎで部屋に戻った。外で待機していたアレンやエディルダにも早急に戻るよう伝えることも忘れない。
部屋に帰るとアニスがすぐにショコライルからバスケットを預かると、酷く驚いた顔をしてショコライルを見た。そこでショコライルはようやくバスケットの存在を思い出したのであった。
「……すまないアニス。今から準備をお願いできるか?」
「畏まりました。」
アニスはそのままものすごい勢いでバスケットの中身を出しテーブルに並べていく。
「お待たせしました。」
すぐに声が掛かりアニスの元へ向かうと、テーブルには美味しそうなパンが並べられていた。
先程まで集中していたせいで時計を全く見ていなかった2人は、昼食の時間も忘れて本の解読をしていた。今まで何も感じていなかったが、食べ物を前にすると忘れていた空腹が押し寄せる。どうやらあのバスケットは2人で食べれるように用意された昼食のようであった。
ミルティアとショコライルは席につくと、いつもより少しだけ早くご飯を食べることにした。いつ王都が瘴気に覆い尽くされるのかわからないため、急ぐ必要があったからだ。
2人が昼食を摂り終わると、すぐにハミルダも交えて作戦会議が始まった。
ミルティアの記憶の事は言わず、ただ王族専用の図書館で調べ上げた結果だとして、先程ミルティアが読み解いた本の内容を伝えていく。
始めは信じられないというような反応であったが、あまりに今起きている現象と似すぎているため、ショコライルの仮説を疑う者はいなかった。
「我々としては早急に魔法陣を見つけ破壊することが急務だと思われる。」
「確かにそうですね……。ですが目星はありますか?王都だけでも広いため探すのは容易くないと思います。」
「王都は整備されているため簡単に地下を掘る事は難しい。だが地下には下水が流れている。あそこなら王都中地下に張り巡らされているし、わざわざ掘る必要もない。大掛かりな事ができないと考えると下水を当たるのが手だと思う。」
「いい考えだね。」
「なら今すぐ部隊を動かしますか?」
「待て、エディルダ。焦るな。こちらの動きを読まれて変に動かれては困る。慎重にならなければいけない。」
「すみません……。」
「いや、謝ることではないよ。それより王都で騒ぎを起こすとなると、1日のうちに終わらせれるようにするだろう。ゆっくりしていたら騎士に捕まるからな。だからこそ決行する日がわかればいいのだが……。」
「……もしかしたら……」
「師匠?」
「魔法陣の威力が強くなる日を選ぶとしたら……新月だ!」
「新月?!」
「そう。皆気付いてないが、新月の日はいつもより魔力を強くするんだ。その魔法陣には魔力吸収と書いてあるんだよね?もしそうだとすると、王都に住む全ての人の魔力を取り込むと言う事だろう。その取り込んだ魔力を発動原理としているならば、新月の日は取り込める魔力量が増えるため大量の瘴気を一気に送り込むことが可能になるよ。」
「確かに……新月ならあり得ますね。アレン、次の新月はいつだ?」
「…………3日後です。」
「3日か……。」
「ショコライル君。この前のミムサ領はチースイ領とは異なり急に起きた。きっとチースイ領で練習し、ミムサ領で王都でもできるか試したんだ。やり方が急すぎると思ったが、敵は我々の動きに気付き焦っているのかもしれない……。とすれば間違いなくその日に動くよ。」
今日真実がわかったことは不幸中の幸いかもしれない。もう少し遅ければもしかしたら間に合わなかったかもしれない。取り越し苦労かもしれないが、可能性がある以上動くべきだ。ショコライルは両手を固く握りしめると、自身を奮い立たせた。
決行は3日後。全てを終わらせる覚悟で挑むのであった。




