第6章 サボり魔王子と波乱の幕開け⑤
ショコライルは薄暗い街並みを、気配を頼りに進む。
先程宿でショコライルは強い気配を感じた。ずっと後ばかりを追いかけて尻尾を掴めずにいたのに、急に現れた不自然なほど強い気配は接触を希望しているようであった。
魔力とは異なり、気配は誰にでもある。だがそれを読み取れる人物はごく僅か。気配も魔力と同じで1人ずつ異なるが、強い感情や殺気などが纏うとより強くなる。ショコライルは一度しか感じていないが、忘れることができない気配を頼りに、ただひたすら走り続けた。
「ショコライル君、気をつけて。そろそろ近いよ。」
ハミルダの言葉に気を引き締めて走り続ける。走り続けた先にあったのは、昼間ミルティアが用意した広場の噴水であった。
そこに月明かりに照らされてずっと会いたかった人物が、ショコライル達に背を向け立っている。ショコライルは荒い息を整えながらゆっくり近づいていく。
一定の距離まで来て歩みを止めると、待っていたというようにその人物が話し出した。
「来てくださいましたか。」
そう話すとゆっくりこちらを向くように体を動かす。月明かりに照らされたことで、耳に付いた飾りと銀色の髪が光っているように見えた。
「ようやく会えたな……ラナ。」
名前を呼ばれたラナは嬉しそうに笑っていた。
「覚えててくださいましたか!」
「当然だ。忘れたくとも忘れられない。」
「嬉しいですね。」
「おふざけはこれぐらいにして、どういうつもりだ?」
「何がですか?」
「とぼけるな!ここに呼び出した理由だ!あからさまな呼び出しに理由がないわけないだろう?」
「そうですね……僕が会いたくなったから……ですかね?」
「……埒があかないからこちらから質問する。お前の目的はなんだ?」
「目的ですか……。国の行末を見定めている……ですかね?」
「国だと?この国のか?」
「さあ……それはどうでしょう?」
のらりくらりと言葉を躱すラナに、ショコライルは苛立ちを募らせていく。
「質問を変える。お前は初めて会った時、不自然なほど隠すことなくスーピナ国の服を着ていた。そして私の家庭教師にわざと近付きスーピナ国へ注意するよう伝えてくれた。今回の一連の騒動でも、お前は行方知れずとなっていた若者を助けている……。お前の行動は我が国の手助けをしているようでならない。そう考えると、お前が見定めている国はスーピナか?」
ショコライルの指摘に、飄々とした態度だったラナの顔が一瞬だけ真顔になった気がした。今までと違う反応にショコライルは手応えを掴んだ気がしてきた。
「お前……何か1人で抱え込んでないか?我が国が……私が何か協力できることはないか?」
ショコライルの言葉が予想外だったのか一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに鼻で笑ってきた。
「甘いな……。そんなに簡単に信用していいのか?」
「お前から私達に敵意は感じない。甘く見ないでくれ、これでもそこそこ経験は積んでいるから人を見る目は悪くない。」
「はっきり言い切るね。まあ信じるならどうぞお好きに。……でもそうだな……なんでも聞いてくれるなら……ミルティアちゃん、彼女をくれ。」
「は?!お前何を言っている!第一彼女は物ではない。」
「それぐらい知ってるさ。彼女可愛いよね。君の彼女だと言うことは知ってるよ。」
「無駄な挑発はやめろ!」
「挑発ではなく話し合いだよ。それに彼女の力……あの力が欲しくなったんだよ。」
「お前……どこまで知っている?」
先程まで冷静な話し合いをしていたはずなのに、ミルティアの話が出た途端にショコライルは全身の血が頭に上る感覚に襲われた。冷静でいなければいけないことはわかっていたが、手は自然と腰に携えた剣を握りしめていた。
「落ち着けよ。優秀な王太子なのに彼女の話題だとまるで駄目だな。面白い物が見れたお返しに教えてあげる。僕にばかり気にしてないで、国のこと……身近な周りに目を光らせろ。」
「それはどういう事だ?」
「あんたの推察通り僕は1人で動いている。だが助けてもらう筋合いはない。これは僕らの問題だ。」
「僕ら?」
「……何のことかな?とにかく僕のことには関わらないで。僕が知っているのはここまでだ。これ以上は本当に知らない。」
「待て!お前はどこの者だ?」
「さっき言ったでしょう?これ以上関わるなって。……じゃあね。」
そう言って走り出すラナをショコライルはただ追いかけることもせず黙って見つめるしかなかった。
「ショコライル君。」
今まで静かに話を聞いていたハミルダがようやく重たい口を開いた。
「すみません……。少し考えごとをしてました。」
「追いかける?」
「やめましょう。深追いはあまり得策ではなさそうです。それよりも……。」
「身近な周りだね……。」
「はい。あの言い方では本当にあれ以上は知らないのでしょう。奴も黒幕までは辿り着けていないみたいですね。」
「そうだね。となるとやはり王城で警戒した方がよさそうだね。」
「そうですね……。早めに城に戻った方がよさそうです。」
「では、出発時間を少し早めようか?」
「そうしましょう。明日は確か陛下を交えた大切な会議が昼から開催されるはずです。会議中に帰ればそんなに人目につかず帰ることができますね。」
明日の予定を立てた2人は、暗闇の中を急いで宿に戻るのだった。
――――――――――――――――――
ミルティアはまたあの夢を見ていた。今日の夢は前回の夢とは異なりやたら緊迫した状況であった。以前見た引越し準備の続きのような夢は、荷造りした荷物を持って馬車に乗り込むところから始まった。
夢の中のミルティアと思われる少女は、貴族令嬢なのか両親や使用人達と一緒に一つの馬車でどこかへ向かう。馬車の中で両親が「大丈夫」と声をかけてくれる。
やがて馬車は渋滞にはまり止まってしまった。馬車の外に目をやると、霞がかったような景色となっており、沢山の馬車や走って避難する人で溢れていた。その人混みの中に避難を誘導するように指揮する青年を見つけると、夢の中のミルティアは彼の名を叫んだ。だが何故か彼の名前だけは、ミルティアには聞こえない。
名前を呼ばれた青年は側にいた仲間にその場を託すと、夢の中のミルティアの方に向かってきた。彼もまた夢の中のミルティアの名前を呼んでくれるのだが、名前だけは聞こえない。
「大丈夫?怪我はしていない?」
「はい。ご心配ありがとうございます。」
「状況は悪くなっている。早く逃げて。」
「あなた様は?」
「僕は大丈夫。皆を避難させたら必ず逃げる。だから待っていてくれ。必ず迎えにいく。」
「必ずですよ。お待ちしています。どうかどうかお気をつけて。」
「君もね。……ほら馬車が進むよ。気をつけて!」
「必ず迎えに来てくださいね!」
2人は愛し合っているのだろうか?手を取り合って語り合う姿、必死にお互いの無事を祈り再会を願う姿はとてもお互いを大切に思っていることが窺える。別れの際酷く胸が締め付けられる苦しい感覚に襲われる。
遠ざかる青年を姿が見えなくなるまで見つめる彼女は、大粒の涙を流していた……。
――――――――――――――
「……ティア!……ミルティア!!」
大きな声で名前を呼ぶショコライルの声で、ミルティアは夢から醒めることができた。少しずつはっきりしてくる視界に、酷く不安そうなショコライルの顔が映る。
「ショコライル様?……どうして?」
「ミルティア大丈夫?アニスからミルティアが酷くうなされて泣いているのに、声をかけても起きないと言われて慌てて来たんだ。俺が来た時は辛そうに泣いていた……何度名前を呼んでも起きてくれないから、つい大声で起こしてしまってごめんね。」
ショコライルはミルティアの頭を優しく、安心させるように撫でてくれる。
夢の中の出来事のはずなのに目が醒めても酷く心が締められるような苦しい感覚に襲われていたのが、ゆっくりと解されていくようであった。
「ありがとうございます。ショコライル様のお顔を見たら落ち着きました。ご心配をおかけしました。」
「ミルティ……。何があったか話してくれない?」
ミルティアは静かに頷くと、先程まで見た夢の内容をショコライルに話した。
ショコライルはミルティアの話をただ静かに聞いていた。ミルティアが落ち着いて話せるよう手を繋いでくれたため、ミルティアはゆっくり話すことができていた。
「以上が先程見た夢の話です。ただ夢の中の彼女の気持ちが痛いほど伝わってきて泣いてしまっただけなのです……。本当にすみませんでした。」
ミルティアは申し訳なさそうに呟くが、それをショコライルは黙って抱きしめてくれた。
「ミルティは優しいね。夢の出来事にも心を動かせて共感できて、泣けるのは……。」
「だって……あまりに可哀想で……。もしショコライル様とわたくしだったらと考えたら耐えられない……」
ミルティアは再び溢れ出した涙を止めることができなかった。それ程別れ際の2人の悲痛な顔が忘れられなかったのだ。ただの夢のはずなのにここまで心を揺さぶられる……。おかしなことであるはずなのに、それをショコライルはただ黙って受け止めてくれているのが、今のミルティアはただ有り難かった。
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