第2章 サボり魔王子困惑する⑤
夜の支度まで全て済ませたアニスは、ミルティアの部屋を後にした。アニスのことまで気遣ってくれ、貴族令嬢のはずなのに身の回りの事は自分で行おうとしてしまう、新しい主であるミルティア。先程も湯浴みを手伝うと言ったのに、恥ずかしがってなかなか手伝わせてくれなかったミルティアの姿を思い出して、アニスは廊下でつい微笑んでしまった。
「アニス。君がこんなに楽しそうな姿を初めてみたかも。」
アニスは前から聞こえてきた声の方を見た。そこには楽しそうに笑うアレンがいた。
「そうですか?でも……楽しいですよ。」
アニスは否定せず、アレンに素直に今の気持ちを伝えた。
「ミルティアさんとはうまくできそうだね。」
アニスが楽しそうにしている姿が新鮮で、アレンも嬉しかった。アニスとアレンは付き合いが長い。アニスは仕事の時はいつも感情を押し殺したような顔をしていたため、無理をしていないか少し心配していた。それが今は仕事中でも生き生きとした顔をしているため、ミルティアの侍女にしたのは間違いではなかったと確信した。
「これからショコライル様のところに?」
「はい。今日のミルティア様のご報告をと。」
「もしかして、毎日報告するように言われたの?」
「はい……。」
「はぁ……、だったら自分の目で確かめればいいのに。」
「アレン様も行かれますか?」
「部屋に帰ろうかなと思ったけど、反応が気になるから行く。」
「でしたらとっておきの話がありますので是非。」
アニスはアレンを見た。アレンはショコライルを揶揄うのが大好きだ。アレンが喜ぶとっておきの情報があることを伝えると、アレンは嬉しそうに笑った。
誰もいない夜の静かな廊下を2人は聞こえないよう小声で話しながらショコライルの執務室まで並んで歩いていった。
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「……以上が今日のミルティア様です。」
アニスは今日一日のミルティアの様子をショコライルに伝えた。ショコライルは話を聞き終わると何故かため息を吐いた。
「ありがとうアニス。明日以降も頼む。それより……なぜお前がいる?」
ため息の正体は部屋に戻って来たアレンにだった。先程また明日と言って別れたはずなのに5分も経たずに戻って来たからだ。本当はアレンにアニスからミルティアの情報を得ているなど知られたくなかったのに、知られてしまったことが悔しかった。
「ちょうど廊下でアニスに会いまして。聞けばショコライル様の所に行かれると言うので付いてきました。」
「帰ればいいだろう?」
ショコライルは拗ねた子供のように呟いた。本当にアレンに隠したかったのかと考えると、アレンはつい笑えてきてしまった。
「まあまあ、アニスからとっておきの情報があると言われたのですよ。聞きたいじゃないですか。」
「とっておきの情報だと?」
ショコライルはつい前のめりになってしまった。ミルティアと近づけるいい情報かもしれないと思うと焦る気持ちを抑えられなかった。
「ショコライル様、昼間私に渡したお茶はどこのお茶ですか?」
アニスからの追及にショコライルはあからさまに動揺した。
「あれは部屋にたまたまあったお茶だ。どこかで頂いたのだろう。」
目を泳がせながら答えるショコライルにアレンは何かを察した。
「もしかして、オリジナル?」
「なっなんでもいいだろう!そのお茶がどうしたんだ。」
アレンの言葉にショコライルは明らかに動揺したため、アレンの勘は間違ってなかったのだと2人は納得した。
「ミルティア様は一口飲んで懐かしいとおっしゃっていました。昔ショコライル様が淹れてくれたお茶と同じ味だと、とても嬉しそうでした。」
「そっそうか。」
「ミルティア様は同じお茶を探しているのに、未だ見つからないと嘆いておられました。王室専用の茶葉なのかと納得されていましたが、専用の茶葉はありませんよね?」
そこまで言うとアニスは不敵な笑みを浮かべた。アニスはアレンと付き合いが長いせいか、こういう時の反応がアレンに似てきた気がするとショコライルは上の空で考えていた。
何も言ってこないショコライルにアニスは言葉を付け加えた。
「ご安心ください。ショコライル様からいただいたとはまだ伝えておりませんので。それから。」
「まだあるのか?!」
アニスがまた何を言い出すか分からず、ショコライルは焦っていた。
「お茶菓子としてチョコレートを出すことは、このお城に仕えてから経験がないのですが、昔は違いましたか?」
そこまで言うとアニスはとても楽しそうに微笑んでいた。その笑顔を見てショコライルはアニスにはバレてしまったことを悟った。いやアニスだけでなく、勘が鋭いよりによって1番知られたくないアレンにも知られたと気づいた。
「もういい。私は部屋に帰る。」
ショコライルは精一杯の声を出すと急いで執務室を離れ私室に向かった。きっと今情けない顔をしている。そう思うとつい足が速くなってしまっていた。
私室に戻るとショコライルは上着を脱ぎ捨ててソファに深く腰掛けた。ソファの背もたれにもたれ、天井を見上げた。
「まさか覚えていたとは……。」
ショコライルは4年前のミルティアとのやり取りを思い出していた。
ミルティアがベリーが使われたお菓子が好きだと知ったショコライルは、茶葉に乾燥したベリーを混ぜたお茶を淹れて出したことがあった。その時あまりにミルティアが美味しそうに飲んだため、そこからミルティアが喜ぶ配合を研究し、ミルティアだけの茶葉を毎回用意し持って行っていたのだ。ミルティアが探しても見つからないのは、ショコライルオリジナルのブレンドで売ってなかったためであった。
ミルティアに久しぶりに会ったショコライルは無意識のうちに茶葉を用意していた。どうやって渡そうか悩んでいた時にたまたまアニスを見かけたので、渡していたのだ。
4年前に飲んだお茶などもう忘れているだろうと思っていたのに、まさか一口で気付き、今まで探してくれていたと知った時は心が急に温かくなり幸せな気持ちに包まれた。
そんなに喜んでくれるのなら、茶葉が無くなりそうになったらまた作ろうとショコライルは心に誓ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
明日は第3章を4回に分けて更新します。
8時、11時、15時、17時予定です。
よろしくお願い致します。




