プロローグ
「必ず君を迎えに来るから、元気に過ごしいてほしい」
孤児院を出る銀髪の彼がそんなことを言う。
銀色の髪だけが思い出せる。遠く幼い頃の口約束。
その時の私はなんと応えただろうか。
待っているね、いや、違う。ただ、頷いたのだっただろうか。それすらも朧気で思い出せない。
十年も前の約束。
六歳の時に淡い恋心で彼を見ていた。
けれども、初恋は実らないと誰かが言っていた。
私はその通りだと思う。
「馬鹿みたい」
昔の夢を見た。
孤児院に居た頃の甘酸っぱいレモネードみたいな夢。
結局、孤児院に彼は迎えに来なかった。名前も顔も思い出せない、一緒に孤児院で過ごした年上の人。
小さく息を一つついて、ノアールはメイド服に手をつけた。
「あら、猫さん。また来たのね」
頭に怪我をしている猫が屋根伝いに渡って来る姿を眺め、ノアールは微笑みかけた。
いや、ノアールは孤児院を出た際に捨てた名前。今はベアトリーチェ・フラワ。
皆からベアトと呼ばれている彼女は窓を開け放った。
猫はにゃあと一声泣くと、ベアトが差し出したご飯を食べて、ご機嫌がよさそうに尻尾を振る。
「過去は過去だよね。さあ、今日も一日がんばるぞい!」
『怪盗の娘はメイド様』