第04話 鳥籠の集落
地上の豪雪集落に降りたレンカは、新たな命として人生を再スタートさせることになった。いわゆる遭難者扱いで、元別荘地の豪雪集落に落ち着いた。救助された当初は、疲労と熱で寝っぱなしだったが、徐々に元気を取り戻していく。
「体調は平気かい? この部屋は、別荘地時代に使われていたものだから、若い女の子でも過ごしやすいと思うんだけどね」
「はい。遭難していたところを助けていただいた上に、部屋まで用意していただいて。本当にありがとうございます」
別荘地時代には、自国のみならず隣国からも観光客がたくさんいたという豪雪集落。ロッジの部屋は古さはあるものの、カントリー調のベッドも家具もしっかりした造り。何より、寒さを凌ぐための二重窓や暖房はこの地域ならではだ。
「なぁに。困った時はお互い様だよ! もし、地下に行く予定がないのならこの集落が地上では唯一の活動区域になるからね。他のみんなも、魔法使いの人員が出来たって聞いたら喜ぶだろうし」
レンカを助けてくれた夫婦は豪雪集落のまとめ役だったのも良かったのだろう。だがそれ以上に魔法使いの人手が足りなかったこともありレンカのことを快く受け入れてくれた。
* * *
何かお礼をしたいと考えたレンカだが、身寄りのない彼女に出来ることは、魔法を使って恩返しすることくらい。
身なりが整えられるようになり、部屋から出られるようになったため、集落に住む他の人々にも挨拶をすることに。
「初めまして、みなさん。もうだいぶ身体の調子も良いので、何かお手伝いさせて下さい。といっても、加護魔法が使えることくらいしか特技はないけど」
「キミがレンカちゃんかぁ……いやしかし魔法とは。まさかまだこの辺りで、魔法が使える人間が残っていたとは。他からワープして来たみたいだし、魔力消失の影響を受けていないのか。よし、早速報告だっ」
「えっ……魔力消失?」
遭難者救助のつもりが、意外な戦力を得たことに喜ぶ人々。この豪雪集落の人間は、魔法が殆ど使えないからだ。正確には、魔力を失ってしまった人が多いと言った方が合っている。
翌日からレンカは集落全体に加護魔法をかけてバリアを張り巡らせる作業を行うことになった。
「じゃあ最後はあの古代のモニュメントに加護魔法をお願い出来るかい」
「はい。任せてください!」
古くからこの集落に設置されている巨大な岩のモニュメントにレンカが魔法をかけると、古代文字が浮かび上がり結界が辺り一帯に形成されていく。
モニュメントは一瞬だけ光を見せたが、術式が完成すると夕陽を受けて影を落としていった。
「加護の魔法をかけ直しておきました。これで、一ヶ月くらいは危険生物からロッジがある地域は守られるはずです」
「ああ、良かった! うさぎや鹿ならともかく、熊や狼、モンスターじゃ不安で仕方がなかったんだ」
レンカは固有の精霊と契約しているわけではなく、いわゆる聖女特有の加護スキルを持っている。
特定の地域にバリアを張る加護スキルは平和な世の中ならそこまで重宝されなかったスキルだが、モンスターが生息する地域では重要性が高い。しばらく起動不可能となっていた魔除けの加護設備の起動が出来るようになったことは、豪雪集落の人々を安心させた。
「お疲れ様、レンカちゃん。そろそろ陽が落ちるし、食堂で夕ご飯にしよう!」
「ふふっ。今日は、鹿肉のシチューだって族長さんが張り切ってましたものね」
食料の数が限られているため、食事は共有スペースの食堂でみんなで食べるのがこの集落の習慣だ。集落の中でも大きなロッジには既に夕食を求める人々の列が出来ていて、レンカも配膳を自分で行い席に着く。鹿肉のホワイトシチューと貴重なパン、野菜の類は隣国からの輸入のおかげで補充されている。
「いやぁレンカちゃんが来てくれて本当に助かったよ。まさか、ペタライト鉱石の魔力が切れたこの豪雪集落で、未だ魔法が使える子がいたなんてさ」
「ペタライト鉱石、ですか。私も以前はお守りで持っていたけれど、ここに辿り着いた時には手元からは消えていたわ」
まるで自分達もかつては魔法使いだったことが夢か幻かのように語る人々。レンカと共に今日同じテーブルで夕食を囲むのは、夫婦と子供二人の四人家族。
「ねぇパパとママも昔は魔法が使えたんだって。凄いね! けど、加護魔法ってどんなカゴなんだろう」
「きっと鳥籠みたいなもので、すっぽり集落を覆うのよ」
夫婦の方は魔法使いだった自覚はあるようだが、子供二人の方は魔法というもの自体あまり理解していない様子。
「ふうんレンカちゃんって、籠を編むのが早いんだねぇ」
「あはは。けどミルちゃんもリド君も、将来は魔法とか勉強するのかな」
「うーん。呪文を唱えたこともあるけどよく分からないし、でも魔法使いの衣装は着てみたいかな」
弟のリドがレンカが本当に大きな鳥籠を魔法で編んだように例えるので、魔法を目にした記憶すらないであろうことが察せられた。
(けど、鳥籠か。小さな子供の感性は素直だというし、あながち間違えていないのかも。だって、旧メテオライト国内で安全な地上ってここだけだし)
* * *
和やかなムードの食事が終わると、今後の加護魔法計画について改めて大人達と話すことに。食堂は臨時で会議室のような役割も担う。無駄な部屋を使わないことで、暖房を節約する意味もあるのだろう。
「まぁこの辺りは別荘とか旅行者が使うためのロッジが殆どで、地元の住民自体少なかったし。こうして地上の生き残りで新しい集落としてやっていけるだけでもありがたいんだけどね」
「オレたちも隕石落下以前はもっと魔法が使えたんだが。最近はどんどん魔力が落ちて来てるし。レンカちゃんは天使が宿るペタライト鉱石の代わりに、神様がこの集落に授けてくれた天使様なのかも知れないなぁ。ははは!」
加護魔法をかける予定地域の地図を見ると、隣の山はペタライト鉱石の鉱山だ。鉱石に宿る天使が住んでいたらしいが、真偽は不明のままである。
「天使様という表現も良いかもしれないけれど。レンカちゃんは、ギベオン王太子様の婚約者に似てるんだよ。あのとびきり美人の! ルクリア・レグラスに!」
「ああっ。そういえば……レンカちゃんはキャラクターが親しみやすいから気づかなかったけど、ルクリア様に何処となく似てるわよね」
ルクリアという名前に、レンカは思わず心臓が飛び跳ねた。不審がられないように、大人しく話しを聞き流す。本来ならば未来でレンカの母親であったはずのルクリアだが、その未来は消失しかけていてレンカは現世では居場所がない。神様からの奇跡で今現在の新しいレンカが存在している。
この集落から近い閉山中のペタライト鉱石の調査に、氷の加護を持つルクリア嬢が加わるというニュースがレンカの耳に届くのは、この翌日のことだった。




