第02話 冬の風物詩
珍しくレグラス邸では、いつもの洋室ではなく和室で夕食を食べることになった。およそ十二畳ほどの部屋はタタミに襖、床の間には掛け軸、縁起物の置物などが並び、古代地下都市アトランティスの民にしてはなかなかの倭国通である。
「冬の風物詩といえば、鍋料理だという。少なくとも東の倭国では、そういう風習があるとされており、今夜のレグラス邸のメイン料理も鍋料理だ」
「この家に越してきてから、和室の出番はなかったけれど。まさか、ペタライトちゃんの歓迎会で使うなんてね。お父様も趣味で集めていたお鍋が役に立って良かったわね」
一枚板の木で作ったという自慢の和風テーブルの上には、グツグツとした鍋料理特有の音と湯気が立っている。基本的に料理をするのは、妻であり元メイドのローザだが、レグラス伯爵は鍋奉行の素質が高いようで食材をお椀に移すタイミングの決定権を握っていた。
「ははは。しかも、ただの鍋料理ではない。土鍋を使った本格的なものだ。ふむ、ローザ。そろそろいいだろう……このすき焼きをペタライトちゃんに」
「ペタライト様、地下都市生活の中で用意出来る限りの特上の食材をふんだんに使用致しました。歓迎会の鍋料理、すき焼きでございます。お口に合うと良いのですが」
「わぁ! 土鍋の中にこんな沢山……牛さんのお肉、鶏肉団子、にんじん、お豆腐、しらたき、糸蒟蒻、ネギ。他にもキノコ色々、葉っぱがたっぷり。それを卵で溶いて……美味し〜! 私、すき焼き大好きっ」
「そうか、そうか。気に入ったようで何より。うちが経営する農園の野菜も、市場に出す時は天使のお墨付きという宣伝をプラスしよう」
何故、天使ペタライトの歓迎会が土鍋パーティーになっているのか、と疑問に思うだろうがペタライトと土鍋は切っても切れない関係である。実は、天使の波動を持つ鉱石ペタライトは、土鍋の素材として活用されているのだ。
疑うのならお手持ちのスマホやパソコンから、『ペタライト鉱石』『土鍋』の検索キーワードで調べてみて欲しい。きっとペタライト鉱石が如何に土鍋業界で大切な存在なのか痛いほど良くわかるだろう。
「それにしても、ペタライト鉱石って意外と身近な存在だったのね。私、ただの高波動系鉱石の一つだと勘違いしていたわ。まさか、土鍋を強化するために使われていたなんて。お父様はご存じだったの」
「まぁメーカーから話には聞いていたが、ペタライトに宿る天使にお会いしたのは初めてじゃよ。しかし……古代アトランティス人は、オーラクォーツなんかを作って錬金術を謳っていたが。意外と、倭国の土鍋職人もペタライト鉱石で錬金術に近しいことをしていたのだな。ふむ、勉強になるわい」
「左様ですね、旦那様。しかしながら、この素晴らしい土鍋がペタライト鉱石の消失により製造のピンチだとは。由々しき事態です」
言うなりローザがテレビを点けると、『またもやペタライト鉱石が謎の消滅、土鍋がピンチ』というニュースが特集されていた。
「はわわ。もうこんなにニュースで騒がれているんだ。あっ……私の故郷の写真が、テレビに映ってる」
「へぇペタライトちゃんは、あの鉱山の出身なのね。けど、ペタライト鉱石が本当に採掘出来なくなるなんて。きっとこの磨き石も、市場では見かけなくなっちゃうわ。見た目は透明で水晶に似ているけど、でも全然別のものだし」
ルクリアが小さなポーチの中から、ペタライト鉱石の磨き石を取り出す。ミンク幻獣のモフ君が、何処かの部屋から発見してルクリアの机の上に置いておいたものだった。
「もきゅもきゅ」
手柄を褒めて欲しいと言わんばかりに、モフ君が正座しているルクリアの太ももに頭をスリスリしてくる。スカート越しではあるが、赤ちゃんが甘えてくるような仕草とくすぐったさで、思わず笑みが溢れる。
「あら、モフ君ったら。よっぽどこの鉱石を見つけたのが自慢なのね。よしよし、偉いわね。お手柄よ」
「もきゅんっ」
久しぶりに飼い主に褒められて満足そうなモフ君だったが、幸せな時間は長くは続かなかった。飼い主の婚約者ギベオン王太子が、少し遅れて来訪したのである。
「おや、鍋パーティーはそろそろ終盤かな。僕も混ざりたかったのだけれど。こう見えても、箸使いには自信があってね」
「ギベオン王太子! ごめんなさい、そろそろ牛すき鍋は終わりそうだわ。どうしよう……」
大人気の牛すき焼きは、四人であっという間に終わりを迎えそうだ。しかし、そこはプロのメイドが管理しているだけあって抜かりなく次を準備していた。動揺するルクリアに、欠かさずローザがフォローを入れる。
「大丈夫ですよ、ルクリアさん。ギベオン王太子、ようこそいらっしゃいました。実は王太子がいらした時のために、もう一つ土鍋を用意しておいたのです。これから温めますのでそちらを是非」
「へぇこれは……海鮮鍋というヤツだね。蟹に深海魚にホタテ、エビ……どれもアトランティス海域から漁れるものばかりだ」
すると、天使ペタライトも新たな鍋の登場に喜びを隠せない様子。
「はわわ! 美味しい牛さんだけでなく、お魚さんまで。私、こっちも食べたいです」
「ふふ今日のメインはペタライトちゃんなんだから、遠慮しないでいいのよ」
まるで普通の少女のように振る舞うペタライトだが、彼女の背には小さな翼が生えていた。
「この女の子がペタライトちゃんか。初めまして、僕はこの国の王太子ギベオンだよ。しかし、本当に天使様がいたとは……神への信仰が少しだけ取り戻せそうだ」
「王太子様、こんばんは! 今度、ペタライトの故郷にみんなで探索に行くんだよね。その前にたくさん故郷について教えてあげる」
「ははは。これは頼もしい。そうか、天使とはこんなに無邪気なのか」
ギベオン王太子もごく普通の少女に挨拶するかの如く振る舞おうとしたが、やはり背中の羽根に驚きを隠せない。そして、いつかジュエリーデザイナーのテクタイトに貰ったロザリオを手に、心で感謝の祈りを捧げる。
(良かったわ、ギベオン王太子もペタライトちゃんを受け入れてくれて。けど、この家族の夕食の場に肝心な人がいない、足りない気がするのは何故……?)
その日の夕食は心まで温かくなり皆一様に愉しんだ。が、それでも家族のうちの誰かが欠けている気がして、ルクリアは少し切ない気持ちになるのだった。




