第08話 再会はリハーサルで
今日は、レグラス伯爵ファミリー楽団音楽会の開催が決まってから、初のリハーサルである。
本番で使う大きな音楽ホールでのリハに、緊張を隠せない生徒もチラホラ。
演奏会を仕切るのは楽団のリーダーであるレグラス伯爵と、会場を提供している王立アトランティス魔法学園生徒名誉会長オニキスだ。
「本日は、我が国が誇るレグラスファミリー楽団と王立アトランティス魔法学園音楽サークルの記念すべき第一回音合わせです。レグラス伯爵は農園や庭園の経営をしながら、チェロ演奏家としても長年活動しており、我が音楽サークルのOBでもあります!」
「皆さん、ご紹介に預かりましたレグラスです。いやぁ自分の子供世代の後輩達と一緒に演奏会を開けるなんて、夢のような気持ちですなぁ。では、リハーサルの前にワシの学生の頃の演奏エピソードを……。あれはまだワシが高校に入りたての頃、休みの日はアコギで路上ライブをしながら人前での演奏に慣らすようにしてて……」
まるで校長先生の話のように長くなりそうな父レグラス伯爵を遠巻きで見守りながら、ルクリアは自分の父を尊敬の眼差しで見つめる一人の少女のことが気になった。
(あの女の子……お父様の話をあんなに熱心に聞いて。まだ若い子だけど、お父様のチェロ演奏のファンなのかしら。手帳に細かくメモして……身近過ぎて気づかなかったけど、お父様って案外凄い演奏家なのかも)
レグラス伯爵の音楽講釈を懸命にメモする金髪ボブカットの可愛らしい少女は、青い眼を時折鋭く光らせて音楽に対する情熱を隠せない様子。仮設エリアで生活する難民の生徒で勉強も生活も大変なはずだが、サークル活動まで活発で感心させられる。
(名前は何ていうのかしら? 合唱パートのセクションにいる子だし、レンカとも仲良くなれるといいのだけれど)
異母妹という設定でレグラス一族入りを果たした謎の少女レンカは、金髪の少女を意識しているのか同じ合唱パートのグループにいるのに不自然に距離を空けているように見えた。
(もしかすると、独唱パートを任されているもう一人の女の子ってあの子?)
ルクリアは金髪ボブカットの少女のことが不思議と気になって仕方がないのだが、その理由までは記憶にモヤがかかったようになって答えに辿り着けなかった。
* * *
「ははは! まぁとにかく、音楽は楽しく! そりゃあパーフェクトが好ましいが、人生と同じで常に納得がいくとは限らない。だけどそこでお客様を白けさせるのではなく、アドリブを効かせたりすぐに対処するのがステージの肝だな。失敗を恐れずに体当たりで頑張ろう!」
「「「はいっ」」」
レグラス伯爵の音楽講釈は、やや冗長ながらも生徒達の緊張をほぐすのにはちょうど良いさじ加減だった模様。時折笑い声も混ざりながら、和やかなムードでリハは進んでいく。
「ルクリアお姉様、そろそろ私達の演奏の番ね。スタンバイしないと……」
「まぁ本当に? もう一人の女の子は……」
「ほら! 早くしないと!」
ルクリアが独唱パートを歌うもう一人の少女について確認しようとすると、レンカは話題にすら出したくないのかルクリアをピアノの方へと移動するように急かした。
「あら、レンカちゃんがルクリアお姉様を引っ張るなんて珍しいわね」
「ふふっ。それだけ、今回の独唱を張り切っているんでしょう。姉妹っていいなぁ」
周囲の人達はレグラス姉妹のやり取りを、ただの仲睦まじい姉妹のやり取りとしか見ていないよう。本番を意識しての演出で司会者コゼットによるマイク進行もあり、参加者だけでなくリハの見学者も満足そうだ。
「次の練習曲は……合唱チームの各代表による独唱パートになります。ピアノの伴奏はレグラスファミリー楽団の長女ルクリアさん。独唱パートの本部グループ代表は次女のレンカさん! 姉妹による調和の音楽に、期待が高まりますわね」
「「「お二人とも美し過ぎますぅっ。レグラス姉妹〜頑張って!」」」
「「「きゃあああっルクリア様ぁ〜相変わらずお美しい〜!」」」
「「「うぉおおおっレンカちゃん、可愛いよ! レンカちゃーん」」」
レグラス姉妹二人が会釈をすると、一部音楽コンサートには似つかわしくない軽いノリの声援も混ざる。が、ルクリアは慣れているのかさりげなく手を振り『フッ……』とクールに微笑むだけだった。
一方でレンカは満足げにウィンクを送り、やはり音楽コンサートより軽いノリを感じさせる。だが、ルクリアはぶりっ子に徹するレンカがいつも以上に、緊張している上にある誰かを過剰に意識していることに気づく。
(レンカ、貴女……あんなに弱気だったのに。本気でもう一人の子とやり合う気なのね。大丈夫かしら)
「そして……仮設グループ代表は彗星の如く現れた新人……カルミアさん!」
「「「うぉおおおっ! カルミアちゃあああああん」」」
「カルミアちゃん! しっかりっ」
可愛い系のカルミアという少女は、やはり男性人気が高いのかレンカとファン層が被る気がしてならない。だが、カルミアの友人と思われるメガネの少女が男性に負けじと声援を送っていて、ちゃんと女性からも支持があるのだと不思議とルクリアはホッとしてしまう。
(あれっ……どうして私、カルミアさんのことでこんなに情緒が動くの? やだ、頭痛が……それにこの記憶は何? 何処かで彼女と会っているということ?)
それに何より【カルミア】という聴き覚えのある名前が、ルクリアの封じられた心をこじ開けようとする。
ズキン!
ズキン!
『ルクリアお姉様……!』
『ふんっ私が乙女ゲームの主人公カルミア・レグ……ラ……だってこと分からせてやるわ!』
『この乙女ゲーム主人公は私なのっ! このカルミアがっ。真のヒロインなんだからっ』
『お姉様、お姉様……早く起きてよ。私、辛いよ……お寝坊のお姉様』
今目の前にいるカルミアよりもずっとずっと勝気で生意気で、けれど何処か寂しげな……カルミアという少女の声がルクリアの頭に何かを訴えかける。
(何かしら、この記憶を無理矢理呼び起こしような痛みは? きっと緊張だわ……今は伴奏に集中しないと……)
ルクリアの指が白と黒の鍵盤をなめらかに叩くと、ついに二人の聖女の独唱対決が幕を開けた。




